第1ステージ 出会いはすれ違い!?④
急な出来事に慌てず、素数を数えて頭を落ち着かせる。2、3、5、7、11、13、あー落ち着くわけがない!
放置している灰騎士さんを見ると、笑顔でぐっと親指を立て、背中を向けて去っていた。
やだ、あのオタクかっこいい……。
って、そういうことじゃないんだけどな。気を利かせてくれたものの、後でしっかり説明しないと勘違いされて、面倒なことになりそうだ。
さて、目の前の女の子へ意識を戻す。
「お久しぶりです。あのー、ペンライト返してもらっていない件ですよね?」
「そ、そうです、その件です! あの時はありがとうございました! 借りたペンライトをずっと返せなくて、申し訳なくて、心残りで」
必死に話す姿は健気で、律儀な子だな~と印象を受ける。
「捨ててもらって良かったのに」
「そんなことできません! 私、初めての唯奈さまのライブで、なのにトラブルで遅刻しそうになって、あー何とか間に合った!と思ったら、ペンライトを持ってくるのを忘れて、運よく会場で購入できた!と思ったら不良品で、災難続きで、本当に困っていたんです」
「そ、そうなんだ」
早口で説明され、圧倒される。本当に困っていたことは伝わったが、彼女は言葉を続ける。
「だから、あなたがペンライトを貸してくれた時はとまどいましたが、すごく嬉しかったんです。なのに、返すのをすっかり忘れちゃって……。気づいたときは焦りました。あっ、ペンライト返してない! まだ近くにいるかもと必死に走りました」
「ご、ごめんね」
でも駅で彼女の姿を見かけたものの、ちょうど電車の扉が閉まり、渡すことはできなかった。
「駅で間に合わなかった時、とっても悲しかったんです。もしかして駅に戻ってきてくれるかな……? と思って待っていたんです。なのに、あなたが戻ってくることはなくて」
「え!? ごめん! 待っていたの!? 本当にごめん!」
「いえいえ、いいんです。返せなかった私が悪かったんですから。唯奈さま推しなら、また会えると信じていました。何処かのライブで絶対に会えると。良かった、またあなたに会えて良かった」
――会えて良かった。
彼女の熱すぎる言葉を受け、照れくさい気持ちになる。この場から今すぐ逃げ出したいほどに恥ずかしい。
けど俺の赤面も関係なしに、彼女はまだ追撃してくるのだ。
「ぜひお礼をさせてください!」
「そんなそんな、いいから! 隣で楽しんでくれたのならそれがお礼だよ」
そう言うと、彼女は急に目をおさえ、俯いてしまった。
「なんて優しい唯奈さまファンさん……」
「そんな大げさな!」
彼女が顔を上げる。うっ、上目遣いはぐっとくる。
俺と比べて、背は少し小さい女の子で、顔はそれなりに、いやまじまじと見るとめちゃくちゃ可愛い顔をしている。えっ、こんな子だったっけ? こんな可愛い子に俺はペンライト渡しちゃっていたの? ライブ会場は暗かったから、顔はわからず、親切心だったわけだが、「ナンパ目的じゃん!」と言われたら否定できない。そう思うほど、可愛い子であった。
「助けてもらった上で、1つお願いをしたいのですが」
「お願い?」
彼女がもじもじとし、なかなか言葉を口にしない。ライブ帰りのお客さんが横を通り過ぎる度、居心地の悪さを感じる。
「あの、あー恥ずかしいです。どうしよう、どうしよう」
頭の中で色々考えているのだろうが、全部ひとり言として出てくる。ぶつぶつぶつ。えっ、今から何言われるの俺?
やがて彼女が意を決したのか、深呼吸して、大きな声で言葉にした。
「私と、付き合ってください」
…………へ?
時が止まった。
「はあああ? 付き合う!?」
思わず大声を出し、周りの人の視線を集める。
顔を真っ赤にした女の子が両手を横に振って、慌てて否定する。
「ち、違います。付き合うっていうのは男女のそういうお付き合いではなくて、そのライブに一緒に行って欲しいということです」
「なんだ、そういうことか……えっ、俺と?」
「ええ、あなたと」
「お断りです。他の女の子にあたってください」
去ろうとしたらまた腕を掴まれた。
あれ? この子意外と力が強い。それに強情だ。心が折れないどころか、めっちゃ睨んでくる。
「唯奈さまの女性ファンって、なかなかいないじゃないですか! いてもソロは少ない」
その通りだ。男性ファンの多いライブで、女性一人参加はなかなかにハードルが高い。いても、カップルで来ていたり、友達やグループで来ていたりする人がほとんだ。彼女の気持ちはよくわかる。
「確かに、そうだけど、ね」
でも、俺か。
「お願いします、同志が欲しいんです」
その言葉はズルかった。
今日、ネット友達の灰騎士さんに会って俺はどうだった? 唯奈様のライブにいつも一人参戦だった俺が、ライブ前は今までのライブの感想を熱く語って、ライブでは一緒に盛り上がって、感動を分かち合った。テンションがあがって、拳を突き合わせもした。一緒に乗り越えた仲間だ。
楽しくなかった? いいや、楽しすぎたに決まっている。
一人参戦には一人参戦の良さはある。気楽で、余計なことを考えなくて、嫌なことも少ない。
けど誰かと感情を共にするのが、こんなに楽しいとは知らなかった、わかっていなかった。ひとりぼっちでいるのを強がっていたのかもしれない。ボッチは悪くない。でも、誰かと一緒にいるのは素敵なことだ。最高の時間を誰かと共有できたことが嬉しくて、幸せだった。
だから、彼女の言葉を俺は無下にすることはできない。
「……わかった」
「え?」
「わかったよ、その同志とやらになる」
「本当ですか!? じゃあ、この紙に署名を……」
「書かないよ! 俺、壺でも買わされるの!?」
「唯奈さまのサインがあるなら、壺も安いもんです」
「そりゃ確かに……って買わないから!!」
「あー次のライブ楽しみですね」
「気が早い!」
話した10分程度で彼女のペースにのまれている。
「本当に、ありがとうございます! 嬉しいんです」
彼女の眩しい笑顔に、思わず顔を背けてしまった。
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