第7話 異常スキルの実験と表情のない同居人

 大陸トマトの衝撃的な美味さと、体に力がみなぎる感覚に驚愕しつつも、アランは冷静さを取り戻そうと努めた。


(とにかく、食料は何とかなりそうだ……。問題は、この状況がいつまで続くか、だな)


 あの幽霊――レンが言っていた『マスター』という言葉が本当なら、このスキルの異常強化は、自分がマスターである限り続くのかもしれない。だが、その確証はない。それに、トマトだけでは栄養が偏る。


「……他の野菜も試してみるか」


 アランは再び【家庭菜園】スキルを発動。


 今度は、保存がききそうな根菜類――拳大の「ドルドル芋」や、太くて短い「ドワーフニンジン」などを思い浮かべる。

 

 すると、やはり先ほどと同じように、地面が盛り上がり、数分から数十分で立派な根菜類が次々と地面から顔を出した。どれもこれも、通常よりも一回り以上大きく、見た目にも瑞々しさが溢れている。


 試しに泥を落としたドワーフニンジンを生でかじってみると、口に含んだ途端、リンゴや梨を遥かに超える甘美な蜜が口中に広がり、あまりの甘さに一瞬めまいを覚えるほどだった。


「……これも、とんでもない代物だな……」


 さらに、長期保存に向く「鉄カボチャ」や、すぐに食べられる葉物野菜として「エルフキャベツ」なども試してみる。


 結果はすべて同じ。


 異常な速度で、異常な品質の作物が、わずかな魔力消費で次々と生み出されていく。


(これなら、当分食うには困らんな……。それにしても、このスキルは一体どうなっているんだ……?)


 収穫した野菜を次々と【収納】に放り込みながら、アランは改めて自身のスキルの変化に戸惑いを覚えていた。


 便利すぎる力は、時として破滅を招く。そんな事例を、冒険者稼業の中で嫌というほど見てきた。


 ふと、最初に収穫して【収納】に入れたままだった大陸トマトのことを思い出した。既に数時間――いや、体感ではもっと時間が経っているかもしれない。


(傷がついた部分が、そろそろ傷み始める頃合いだが……)


 本来【収納】スキルは、物品を保管するだけのもので、生鮮品は数日経てば腐敗するのが常識だった。 アランもポーターとして、食料の保存には常に気を遣ってきたのだ。


 試しに、最初に収納したトマトを取り出してみる。


「……!?」


 アランは目を見開いた。取り出したトマトは、まるでついさっき摘んだばかりのように艶やかで張りがあり、地面に落ちて傷ついた部分に全く変化が見られなかった。


(……【収納】の中の時間まで狂い始めているのか……? いや、時間が止まっているというより、劣化そのものが抑制されている……?)


 これもマスター権限とやらの影響なのだろうか?


(……便利すぎる……。だが、好都合だ)


 これなら、大量に作物を収穫しておいても、腐らせる心配はない。いざという時のための備蓄も可能だ。


 アランは、まるで宝の山でも発見したかのように、次々と様々な種類の野菜を作り出し、【収納】空間を満たしていく。


 色々な野菜を揃えていく作業は、少しだけ彼の心を軽くした。


 アランが栽培に勤しむ間、数メートル離れた場所では、レンがまるで石像のように佇んでいた。


 アランが何をしようが、彼女は一切の反応を示さない。


 ただ、その碧眼だけは、常にアランの動きを追っていた。


 夕闇が迫る中、彼女の半透明の体の影は、地面の上でぼんやりと揺らめき、まるで実体がないかのように頼りなく見えた。


 その様は、彼女がやはりこの世の者ではない、幽霊なのだという事実をアランに改めて意識させた。


(……気味が悪いな)


 無視すると決めたものの、やはり誰かに見られているというのは落ち着かない。しかも、相手は感情の読めない幽霊だ。


「……おい、幽霊」


 たまらず、アランは声をかけた。


 レンは、音もなくすっとアランの方を向く。その動きには、人間らしい予備動作が一切ない。


「《はい、マスター。何か御用でしょうか》」


「その『マスター』って呼び方はやめろ。気色悪い」


「《命令を受理。では、今後はアラン様、とお呼びします》」


「まぁ……それでいいよ。それより、お前はずっとそこで突っ立ってるつもりか?」


「《肯定。この泉から半径2キロメートル内が私の活動範囲であり、アラン様のサポートが最優先事項です。特に指示がない限り、アラン様を視認できる位置で待機します》」


「……そうかよ」


 結局、何を言っても無駄らしい。アランは再び溜息をつき、レンから視線を外した。


 鬱陶しいことこの上ないが、害がないなら放置するしかない。今は、自分の生活環境を整える方が先決だ。


 幸い、【収納】の中にはナイフと火打ち石がある。寝袋もあるが、さすがに野ざらしで寝るのは不安だ。雨風をしのげる、簡単なねぐらくらいは欲しい。


 アランは泉の周辺を見回し、手頃な岩陰を見つけた。


 枯れ枝と草を集めて、簡単な壁と屋根のようなものを作ろうかと周囲を見回すが、荒野には草木がまったく生えていなかった。


「そういや、前にティーワンバナナを育てたことがあったな……」


 それはメジャイ王国では珍しい高価な果物。かつてリリアに甘えるようにねだられ、なけなしの金貨を叩いて行商人から手に入れて栽培したことがあった。


 ティーワンバナナを渡したときのリリアの笑顔。それが脳裏に映し出され、アランの胸がズキリと痛む。


「と、とりあえずあの木の葉があれば屋根が作れるな……うん」


 アランは頭を振り払うと、【家庭菜園】でティーワンバナナの木を栽培する。


 さすがに木ともなると、大きくなるまで4時間ほど掛かってしまい、葉を切り取って屋根を作り終える頃には、双子の丸い月が頭の真上に昇っていた。


 さらにそこから一時間。


 ようやく雨風をしのげそうな、粗末ながらも『家』と呼べるものが完成した。


「ふぅ……こんなもんか」


 葉で作られた屋根の下に潜り、そこから双月を見上げるアラン。


(なぜ、俺がこんな辺境で、原始人みたいな生活を……しかも幽霊と一緒とか)


 キツイ作業が終わった直後だからか、そんな虚しさが込み上げてくる。


(……いや、今は考えるな。とにかく、生きるんだ。生き延びて、いつか……)


 いつか、どうしたいのか。それはまだ、アラン自身にもよく分かっていなかった。ただ、ここで無様に死ぬことだけは、もう選択肢になかった。


 そう思った瞬間、アランは自分の腹が盛大に鳴っていることに気づいた。


 夜は冷える。やはり温かいものが食べたい。甘いドルドル芋でも焼いて食べようかと考えたアラン。


「……火でも起こすか」


 そう独りごちて、【収納】から火打ち石を取り出した。


 あとは薪だが……。


 改めて周囲を見渡してみる。


 そこには見渡す限り、枯れ枝どころか、草木の一本も生えていない、殺風景な岩と砂の大地があるだけだった。




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