韓国一人旅

加福 博

第1話 プサンの睡眠薬強盗

 1988年の春、私は今も懇意にして頂いている元河合塾予備校の現代国語の先生の勧めで、韓国旅行に出かける事にした。授業での先生の話は、簡単に言えば国際交流してこいみたいなものだった。私は、事前にJR新大阪駅にあったカレー屋さんでアルバイトをして、旅費に10万円を用意。


 私が旅をした前年の11月には大韓航空機爆破事件が起こったものの、6月民主抗争を経て盧 泰愚ノ・テウ大統領が民主化宣言を出し、また、ソウル五輪を成功させた。私は、高速バスで下関に行き、そこから関釜かんぷフェリーを利用して玄界灘を越えた。


 私は、韓国が初めての海外旅行だった。飛行機を利用せずに、海路を選んだのは、ゆったりとした旅情を楽しみたかったから。フェリーは、学割が効いて、片道6900円という低料金だった。現在は、高速フェリーが出ているが、当時は釜山プサン沖に一晩停泊して税関が開くのを待つという気長な旅だった。ただ、旅のスケジュールには余裕があったが、心中は穏やかではなかった。韓国は反日感情が厳しい国のひとつ。果たして、無事に帰ってこられるのだろうか。旅行というよりも、冒険であった。

                         

 バッグを背負って乗り込んだフェリーの中で、後に行動を共にするマッシュルーム・カットの饒舌じょうぜつな医学生と知り合いになった。彼も韓国は初めてだった。夜は、フェリーのモーターの音が、うるさかったので眠れなかった。ビールを飲みながら、窓越しにイカ釣り船の明かりを眺めて過ごした。


 朝になって、フェリーは徐々に釜山港に接岸を始める。デッキに出て、港の方を見ると山の濃い緑が目に入った。釜山。韓国第二の都市であり、朝鮮戦争中は戦火を免れて臨時首都がおかれた。そして、人口が急増しスラム化した。


 しかし、1960年代後半より、電子、縫製品、靴等の輸出産業により、韓国第一の貿易港に成長している。下船後、税関でパスポートの審査を受けると、今度は厳しい顔をした職員によって、荷物検査が行われる。私は、セブンスターをバッグに入れていたが、それは見つからなかった。実は、日本製のタバコは、御法度だった。


 医学生とビジネス・ホテルにチェックインして、少し、休息をとって、まちへ出た。ガイドブックをリュックから、出したり引っ込めたりしながら散策していたら、20代後半でスーツを着た二人連れの片方に日本語で声をかけられた。


 「私たちは、今日、会社が創立記念日で休みです。私たちと韓国の話をしませんか。また、日本のことも教えてほしいのです。一緒に飲みに行きませんか?」


 こっちもブラブラしていただけなので、じゃあ、行こうとなり、海沿いの松島にある刺身屋に入り、四人部屋で飲み始めた。日本語を話す韓国人は、インテリらしくソクラテスの話や、インフレでマイホームが、サラリーマンの給料では買えないという話もした。また、日韓関係においては「もう、憎しみ合う時代は終わりました。お互いが尊重しあって、積極的な関係を結んでいきたいですね」と語った。


 結構飲んで、私と医学生がトイレに行って帰ってきたら、ビールが注がれており、「さあ、韓国の男は両班やんぱん、日本の男は、侍。グイっと飲みましょう」と言われ一気に飲んだ。すると、私としゃべっていた男の顔が恐ろしい顔に豹変し、私の太ももの付け根を押さえた。ぞっとして振りはらったが、そこからの記憶がない。ビールに睡眠薬を混ぜられていたのだ。私と医学生は昏睡こんすいさせられてしまった。


 私が、約三時間して目覚めると財布の中身が抜かれていた。私は飛び起き、まちでスリに遭ってはまずいと考え、スニーカーのインソールの下に隠していた3万円の有無を確かめた。ものすごく高い心拍数になっていた。


 「あった!」


 ほっとして、胸をなでおろした。医学生はゲロを吐いて寝ていた。起こすと彼もやはりやられていた。


 「お金、どうしよう」


 「金ならありますよ。スニーカーに隠していましたから」


 結局、我々は、合計5万円ほど失った。店もグルだったかもしれないが、面倒くさいので支払はすませた。店の支払いは、二万位だったか。ただ、医学生の体調が悪かった。彼を介抱してタクシーに乗せたとき、俺は一瞬兵士のような気がした。酒に睡眠薬入れるなど、言語道断だ。睡眠薬は、量を間違えると死ぬだろう。


 犯人は、当時30才くらいだったから、現在(2023年)で、65歳くらいか。二人ともがっしりした体系。主犯格の男は、色白で眼がつり上がって眼鏡をかけたサラリーマンタイプ。もうひとりは、本当かどうかは知らないが、柔道の選手で国体で結構いいところまで行ったと言っていた。主犯格の顔は、典型的な韓国人の顔で、もう分からないが、柔道の方は特徴のある顔だったので、今でも覚えている。

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