第9ステージ おうち探しは掛け違い!?

第9ステージ おうち探しは掛け違い!?①

 遅く帰ったが、リビングには井尾家大集合だった。

 父親と母親、そしてここに住む兄と、その兄の彼女がテーブルを囲んでいる。

 座る椅子が無いので、俺だけ立ちながら話すことになる。車に乗せて帰ってもらって足は疲れてないけど、この仕打ちひどくない? と思うが、それ以上に気になることが多すぎる。


「で、どういうことなの? 父親と母親が引っ越すってどういうこと?」

「ハレには悪いと思っている」

「いや、だから、理由を話そうよ」


 訳もわからず、謝られても気分が悪い。

 兄が軽く手をあげ、自分が話す番だと主張する。


「俺の仕事の転勤が決まったんだ」

「え、そうなんだ。どこに?」

「大阪だ」


 東京から大阪。4月になってからの急な欠員で兄に話が来たらしい。大阪に遠征で行ったことは何度もあるが、暮らすとなると話は別だ。通える距離ではなく、兄はこの家から出ていくことになる。毎日新幹線生活は現実的でない。


「当分の間だ。またいつかは東京に戻って来るつもりだ」

「そんなものか」


 大阪支店で成果をあげ、東京の本社に舞い戻る。まずは修行というわけだ。

 兄が彼女のユカさんを見た。


「ユカにも大阪についてきてもらう。結婚するんだ」

「お、おお。おめでとう。おめでとうございます」


 兄と彼女さんは学生からの長い付き合いだ。いつか結婚すると思っていたが、このタイミングとは思っていなかった。けど彼女と遠距離だと辛いのだろう。彼女は仕事を辞めて、大阪についていく。一大決心だ。

 まぁ、良いことだ。二人が仲良いことは素敵なことだ。


「ありがとう、ハレくん」


 で、それがどうして父親と母親の引っ越しに繋がる?

 母親が父に代わり、話し出した。



「お父さんのお兄さんのこと覚えている?」

「あぁ、今はタイで会社経営しているんだっけ」

「よく覚えているな、ハレ」

「陽気なオジサンだったので忘れないよ。……って、まさかタイに行く気?」


 「そうだ」と父が首を縦に振り、母もほほ笑んだ。マジか。


「父さんも定年が近いだろ? 今だと早期退職で退職金が多めに入るんだ。それに一度は海外で働いてみたかったからな。ずっとは住まないが、2,3年は母さんと住む予定だ。ほら、面白そうな場所だろ?」


 父親が早口でしゃべり出し、携帯でタイの観光地らしき場所を見せる。好きなことに直球なのは俺に似ているが、俺にここまでの行動力はない。


「一緒に来るか?」

「行くわけないだろ! 俺はタイに住まないぞ」


 大学はあと2年あるし、それに海外では気軽に唯奈さまを推せなくなってしまう。

 それに、あずみちゃんに会えなくなるのが……嫌だ。遠距離どころではない。

 

「わかっている。冗談だ。大学もあるので、東京から引っ越すわけにはいかないよな」

「あぁ、そうだよ。無理だよ」

「でも、ハレだけが暮らすにはこの家は広くないか?」


 父親と母親の部屋、兄の部屋、俺の部屋、個別で部屋があり、リビングもそれなりに広い。確かに俺一人で住むには贅沢だろう。


「実はそろそろ更新なんだ」

「え、俺にここから出て行けって!?」

「まぁ、簡単に言うとそうだな。東京でここより安い場所で一人暮らしをするんだ」

「いきなりすぎるだろ!?」


 俺の都合お構いなしだ。


「俺が就職するまでは待てないわけ?」

「オジサンもいつまで元気か、わからないしな。思い立ったが吉日だ。なーに、ハレも父さんと母さんがいない方が羽を伸ばせるだろ?」


 羽礼だけにな、と笑うな。二人がつけたら名前だろ。

 大学もあと2年だ。その後は未定。これからどんな仕事に就くか、どこに行くかわからない。東京にいるのが生まれてから当たり前だったが、その前提も崩れる可能性はある。

 

「父さんの給料だけで払うには高いんだ」


 兄もこの家の家賃を払っていたから、ここでの暮らしは成り立っていた。その兄が大阪に転勤になる。父親と母親も海外に数年暮らすことになるので、俺だけが住むには贅沢すぎる場所となってしまう。


「安心しろ。ハレの一人暮らしの新居の家賃と、毎月の仕送りはするから」

「う、うーん……」


 仕送りの額を聞くとそれなりだった。暮らす分には申し分ない。

 ここの賃貸がよっぽど高かったのだろう。駅から徒歩ですぐの距離で、この広さだ。立派なとこだと思う。けど、長期休みでない今に突然すぎる。


「一人暮らしか……」

「社会人になるには必要な経験だぞ、ハレ」

「うるせー兄貴、ずっと親と俺と一緒に住んでいただろ?」

「あれ?」


 何、経験者ぶっているのだ。この中で一人暮らしをしているのは兄の彼女、ユカさんぐらいだ。

 けど、兄の言い分もわかる。いつかは一人暮らしになるだろう。それが遅いか早いかだ。

 それに、それにだ。一人暮らしに憧れはあった。一人暮らしできたら、大きなテレビでライブブルーレイを鑑賞できる。親もいるからパソコンで静かに見ているが、一人暮らしなら気にする必要がないだろう。部屋も自分好みにカスタマイズできるし、家族のことを気遣わずに生活できる。

 オタク生活的には満足度があがるだろう。実家だと何かと遠慮しがちで、セーブする必要がある。

 突然の話だったので三日考える猶予が与えられ、家族緊急会議はお開きになった。




「大丈夫かな……」


 部屋に戻り、不安に襲われる。オタク的には満足できる環境になるかもしれないが、今までは親に甘えていたのだ。家事や食事。一人でうまくいくだろうか。

 けど、いつかは一人でうまくできるようにならないといけない。学生のうちは早いけど、仕方がないことと諦めるしかないのだ。

 なら、まずすべきは急いで家を探すことだ。


「はー」


 あずみちゃんに会いたいのにそれどころではなくなってしまった。

 携帯画面を見ると、あずみちゃんからの連絡通知が来ていた。

 ベッドに寝転がり、返信すると、電話が鳴った。


「わっ、あずみちゃん?」

『ごめんなさい、ハレさん。急に電話したくなっちゃって』

「ううん。あ、あずみちゃんのお父さんに送ってもらって本当に助かったよ。ありがとう」

『いえいえ、お父さんも喜んでいましたよ。面白い友人だって』


 面白いって本当か? それほど車内の話は盛り上がらなかったけどな。

 

『ハレさん、どうかしましたか? お疲れ気味ですか?』


 電話越しでも、こっちの困惑具合は伝わってしまったみたいだ。

 

「色々とお家のトラブルでさ」

『そうなんですね、大変だ』

「いや、まぁ説明しづらいんだけどさ。あ、そうだ。あずみちゃん、今度一緒にお家を探しにいかない?」

『えっ』


 電話越しなのに、沈黙が生まれた。 


『あのー、それってお前の味噌汁が毎日飲みたい的なことですか?』

「ちがうよ!」


 省略して説明しすぎて、大きな誤解が生まれた。

 細かく経緯を説明して、勘違いを解消する。そして、彼女の気持ちは決まったのだ。


『わかりました! ハレさんのおうち探しに私も同行しますね!』


 彼女に会いたい気持ちに、自分の境遇を利用してしまった。電話が終わった後、少しだけ後悔したが、すぐに会える嬉しさが越したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る