第9話 説得
薄闇の中、じっと座っているサエはひどく頼りない様子で、守ってやりたくなる。水原が支えになればいい。さくらは同情した。
「申し訳ありません、沖田先生! 島崎先生! どうか、お見逃しを。子が無事に生まれましたら、喜んで罰を受けます」
何回目の土下座だろうか、水原は再び頭を下げた。
あわれだった。
「バカだなお前ら。お産は、一大事だ。すぐ、ここを出て行け。子を生むのは命懸け。おなかが重いかもしれないが、今のほうが身軽だ」
さくらは、水原とサエに逃げ道を教えた。
総司はきょとんとしている。
「おい、総司も手伝え! 京に戻るようなことをほのめかしていたが、山崎はこの近くにいるんだろう? このふたりを、国元に送り届けてほしい。おい。山崎っ」
ひときわ、大きな声を上げたさくらに、答える者がいた。
「……先生、声。夜更けに、大きすぎとちゃうやろか」
意外にも、山崎はさくらたちが隠れていた押入れの上段から出てきた。ぬぼっと。総司も驚いている。
「声は、すまぬ。いつもの癖で」
素直にさくらは謝った。
「あないに狭っ苦しいところに、若い沖田先生と一緒に押し込められて、よもや間違いなどあるかないかと、ひそかに期待したんやけど?」
「そういった筋の話はやめろ。邪推は、二度とするな」
軽い笑みを浮かべる山崎を、さくらは諭した。まったく、こやつは油断ならないし、意味が分からない!
さて、それよりも本題に戻らなければ。『サエの子を、水原家の後継に』。
「山崎。ここを出て、安全なところでサエさんが子を生めるよう、計らってくれないか」
「へえ。私にできることでしたら」
意外と、あっさり山崎は承諾してくれた。あれこれ説得しなくて済んだので、さくらはほっとした。この際、歳三への言い訳は後回し。
「おい水原。この山崎という隊士は、口達者で生意気だが医術の心得がある。頼りになる男だ。隊では裏方仕事に徹しているゆえ、顔を合わせたことはないかもしれないが信頼できる」
「ひとこと多いなあ、島崎せんせぃ?」
山崎は頷いたものの、当の水原が反対した。
「なりません! 姉さまの子は、女かもしれません。女だったら、家を継げません。今、ここを出るのは危険です」
「あほか、お前。黙れ。ええか、赤子が生まれたら、動くのはもっと大変やで。おなごは、お産で疲弊した身体を休めなあかんし、赤子も赤子でよう泣く」
「おことばですが、島崎先生。おなごでは家を継げません」
おびえる水原を、さくらは包むように諭した。
「私たちが、変える。女でも、家を治められる世にしてみせる。そのおなかの子が大きくなるころまでには、きっと」
サエがさくらに何度も頭を下げた。
「すんまへん、おおきに。三郎はんが、京で『憧れの人に会うた』言うてましたけど、あんさんのことですね。女だてらに、身体にぎょうさん傷こしらえて、戦って」
一緒に風呂に入ったので、サエには隠せなかった。黙って頷く。
「え。おんな? 島崎先生が? だって島崎朔太郎って……え?」
もちろん、さくらの秘密に触れた水原は目を丸くした。
「一生の秘密にしろ。バラしたら、そのときは地の果てまで追いかけてほんとうに処罰するぞ! だから逃げろ!」
うれしさのあまり、水原とサエは泣き崩れたが、さくらの大声を『あかんて』と、山崎が再び諫めた。
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