第2ステージ オタクは場違い!?③
カフェから歩くこと5分ぐらい、「今度こそ壺を買わされるのか?」と思ったが、杞憂に終わった。目的の場所に着くとすぐにテンションが跳ね上がった。
「キノセカじゃん!」
ガラス張りのギャラリーに、2次元キャラのイラストがでかでかと貼られていた。
「やっぱりハレさんもご存知でしたか」
「当然だよ。唯奈さまがメインヒロイン務めた作品じゃん!」
「ですよね。さすが同志」
キノセカはテレビアニメ「昨日の世界のそれからで」の略称だ。タイムリープ物な作品で、唯奈さまが演じるトレナが周りの人たちを救うために奮闘する、不思議な青春物語だ。半年前に1クール放送された作品で、俺も放送を毎回楽しみにしていた。
「展示会やってて行きたいな~と思ってたんです」
「やってたなんて知らなかった。すげー、うわー、すげー」
「早く入りましょう、ハレさん」
「おう!」
中に入ると、キノセカ関連の版権絵やアニメの原画などが四方に貼られている。キャラクター原案のイラストレーターさんの元デザインや、アニメーターさんが描いたもの、アニメの場面写など、貼られている種類も豊富だ。
「トレナさんカワイイ……」
感嘆の声が自然と漏れる。彼女も同意見のようだ。
「凄いですよね。イラストレーターさん大好きなんです。繊細で淡くて、絶対に描けません」
「こっちのアニメの絵も凄いぞ。躍動感あって……ともかくいい」
「なんだか演じていた唯奈さまの声が聞こえてきますね」
「そうそう、聞こえるんだよ。今でもトレナの声が聞こえる」
アニメ放送のあとは、イラスト、文字を見ただけで声が再生される。イメージづけされるのだ。
豪華な空間だが、夏休みといえど平日なので人はあまり多くない。それに表参道というオタクに優しくない土地の影響もあるだろう。おかげで1枚1枚、二人で語りながらまわることができている。
「唯奈さまも好きですけど、ハレさんはアニメも好きなんですね」
「当然。初めて唯奈さまを知ったのはアニメだったよ。その後アプリゲームにはまって、そのライブで唯奈さまの歌声の素晴らしさを知ったんだ」
ほとんどの唯奈さまオタクが、彼女の出ているアニメを見たり、アプリゲームをプレイしたりしているだろう。もちろん彼女がラジオパーソナリティを務める『唯奈独尊ラジオ』も毎週欠かさずリアタイで聞いている。歌だけに留まらないのが唯奈様だ。あらゆる方面で推していける存在だ。
「あずみちゃんこそアニメに詳しいんだな」
「ちょっと待ってハレさん、来てください! このポスターに唯奈さまのサインがありますよ」
「な、なんだってー!?」
慌てて隣のポスターを見ると、それは確かに唯奈さまのサインだった。つまり、
「ここに」
「唯奈さまもきた」
……のかもしれない。
「まじか」
「まじですよ」
「唯奈さまもここで見たのか」
「同じ空気を吸っているかもしれないです」
「テンションあがるな」
「運命ですね!!」
実際はここに来ていなく、別現場でサインを描いたポスターをここに持ってきたことも考えられる。だが、俺たちはここに唯奈さまが来たことを信じた。
だって、その方が幸せだろ?
推しと同じ場所で、同じ空気を味わえた。
俺たちは一緒であることにこだわる。唯奈さまが青汁を毎朝飲んでいるというなら、俺たちも毎日苦い汁をうまそうに堪能するだろう。そんな生き物だ。哀れと笑う人たちもいるかもしれないが、俺らは幸せだからそれでいい。
「はたして無料の展示会でこんな贅沢を味わっていいのか……?」
「駄目ですね、課金が必要です」
無料、といわれると本当にいいのかな? という気持ちになる。アプリに課金するのだってそういう罪悪感もあってのことだろう。いや、好きなキャラの限定が欲しいだけなんですけどね。
「だよな。いったいどうすれば……。スタッフさんに1万円札を渡せばいいのか
?」
「いきなり渡されたらスタッフさんも困惑しますよ」
「なんてことだ! 俺たちは無力なのか!?」
「そんなことありません! ハレさん、あちらを見てください」
彼女が手で示す方向にあったのは、
「グッズ!」
「そうキノセカ関連のグッズです!」
なるほど、ギャラリーが無料で入場できる代わりに、グッズで儲けを得ているのか。
物販を眺めるとそこに会場限定グッズもあった。
ここでしか買えないもの。会場限定。オタクは限定に弱い。
「ハレさん、なんてことでしょう。5000円以上購入で限定クリアファイルもプレゼントですって」
「やるな、キノセカ……!」
何円以上購入で特典プレゼント。せっかく買うなら特典を得るために少し多めに買いたくなる。オタクは特典に弱い。
「でも今月はそんなに使えないかも……、クリアファイル……」
あずみちゃんが財布と睨めっこして、険しい顔をしている。
「こないだも名古屋の物販で散財したんだっけ」
「もう思い出させないでください!」
「今日は帰れなくなっても送っていけないからな」
「もー!」
けど、せっかく来たならグッズも欲しい。
「一緒に買ったら5000円は超えるんじゃない? 特典はあげるよ」
「え、そんなそんないいですよ」
「いいって、気にすんな。あずみちゃんがいなかったら展示会を知らなかったし、ここに来れなかったんだしさ」
「そ、それじゃお言葉に甘えて……」
彼女が手に取ったのは唯奈さまが演じたヒロイン『トレナ』のキーホルダーだった。
「これを2つ買いましょう」
「2つ?」
「私とハレさんの分です」
「う、うん。じゃあ他のグッズも買ってと……」
5000円を超えるぐらいのグッズを購入し、無事にクリアファイルをゲットした。
ギャラリーを出て、あずみちゃんにキーホルダーと特典のファイルを渡す。
「ありがとうございます! わー、見て下さい、トレナさんの笑顔が凄くかわいい!」
ファイルを掲げ、喜ぶ彼女の笑顔につい見蕩れてしまう。それに気づいた俺はさっと目を逸らした。
「……よかった、喜んでくれて」
「嬉しいです。あっ、キーホルダーのお金お金」
「それもいいのに」
「駄目です、これ以上ハレさんに借りられません!」
確かにペンライトとお金と、貸してばっかりだ。苦笑いをすると「もう!」とちょっと小突かれた。そんなやり取りも心地よい。
お金を受け取り、財布にしまう。
その間に彼女はリュックにキーホルダーをつけ、俺に見せつけてきた。
「みてみて」
「うん? おお、いいな」
「でしょ! うーん、かわいい! ハレさんも早く自分のバッグにつけてください」
「え、俺もつけるの?」
「同志ですから」
理由になってないが、渋々ショルダーバッグの金具にキーホルダーを取り付ける。
「おそろいですね」
同じもの。同じであることを、彼女は求め、そして満足そうな表情で笑ったのだった。
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