第3ステージ スキは勘違い!?⑥
家に帰り、用意されたご飯を食べながら、今日のことを思い出す。
あずみちゃんと一緒に、横浜に唯奈さまのライブに行った。
最高のライブだった、隣のあずみちゃんも凄く楽しそうだった。
一生忘れられない思い出だ。
そして、あずみちゃんに告白された。
「……」
箸の動きが止まる。
唯奈さまのライブだったはずなのに、思い出すのは『彼女』のことばかり。
「うかない顔じゃん」
「うるせー」
兄に指摘され、口答えする。
「今日ライブ最終公演だったんだろ? 何で、浮かない顔しているんだよ」
「色々あるんだよ、俺にも」
言って自分で気づく。
デジャブ。
つい、こないだも兄とこのようなやり取りをした気がする。もしかしてこの世界はループしているのか?
冗談はさておき、どうしたものか。
ライブ自体は本当に素晴らしい出来だったのに、それだけではすんなり終わらせてくれない。何で、毎回悩みを家に持って帰ってきちゃうのだろうか。
いや、今回に限ってはもう終わったことだ。
あずみちゃんを振った。
彼女の告白を無効にした。
男女の付き合いを望む彼女に対し、自分は女であり、勘違いであると言って、断った。もう悩む必要はないのだ。同志の関係は続く。
「ははー、さては恋だな」
「はぁ!?」
兄がにやけながら揶揄う。
俺自体の『恋』ではないが、『恋』にまつわる話なので遠からず当たっている。こういうところで察しのいい兄は困る。
ただ素直に答える気はない。
「俺は唯奈さまにずっと恋しているよ」
「それは知っている。嫌というほど知っている。けど、今日はそれとは違う顔しているぞ」
顔をしかめる。
うまく誤魔化す言葉も見つからないので、正直に答える。
「あー、恋じゃない、恋じゃないって。俺が恋されたの。それで告白を断ったんだ。もう終わった話」
「おー、ハレに告白するなんて、度胸のある男がいたもんだ」
「どうせ俺はモテないよ。それに……男じゃない」
「え、女の子?」
「女の子」
「お、おう。ハレ、女の子にはモテそうだもんな」
「には」ってなんだ、「には」って。確かに男性に好かれたことはないけどさ。ただ女子に好かれたことも、あずみちゃんが初めてなわけで。
「なるほど、なるほどー。兄としては歓迎だ! 変な虫がつくより、よっぽどいいと思うぞ」
理解のある兄なことで。
けど、終わった話だと何回も言っている。
それも承知の上で兄は話を続ける。
「女の子を振ったのはいいけどさ、どうせまた会うんだろ」
「……オタク友達をやめたわけではない」
そうだ。あずみちゃんが異性なら、振って終わりだった。稀に異性でも、振って『また友達に戻ろう』なんてこともあるかもしれないが、だいたいは気まずくなって終了だ。
けど、あずみちゃんは同性だ。
私も、彼女も女の子。そもそも勘違いだったわけで、はたして告白とカウントしていいのかも怪しい。
ともかく中途半端なのだ。
振ったけど、友達のまま。普通じゃ、成立しない関係。
「女の子は諦め悪いぞ」
「知るか! それに俺も、これでも女だし!」
兄が面白そうに笑う。他人事だと思って……。
でも俺自身、あずみちゃんと友達をやめたいとは思っていない。
同志。
一緒にライブを見た友達は特別だ。同じ空気を味わった、かけがえのない仲間だと思っている。
――あずみちゃんともっと仲良くなりたい。
そう思っているから、気持ちがややこしくなる。
振ったけど、もっと仲良くなりたい。普通じゃ、成立しない感情。
どこまでも中途半端だ。
「あ」
机に置いた携帯が震えた。
着信だ。
「お、噂の彼女?」
手に取り、画面を見る。
兄の予想通り、あずみちゃんだった。
「聞かないフリをしているから、ここで出ていいぞ」
「絶対聞くだろ!」
慌てて立ち上がり、廊下に行き、電話に出る。
「ごめんごめん、お待たせ」
『こここここ、こちらはハレさんの、携帯電話様ですか? でしょうか?』
「何かめっちゃ挙動不審じゃない? うん、確かに俺だよ、ハレ」
電話越しで「良かった~」と声が聞こえる。うん、気持ちを声に出すのはやめようね、恥ずかしい。
「で、どうしたの?」
『あの……』
「あの?」
『あの木、何の木……』
「通じないよ!? 最近の若者には通じないよ!? それに、あの木じゃなくて、この木だよ?」
『木なんてどうでもいいんです!!』
「逆ギレだー」
『察してください。ハレさんならわかるでしょ?』
「無茶な! 察しのよい人間なら、オタクになっていない!」
『それもそうですね』
「納得しないでね?」
話が進まず、脱線しまくりだ。
いったい何を話したいのだ。思い浮かぶことは……、兄のせいで意識してしまう。告白の続き。別の答え。
『……っきぃぁってくださぃ』
「え、何!?」
『付き合ってくださいって言っているんです!!』
「えー、えー」
兄の言葉を思い出す。「女の子は諦め悪いぞ」という人生の先輩からの助言を。
『あ、違います。付き合ってというのは、ある用事に付き合ってということです』
もう紛らわしいな! 名古屋の時に騙されそうになったのに、またやられる。パワーワードすぎるだろ。『付き合う』の台詞。
『……ハレさん?』
「いいよ! 山でも、川でも、宇宙でも、何処でも行ってやる!」
『さすがに宇宙は無理です』
「知っているよ! あー、もう、あずみちゃんの願いに付き合うから、いくらでも付き合うよ!」
『ハレさん、すみません。録音するんで、もう一回付き合うって言ってください』
「何するの!? 証拠として保存されるの!?」
『ち、違います! あ、なるほど……保存して、使えばいいんですね。確かに言いましたよね、ハレさん。嘘は良くないですよね、と脅すんですね!』
「ちょいちょい発想が怖いんだよ、あずみちゃんはさ!」
こんなに疲れる電話は初めてだ。
……けど嫌な気はしない。
『ははは、面白いですね。ハレさんと話すのは楽しいです』
「俺は疲れたよ。で、何処に行くの?」
夏は終わり、もうすぐ秋がやってくる。
『リリイベです』
「リリイベ?」
でも、俺の夏はまだ終わらないらしい。
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