第2ステージ オタクは場違い!?②

 今日、明日は急すぎたので、あずみちゃんと会うのは3日後となった。

 行先はあずみちゃんが決め、待ち合わせ場所も彼女から指定されたところだった。俺は都内住みにも関わらず、「遅れたらどうしよう、迷ったらどうしようと」不安に思い、気づけば30分前に待ち合わせ場所についていた。

 だって、


「……オタクにこの場所は場違いじゃない?」


 誰に言うでもなく、一人小さな声でつぶやく。

 言う通りの場所に来たが、人はたくさんいるし、お洒落な人がやたら多い。

 ――ここは、表参道の大きな交差点にあるファッションビル前だ。

 ハイブランドの人や個性的なファッションの人が混ざり合う。どこか異国に迷い込んだ気がして、落ち着かない。

 そう、オタクの来る場所ではないのだ。都内の大学に通っているけど、全く縁がないエリア。そこが表参道である。

 何でこんなオシャレな場所に呼ばれたのだろうか。秋葉原や池袋といったオタクの街にしようとは言わないが、もっと無難な場所で良かったんじゃないですかね。


「…………」


 ……あれ、これ知っているぞ。

 見知らぬ街で壺や絵を買わされたり、宗教勧誘されたりするやつだ。おかしいと思ったんだ。あんな綺麗な女の子が『同志』になろうとか言うはずがない。『同志』というのは何かの隠語なんだ。この表参道という圧倒的アウェイの地で、俺は誘惑されて、翻弄されて、脅かされて、勢いで何かを買わされてしまうのだ。


「な、わけないけどな……」


 目の前でグッズ買い込みすぎて切符代がなかったり、わざわざペンライトを届けにきたりした健気で律儀な子だ。あんな迫真の演技ができるとは思わない。できたとしたら彼女こそ、役者か声優になるべきだ。


「ハレさん~!」


 周りを気にしない明るい声に、肩がびくっと震える。名前を街中で呼ばれることが無いので驚いてしまう。振り返ると元気に手を振ってやってくる女の子がいた。立川亜澄、あずみちゃんと呼んでいるだ。


「よ、よう」

「待ちました?」

「ううん、今来たところ」


 俺の言葉に彼女が小さく笑う。


「何か、可笑しなこといった?」

「いえ、なんだか……っぽいなって」

「なんだか、ぽい?」

「な、な、何でもないです! 行きましょう、さあ行きますよ、ハレさん」


 慌てる彼女に疑問を呈す。

 

「いや、行くと言われても俺行き先知らないんだけど」

「私について来てください」

「あずみちゃんについていくと道に迷いそうで怖い」

「私の評価なんなんですか!?」


 天然ドジっ子キャラ。怒られそうなので、口に出して言わないけど。


「好きでこういうキャラしているんじゃないんですからね!」

「いや、何も言ってないんだけど!」

「黙っててもだいたいわかります。もう! 私を見くびらないでください!」


 そういってどや顔で出したのは、スマートフォンだった。うん、携帯のマップ案内は便利だよね。あずみちゃんが令和の時代に生きていてよかったな~と、文明の利器に感謝するのであった。



 × × ×


 あずみちゃんの目の前に鉄板にのったフレンチトーストが運ばれる。思わず後ずさりしてしまうボリュームだ。さらに、エスプレッソからはいい匂いが漂ってくる。

 そして俺が無難なものとして頼んだはずのトーストセットも、やたら豪華だった。バターたっぷりのパンの上にアイスが乗り、さらにエスプレッソソースがかけられている。コ〇ダに来たのかと勘違いしてしまう圧だ。なかなか値段するなと思ったんだ。そしてカロリーもけっこうだろう。

 けど、そこまではいいんだ。

 お洒落なカフェでも問題ない。

 問題なのは、周りが若い女の子から、綺麗なお姉さんばかりなことだ。女性だらけで、オタクな人間はたぶん俺らに以外にいない。聞こえてくる話も海外旅行の話や、ファッションやブランド、パートナーの年収や仕事、子供の習い事の話など普段の生活で聞かない話題ばかりだ。


「さぁ、ハレさん! こないだの唯奈さまの感想会をしましょう」

「いやいやいや、この雰囲気の中で!?」


 ここでオタク話を展開していくのかい? 場違いすぎる。

 オタクトークを優雅に語ることはできない。唯奈さまならこんなオシャレ空間でも似合ってしまうのだけど、オタクの俺らには似合わない。

 ……ううん、あずみちゃんなら大丈夫なんだ。口を開かなければこの子は残念じゃない。


 ――あわないのは俺だ。


 俺には居酒屋の安酒とおつまみで十分なんだ。マッ〇のバニラシェイクとポテトのLサイズがあれば万事解決な人間なのである。


「関係ないですよ。人の話なんて皆、聞いていません」


 そうなのか、そうなのかなー。

 俺はさっきから周りの話ばかりが耳に入ってくるけど、他の人は違うのかなー。


「悪かった。俺が気にしすぎだよな」

「では、こちらを見ながら語りましょう」


 そういって彼女はバッグから紙束を出す。社内プレゼンでも始まるのかと思ったら、それは唯奈さまの名古屋公演のセトリだった。ご丁寧にあずみちゃんの感想も書かれている。それも全部手書きだ。

 

「……本気すぎない?」

「これでも抑えたんですよ。全然足りません」


 俺もオタクだが、重度のオタクなわけだが、彼女の本気度には驚かされる。


「1曲目からいきましょう」


 これは何かの授業なのか。何か言わないと「勉強不足ですね」と怒られそうだ。


「えーっと、幕張の時と同じ曲だったけどステージが違うから、印象もけっこう違ったよな~」


 「そうなんです!」と力強く頷き、彼女が語り出す。

 ともかく俺は楽しければいい派、唯奈さまがそこにいれば全部神公演な人間なんで、立ち位置や、照明、演出などにも言及するあずみちゃんのガチっぷりに感心してしまう。古くから唯奈さまに関わっているスタッフみたいだ。ほとんど聞き専状態で、聞き入ってしまった。


「すみません、私ばかり話しすぎですよね」

「ううん、すげーと感心していた。あずみちゃんは細かいところまでよく見ているなと尊敬するよ」

「いやいや、私なんかなんか」

「唯奈さまのことが本当好きなんだな」

「天使ですから」

「それには深く同意する」


 気づくと1時間近く話していて、お腹いっぱいと共に、心も充実感でいっぱいだった。


「ハレさん、落ち着きましたか?」

「え、うん。……落ち着いてなく見えた?」

「ライブで会った時より元気無さそうだったんで」

「それはライブだからね! 普段からあんなにテンションがマックス状態じゃないから!」


 彼女を不安にさせてしまったかと反省だ。


「ちょっと場違い、と思ったんだ。ごめん」


 話せば周りのことなんか気にしなくなっていた。スイッチが入るまで時間はかかるが、一度スイッチが入ってしまえばもう大丈夫だ。


「もっと落ち着く場所の方が良かったですかね。公園とかカラオケルームとか」

「それはそれで落ち着かなそう」

「ハレさんはどこだと落ち着くんですか?」


 落ち着く場所か。家以外で……、


「この後移動してもいいですし」

「ゲームセンター」

「せっかくのデートにゲーセンいくんですか、ハレさんは!?」

「デートって、俺とあずみちゃんでそれは成立しなくない?」

「うなっ!?」


 俺の言葉に、彼女が大きく口を開けて固まる。


「あ、ごめん。嫌とかそういうのじゃなくて、楽しいし、嬉しいけどさ」

「……そうですよね、私とハレさんは所詮同志……。唯奈さまがいなければそこには何もない……」

「おーい、あずみちゃん!」


 なんか下向いてぶつぶつ言い出し始めたので、慌てて呼びかけて止める。テンションの浮き沈みが激しい子だな……。


 さて、二人とも食べ終わり、飲み終わり、感想も言い合ったのでこれでお開きだろうか。もうお腹には入らないので、別の店に行くことはないだろう。飲み物で粘る? サ〇ゼならまだしも、こういう店で粘る金銭力がない。


「さて、ハレさん」

「うん?」

「表参道に来たのには理由があるんです」


 「そうなの?」と首をかしげる。ここから壺を売られる……ことは無いだろう。

 まだまだ同志との冒険は続くみたいだ。

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