第10ステージ 夏の暑さは桁違い!?④
あずみちゃんを浦和駅付近で見つけてから、無我夢中だった。
彼女は駅前のベンチで座っていた。
虚ろな表情だった彼女が、俺を見つけると微笑んだ。安心したのか、そのまま倒れそうになり、慌てて抱きしめる。
「あずみちゃん! 大丈夫か、あずみちゃん! あずみ!」
額を手で触ると、熱い。
熱だろう。さらに熱中症の可能性もある。
リュックからペットボトルを取り出し、彼女の首元にあてる。凍らせてきたので現在の時間でもひんやりだ。さらにもう1本は脇の下に挟み、体温を下げようとする。
「ハレさん……、唯奈さま……」
意識が怪しい中で俺の名を呟き、推しの名を続けて呼ぶ。
辛そうな表情にこちらも胸が締め付けられる。
しかし、彼女の顔をのんびりと眺めている場合ではない。
「井尾さん」
「大丈夫か、あずみは」
救急車をすぐに呼ぼうかと思ったが、その前にあずみちゃんの両親が到着した。
事情を説明し、父親が様子を見る。どうやら、あずみちゃんの父親と母親は医療関係の人らしい。二人がテキパキ動くのを、俺は見ているしかなかった。
そして、大丈夫そうだとのことで、お家で安静にすることになった。良かった。
今なら、サマアニに間に合う。唯奈さまの最初の出番は終わったが、まだ歌うタイミングもあるかもしれない。
けど、そんな気持ちにはなれなかった。
「俺も車に乗せてもらえませんか」
ご両親の承諾を得て、あずみちゃんの家まで一緒に車に乗っていった。ご両親は大丈夫といったが、安心できなかった。
「……はぁ、はあ」
横で辛そうにする彼女の手を握るしか、俺にはできない。
俺の元気を少しでも分けたいと願うも、俺には魔法も超能力もなく、元気を与えてくれる唯奈さまではなかった。
× × ×
嫌な夢を見た気がしました。
目を覚まし、それが嫌な夢じゃなくて、現実だと知りました。
唯奈さまが出るサマアニに体調不良でいけないばかりか、ハレさんにまで迷惑をかけた。
「やっと起きたのね、あずみ」
私が起きた物音に気付いたのか、母親が扉を開き、やってきました。
「ハレさんは?」
親に謝るより先に、彼女のことを尋ねました。
「あずみをずっと心配してたわよ。車も一緒に乗って、うちまで来たの。あずみの体調が落ち着いたのを見て、さっき帰っていたわ」
さっき。
外を見ると空は橙色に染まり、時間はもう夕方です。
さっきまで彼女がいた。
ライブがあったのに、遅くまで一緒に。
「謝らないと」
そう思って、上半身を起き上がらせると見えたのです。
そこには、私の部屋になかったものがありました。
サマアニのグッズ。
「井尾さんが置いていったのよ。あずみさんに渡そうと思っていたんです、と言ってたわ」
私が今回のイベントのデザインが良いと絶賛し、事前にTシャツはお揃いで買っていました。そこにはそれ以外のバッジに、クリアファイルがありました。
ハレさんが気を利かせてイベント当日も買ってくれたのでしょう。私のためを思って、用意していた。
そこに、置手紙もありました。折りたたんでおり、中身は見えません。母を見ると、見てないよアピールなのか首を横に振りました。
恐る恐る開き、そして私はぷっと吹き出しました。
『次のライブの、隣席は予約済みだから』
私を謝らせず、もう次の話だ。
隣席は予約済み。ハレさんなりの、またライブに行こうという約束だ。
「もう、本当ハレさんですね」
笑ってしまいました。私の罪の気持ちが軽くなります。
さすがだ、ハレさん。
何よりも元気になる特効薬です。
だから、彼と思った彼女が、
彼女と理解したあとの彼女が、
ハレさんが、大好きなんです。
「安静にするね」
母も安心したのか、部屋を出ていきました。
いい夢を見よう、今はしっかりと寝て、素敵な夢を見よう。
そして、次はハレさんの隣で最高の景色を見るんだ。
「ありがとう、ハレさん」
こうした私の夏が、
× × ×
俺の夏が、
× × ×
終わったのでした。
終わったのであった。
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