第74話 優先するのは

「朝未。探知魔法の反応は?」

「まだ、探知範囲にはいっていません」

「く、あ、朝未。魔力の回復具合は?」

「そう、ですね。大体8割くらいだと思います」



「朝未、気に入らないかもしれないけど、場合によっては見捨てて逃げるよ」

「で、でも」

「多分さっきの悲鳴は女神の雷だと思う。変異種との戦闘がうまくいかなかった可能性が高い。そこに援護に入るということは、他のハンターの目がある中で変異種と戦うってことだよ。その状態で魔法はファイヤーアロー程度だけで切り抜けられるかな?」


瑶さんの言う事は分かるけど、目の前に魔物に殺されそうな人がいて、それを見捨てて逃げる。そういうことが出来る自信は無いわ。


「あ、あの。通常のゴブリンやオークならそれでも斃せると思うんです」

「うん。そうだね」

「で、その。女神の雷には悪いのですけど、変異種の相手は女神の雷にしてもらいながら周囲の通常のゴブリンやオークを斃して、変異種は倒すことが出来れば斃す。危険度が高そうなら女神の雷と一緒に撤退というのはどうでしょう?」

「それは魅力的な提案だけどね、その案には、いくつか問題点があるよ」


「問題点、ですか?」

「まず、女神の雷が私達からの救援を求めるかどうか」

「え、いくらなんでもそれは」

「彼らは5級ハンターパーティだよ。私達も6級ではあるけれど。5級と6級の間にはかなりの違いがあるみたいだからね。彼らにとって私達は完全な格下ハンター。簡単に助けを求めることの出来る立場ではないと思うよ。しかも彼らは5人パーティ。私達は2人だからなおさらだね」


「そんな。プライドのために命を賭けるってことですか?」

「まあ、こういうちょっとばかり荒っぽい仕事だと、嘗められたらおしまい的に考えている人も多いからね。ありうるよ。そして仮に救援依頼をされたとして、どう救援するか、だね」


「え?意味が分からないんですが。さっき案を出しましたよね」

「うん、ただその案には女神の雷が変異種を斃せるという前提が必要なんだよ」

「えと、難しいですか?」

「そうだね。おそらく万全の状態の女神の雷なら大丈夫なんだろうけど……」

「?」


あたしが首を傾げると、瑶さんがちょっと苦笑しながら答えをくれたわ。


「救援を求めるってことは、既に万全じゃないって事だと思わないか?」

「あっ、そうですね。さっき見た女神の雷はとても安定した戦闘をしていました。あれが崩れた状態だと立て直すのは結構大変かもしれませんね」

「そもそも立て直すことが出来ないかもしれないしね」

「え?」

「誰かが大けがをしていたら、その場での復帰は無理だろう。最悪何人か死んでしまっている可能性だってあるからね」

「あっ……」


あたしの回復魔法は死んでいなければ多分回復させることは出来ると思うけど、酷い状態から回復させると、多分あたしがぶっ倒れてしまうものね。


「まあ、まだそれなら撤退の手伝いをすればいいんだけど、最悪のパターンもあるから……」


瑶さんが言いにくそうにしてるわね。


「最悪って、救援にいっても既に全滅してる場合ですか?」

「いや、それなら単に私達は逃げるだけで済むから、それほど大したことじゃない。朝未の探知魔法なら変異種に気づかれない距離から状況を把握できるよね」


言われてみれば、その通りね。全滅していたら今のあたしの聖属性魔法では生き返らせることは出来ないから、あたし達は撤退するだけだもの、もし追いかけられてもその状態ならホーリーで足止めすれば逃げるだけならどうにでもなりそうよね。そうしたら最悪のパターンって?


「ねえ、瑶さん。女神の雷の全滅が最悪じゃないとしたら、最悪って何ですか?」

「……。女神の雷が逃げるための囮にされることだね」


瑶さんが言いにくそうにしながら口にした言葉をあたしの頭は理解しようとしなかった。え?助けに入った人を囮にするの?そんなのあり?

そんな混乱しているあたしに微笑まし気な視線を向けながら瑶さんが説明してくれた。


「簡単に言えば、全滅するか、誰か生贄をささげて他が生き延びるかって判断を勝手にされる可能性があるってことだよ」

「え?ますます分からないんですけど」


だって、救援に入るってことは勝てると思って戦闘に参加するのよ。それがなんでそんな判断になるの?


「不思議そうな顔だね。色々要因はあるけど、女神の雷が5人の5級ハンターパーティで私達は2人のなり立て6級ハンターパーティだってことが大きい。一般論で言えば私達の戦力は女神の雷に比べて数分の1と思われて当然だからね。大きく崩された状態に格下2人が救援に来たところで勝機は無いって考える可能性が高い。そうしたら同じ全滅するなら身内を優先するか他人を優先するかって話だね」

「……」


あたしは何も言えなくなってしまったわ。


「まあ、その状態になっても私達が変異種を斃せるくらいに強ければ平気なんだけどね。まだ対変異種戦をしていないから分からないよね。とは言っても女神の雷が逃げ切って見えないところまで行ってしまえば朝未のホーリーでなんとかなりそうな気はするけど」

「えーと、つまり?」

「女神の雷が、さっさと逃げてくれれば何とかなりそうってことだね」


あまりのことに、あたしは走っている足の力が抜けそうになったわ。


そしてあたしの探知魔法に反応が入り始めた。


「瑶さん。探知魔法に反応があります。敵は、……。これは、ゴブリン2、オーク8、ゴブリンの変異種と思われる魔物1、オークの変異種と思われる魔物1です。そして女神の雷のメンバー全体に動きが悪いです。中の1人はかなりのダメージを受けているようで動きません」


「く、ふぅ。朝未。冷静に聞いてくれるかな」

「はい」

「ゴブリンとオークだけなら、いや、それに加えて変異種が1体だけなら恐らく問題なかった。でも、変異種が2体となると不確定要素が大きくなりすぎる。ここで私達が救援に入るより、森の入り口に戻ってギルドに報告して戦力を整えたうえで連れてくる方が良いと思う」


冷静に……。確かにこの状態で、あたし達だけで救援に入るのはリスクは高いかもしれない。でも。


「戦力を整えて戻ってくるのに、どのくらい時間が掛かりますか?」

「……わかった。ただし、約束してくれるかな。朝未の安全を最優先すると。決して私の傍を離れないと」


少し迷ったうえで瑶さんは救援に向かうことを認めてくれた。

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