第6話 チートスキル覚醒

 不気味な訪問者のことは一旦意識の外に追いやり、アランは再び【家庭菜園】スキルに意識を集中させた。


 苔を食べるというのは抵抗があるが、そんなこと言ってられないほど空腹は鬼気迫っていた。


「【家庭菜園】!」


 今度こそ、スキルは発動したようだ。


 アランが地面に触れた右手に、自身の魔力が流れ込んでいくのを感じる。いつもなら、ここから地面を耕し、種を蒔き、水をやり……という手順が必要なのだが、今日は何かが違う。右手に集まる魔力の感覚が、いつもよりずっと濃密で、力強い。


 いつもと何かが違う。


 アランのスキル【家庭菜園】は、種や苗があって初めて作物を育てることができる能力だ。


 これまでは、旅の途中で手に入れた種を使い、育成速度を少し早めたり、出来栄えを良くしたりする程度の応用しかできなかったはずだ。


 しかし今、発動したスキルは明らかにいつもと違っていた。


 はっきり言って異常だった――


 アランの直感が告げていた。


『過去に栽培した経験があれば、種や苗がなくても魔力だけで作物を生み出せる』

 

(これも、あの『マスター』とやらになった影響なのか……? それとも、この泉自体に何か……)


 アランは手にしていた苔を捨てて、自分の感覚に従ってみることにした。


 彼が脳裏に思い浮かべたのは「大陸トマト」。フィルモサーナ大陸のどこでも育てることができる大振りのトマトだ。


 アランが、大人の握りこぶし二つ分ほどのサイズがある大陸トマトを思い浮かべた瞬間、地面が、まるで生き物のように脈打って盛り上がる。


 さらに、そこからにょきにょきと緑色の芽が、ありえない速度で勢いよく伸び始めた。


 それは瞬く間に葉を広げ、ぐんぐんと成長していく。本来なら数週間、あるいは数ヶ月かかるはずの成長過程が、わずか数分の間に圧縮されて進行している。


「な……んだ、これは……!? 本当に、種なしで……!? いやいや、早くないか!?」


 あまりの異常事態に、アランは呆然と立ち尽くす。


 ものの十分も経たないうちに、大陸トマトが実になった。途中から茎が実の重量に負けて、地面にいくつもの実がゴロゴロと転がっている。

 

重さに耐え切れず折れた茎の先に、大きなトマトが次々と地面に転がり落ちる様は、まさに異常そのものだった。


 大陸トマトをひとつ手に取ると、ずっしりとした重みと共に、そこから尋常ではない生命力が伝わってくるような感覚があった。


「……嘘だろ……。魔力もほとんど消費していない……」


 こんな【家庭菜園】は、アランの知るスキルとは全く別物だった。まるで自分のスキルの性能が根底から書き換えられたかのようだ。


(この異常なスキルの変化……あの幽霊がマスターとかなんとか妙なことを言ったことと関係あるのか。それとも、この泉の影響だったりするのだろうか)


 茫然としながらも、アランは収穫した大陸トマトの一つを【収納】スキルでしまってみることにした。


 スキルを発動し、トマトに意識を向けると――


 シュンッ!


 という軽い音と共に、トマトは跡形もなく消え、異空間に収納された感覚が伝わってきた。


 いつもなら多少の抵抗感というか、アイテムの重さや大きさに応じた魔力の消費を感じるのだが、それがまったくない。


 まるで、無限に広がる空間に、そっと羽根を置いたかのように軽い。


「……【収納】まで……!? 中の空間も、なんだか以前よりずっと広く感じる……」


 試しに、近くにあった大きな岩を【収納】してみる。

 

 やはり、何の抵抗もなくスムーズに出し入れすることができた。


 明らかに、彼の二つのスキル【家庭菜園】と【収納】は、異常な強化を遂げていた。


 なぜ? どうして?


 混乱しながら、アランは少し離れた場所に立っているレンと名乗る幽霊を見た。


 この異常なスキルの変化と、泉の水の不思議な力、そしてあの幽霊の出現。それらを繋ぎ合わせると、一つの、とんでもない可能性が浮かび上がる。


 全てを理解したわけではない。ダンジョンがどうとか、封印がどうとか、正直どうでもいい。


 だが、一つだけ確かなことがある。


(……この泉の周りでなら、スキルを使って生きていけるかもしれない)


 いまや人間不信の塊となったアランには、誰もいない――幽霊はいるようだが――この泉は、しばらく身を落ち着けるのい最適な場所だと思えたのだ。


 同時に、アランの心の奥底で燻っていた小さな火種――自分を裏切った者たちへの反骨心も確かにそこにはあった。


(……このまま無様に死んでやるのは、癪だ。あの連中の思う壺じゃないか……)


 復讐する気など毛頭ない。関わることすら億劫だ。


 ただ、生き延びて、いつかどこかで「ざまぁみろ」と心の中で呟いてやりたい。そんな矮小なプライドが、アランの心から死という選択を完全に払しょくしていたのだった。


「……はぁ」


 一度ため息を吐くと、アランは、先ほど収穫したばかりの、淡い光を放つトマトを【収納】から取り出した。


 泉で洗ってから、試しに、生で一口かじってみる。


「――っ!?」


 瞬間、口の中に広がる衝撃的な甘みと旨味。シャキシャキとした心地よい歯触りの後、とろけるように舌の上で消えていく。


 それは、アランがこれまで口にしたどんな大陸トマトとも比較にならない、まさに『天上の味』だった。


 それだけではない。

 

 トマトを咀嚼し、飲み込むたびに、体の奥底から温かい力が湧き上がってくるのを感じる。


 疲労がさらに軽減され、消耗していたはずの魔力までもが急速に回復していく。


「な……なんだ、このトマト……!? まるで、高級ポーションでも飲んだみたいだ……いや、それ以上か……!?」


 アランは、己のスキルが生み出した『作物』の異常な効果に、改めて驚愕した。


 訳が分からない。


 だが、悪い話ではない。


 これだけの野菜が簡単に手に入るなら、当面の食料には困らないだろう。水にしても、ここにはこの不思議な泉がある。


 アランは、残りの大陸トマトを次々と【収納】に放り込みながら、今後の生活について考え始めた。


 まずは、この泉の周りに簡単な寝床を作るところからか。


 幸いなことに【収納】の中にはボロボロだが寝袋とナイフがある。


 そんなアランの様子を、数メートル離れた位置から、銀髪碧眼の幽霊――レンは、微動だにせず観察していた。


 その表情は無表情そのものだが、アランが新たに生み出した作物を食した瞬間、その碧眼が僅かに明滅したように見えた。


 そんな彼女の存在を無視して、アランは空腹を満たし、当面の生存の算段がついたことで、ほんの少しだけ安堵の息をついていた。




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