第50話 それぞれの刃。

「あ~……こりゃ、だめだわ」


 ぽつりと、ジルベルトは零した。

 戦況はもはや覆せない程に押され、彼個人でどうにか出来る可能性も低い。

 目の前で暴れるメルツェデス、ハンナ、クリストファー。

 その三人だけでなく、彼の感覚にはまだ後三人ばかり、控えている存在を感じ取れていた。

 ここで更に三人加われば、もはやどうしようもない。

 

 唯一どうにかできる手があるとすれば。

 可能性はあまり高くはないが、それでも打てる手で一番ましなのは、それだった。


「ちょ~っとそこのお嬢さん。おじさんと一勝負しないかい?」


 砕けた口調で、しかし剣呑なことを、気負いもなく言い放つ。

 また一人斬り倒したメルツェデスがその言葉に手を止め、周囲に油断なく視線を巡らせながらもその言葉に応じた。


「あら、随分と不躾なお誘いですわね?」

「そりゃ申し訳ない。見ての通り、野暮が服着て歩いてるようなもんでね。どうにもそういうのは苦手なのさ」


 言葉とは裏腹に、どこか楽しげに応じたメルツェデスへと返すジルベルトの言葉も、明るい、あるいは軽いもの。

 気さくなおじさん、を演じながら、一歩、二歩、メルツェデスへと歩み寄る。

 それを見れば、顔色をなくして中年男が慌てて引き留めようと声を上げた。


「ま、待てジルベルト! わしを置いて何を!」

「すんませんね、旦那を守りながらじゃどうにもなりませんわ。

 このお嬢さんを何とかしなきゃ、俺等は仲良く転がる羽目になりまさぁ」


 へらりとした口調で言いながら、彼の背中にはびっしりと冷や汗が浮かんでいる。

 メルツェデスを何とかしなければどうにもならない、それは事実だ。

 だが、彼女を何とかしてしまえば、控えている三人含め、残る五人が総攻撃を掛けてくることは間違いない。

 しかも、命がけで。少なくとも、今そこに居るメイドはそうなるだろう。

 そんな攻撃を捌ける自信は、ジルベルトにもない。


 それでも、まだわずかながら可能性があるとすれば、味方が残っている今のうちにメルツェデスを倒し、味方が多少なりと時間稼ぎをしてくれる間に各個撃破するという手段しかないだろう。

 もちろん、彼女らが乗ってくれたら、の話なのだが。


「ってことでね、俺のために一騎打ちに付き合ってくれないかい?」


 恥も外聞もなく、そう誘う。

 普通の人間ならば、わざわざ敵に利のある行動などするわけがない。

 だが。勘でしかないが、目の前の少女、メルツェデスは乗ってくる気がした。


「そこまで率直に言われてしまえば、お断り出来ませんわねぇ。

 よろしいでしょう、一騎打ち、お受けいたしますわ」


 そして、予想通りにメルツェデスは乗ってきた。

 ここまでの振る舞いで、酔狂なところがあるご令嬢だ、ということはわかっている。

 であれば、酔狂な申し出には酔狂で返すのではと碌な根拠もなく考えて、その結果が、これだ。

 この状況で唯一、好材料と言ってもいいだろう。


「いやぁ、そう快諾してもらえてありがたいったらないねぇ。

 そんじゃ、せめてもの返礼として……本気でいかせてもらうよ」


 そう言いながらジルベルトが構えれば、途端に空気が変わった。

 何となくは感じていたが、目の前の男、ジルベルトと呼ばれた彼は強者だ。

 それも、一対一であってなお、メルツェデスが油断できぬ程に。


「本気で来てくださらなければ、お受けした意味がありませんわ?

 是非ともあなたの剣技、わたくしの糧とさせてくださいませ」

「はっ、そこまで言っていただけるのはある意味ありがたいがね。

 負けるかも、とは微塵も思っていないわけだ」


 平然と返すメルツェデスに、呆れたように返すジルベルト。

 実際のところ、かなりの場数を踏んできた彼の目からしても、メルツェデスの落ち着きは尋常ではないし、その強さも同様だ。

 しかし、だからこそ思い出される記憶があり、納得もしてしまう。


「なるほどなぁ、流石、ガイウス将軍の娘だよ、あんた」

「……あら、お父様と面識がありまして?」

「一方的に、だがな」


 ジルベルトの言葉に、メルツェデスは小首を傾げる。


 正直なところ、目の前にいるジルベルトは、彼女の目から見ても油断のならない相手だ。

 だが、ゲームの『エタエレ』では、少なくとも彼女の知る範囲でジルベルトというキャラは登場していない。

 言ってしまえばモブなのだが、モブと片付けるにはあまりに存在感がありすぎる。

 それを言うなら、ゲームではちょい役だったガイウスが絶対強者として存在感を放ちすぎていたりはするのだが。

 

 ゲーム的な視点からすればイレギュラーな彼が、父であるガイウスを知っている。しかも、一方的に。


「……ということは……あなたは元兵士、いえ、その立ち居振る舞いは……元騎士、ですか」

「やれやれ、流石親子って言うべきなのかね、その観察眼。

 お察しの通り、騎士崩れってやつさ」


 肩を竦めながらの軽い言葉に、しかしメルツェデスは一瞬眉をひそめた。

 騎士でなくなったとしても、彼の持つ力は崩れなどと言っていいものではないように思える。

 ただそれは、あくまでも彼個人の資質。

 社会的に言えば、崩れと言えば崩れなのだろう。


「なるほど、経緯はわかりませんが、あなたの今の立場はわかりました。

 であれば……わたくしも、それ相応の対応をいたしましょう」


 そう言うとメルツェデスは、左足を前に出しながら右手を腰の辺りに寄せ、左手をへそ前辺りに置く構えを取る。

 その意味するところはジルベルトには伝わり、困惑するかのように動きを止めた周囲をよそに、彼も同じ構えを取った。


「随分とまあ、お優しいこって」

「優しいわけではありません。酔狂には酔狂で返したいだけですわ」

「……なるほど。まあ、それが嬉しくもあるんだが、ねっ!!」


 掛け合いの終わり、ジルベルトの言葉に気合いが乗る。

 それを合図に二人共が繰り出す、横に払う一撃。

 ギィン! と耳障りな音を立てながら刃が食い合い、互いの中間でその動きを止める。


「……お見事」

「ははっ、そちらこそ、だなっ」


 互いを賞賛すれば、刃を引き、構え直す。

 

 先程の一撃は、剣合わせと呼ばれる騎士の間で行われる儀式のようなもの。

 単純に剣を打ち合わせているだけのように見えるが、横に払う一撃は、下半身を上手く使えているか、身体の軸をぶらさずに回せているか、腕を正確に振れているか、剣を正しく握れているかが総合的に問われる動きである。

 それが互いの中間で打ち合わされる、五分であるということは、基本技術の総合力で遜色ない、ということ。


「楽しませていただけそうですわね?」

「楽しむだけで終わるかはわからんよ?」


 もちろん互いにそのことはわかっていて、だからこそ、笑みが浮かぶ。

 事情は違えど、その力を存分に振るう機会のなかった二人。

 それが、今こそ振るえる時が来たわけなのだから。

 だから。


「改めて申しますわ。わたくしは、メルツェデス・フォン・プレヴァルゴ」

「そういや、きちんと名乗ってなかったな。俺はジルベルト。いや、今だけはかつての騎士としての名、ジルベルト・スコピシオと名乗らせてもらおう」


 互いに名乗り、一つ、息を吐く。

 ここから先は、もう後戻りはできない。

 それがわかっているからこそ、大きく息を吸い込む。


「「いざ、尋常に! 勝負!」」


 どちらからともなくそう告げれば、互いに前へと踏み出した。

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