第2話 追跡
伏見まで歩いて、そこからは舟で下坂し、多少休みながら温泉を目指す、といった行程を組んだ。急いではいないが、あまりゆっくりもできない。水原がさらに遠くへ逃げてしまうかもしれない。
桜の花はすっかり終わっていて、若々しい緑の葉がぐんと伸びている。
「なあ、あいつはなぜ逃げたのか。心あたりはないのか」
さくらは並んで歩いている総司に話しかけた。
「……諸士調役やっているんですし、少しは話し方に気をつけたらどうですか。そんなんじゃ、ちっとも商家っぽくありません」
こいつ、こんなにものをとげとげしく言う性質だったか。しかし、総司は正しい。さくらは苦笑いで頷いた。
「悪い。誰が聞いているか、分からないな。気をつけることにしよう……しましょう」
「ぷっ。それでよく調役ができますね」
「うるさい……、っと!」
あまりに総司がからかってくるので、さくらはつい怒鳴ってしまった。往来の衆目を集めてしまう。しまった。さくらは口もとをおさえ、早足になる。
「言い過ぎました、すみません。島崎先生らしいなあ。こういうの、向いてないのに。土方さんも、どうして我々を選んだのでしょうか」
「お前の隊の者だから、総司が行くのは納得だが。私は……」
監察の腕を認められて、とは思えない。さくらが選ばれた理由。あまり考えたくないけれど、やはり女であること、だろうか。
この姿を取ることで隊のためになるならば、いくらだってやる覚悟はとっくに決めている。便利に使われたって構わない。さくらはさくらのやり方で武士になる。なのに、たまに揺れてしまう。
総司の姿をあらためて眺めてみる。
それっぽく髪を結い直し、着物も派手すぎず地味すぎず、町にになじむ色合いを選んだけれど。どうみても商家の旦那ではない。似合っていない。浮いている、以上。総司も総司なりに、新選組のためにお役目を果たしているのだが。
「もう少し、ゆっくり歩きませんか。わたしたち、早すぎるんです」
いつもの癖で、大股で急いでしまう。
「そ、そういう総司だって。大股で摺り足の商家なんて見たことがない」
「島崎先生ほど、おかしくはありませんよ。ていうか、目的地の直前で変装したほうがよかったですねえ」
「た、確かに!」
だめだ、明るい外を歩いているせいか、普段よりも気持ちが大きくなっている。そのことに総司も気がついたのか、お互い妙におかしくなって、顔を見合わせて笑ってしまった。
「長旅だ。ゆるゆる行こう。呼び名も変えないと。『姉』に向かって『島崎先生』は、ない」
「はい。ああでも、島崎先生の笑った顔、久々に見ました。たまにはこういう隊務もいいですね」
「バカめ。気を緩めるな。脱走者の始末に行くのだぞ、我々は」
抵抗されたらその場で処分。おとなしく、縄についても屯所で始末。水原に明るい終わりはない。
***
水原三郎。
商家の三男。剣術に多少覚えがあり、半年前に上洛、入隊試験に合格して総司の配下に加えられた。中肉中背。おとなしい性格で、隊では目立たないほう。
井戸の水を使うときも食事をするときも、人に順番を譲ってしまうので、お人よしの三郎などと呼ばれていた。派手に遊んでいたような気配もない。
それが、さくらの知る水原のすべて。
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