魔力メガネを作ろう!
ゴクリ、と思わず息を呑む。
「頼むぞ……」
願いを込めながら、魔色鉱に
「……溶けてますね」
「よしよし! まずここまでは予想通り!」
ココネルさんの言う通り、液体が触れた所から、魔色鉱は蒸気を発しながら溶解している。
溶解させた液体は、ゲーム初日に怪しい店にあるのを見かけた『金でも溶かす邪蛇の酸液』。
予想外に高価で殆ど持ち金を使い切ったけど……その甲斐はあった。ちゃんと溶けてほっとしたぜ、まったく。
「ほー、魔色鉱もこれには溶けるのか。弟子に教わるとは、俺もまだまだ未熟だな」
と、ぼやいているのはガヴナン師匠。
この酸を試す前に、俺は魔色鉱の加工方法を師匠に聞いてみていた。師匠曰く。
「魔色鉱だ? あんな物は鍛冶屋が扱うもんじゃねえぞ。高温でも溶けない、硬い上に砕けやすい。とても扱えたもんじゃ無い。素材としての使い道は無い上に高価だし……酸? いや、酸では溶けないはずだ。金でも溶かす酸? 何だそりゃ?」
ってな感じだった。
師匠の話から魔色鉱は普通の酸では溶けない事がわかった。ただし、『金でも溶かす酸』の存在は知らなかったから、溶けるかどうか試してみたわけだ。これで溶けなかったら、正直お手上げだったけどな。
金は最も溶けにくい金属の一つだ。しかし濃塩酸と濃硝酸を3:1で混合した『王水』にはあっさりと溶ける。おそらくこの『金でも溶かす酸』も似た様な物なんだろうが……今は細かい事はいい。重要なのは、魔色鉱を溶解出来た、ってことだ。
「よし、じゃあ混ぜていくぞ」
あらかじめ用意しておいたガラスの原料に、溶かした魔色鉱を混ぜていく。
ガラスの原料は硅砂、ソーダ灰、石灰石といった一般的な物だ。どれも天然物から入手出来るだけあり、このゲーム世界内でも普通に入手する事ができる。しかもガヴナン師匠がガラス瓶の制作までしているから、この工房には元々いっぱい原料が置いてある。最近は俺もポーション用のビンを作ってるしな。ガラス製作はお手の物だ。
それらガラスの原料に、溶かした魔色鉱を加えてかき混ぜる。加える魔色鉱の量は、数キロのガラスに対して数グラムといった微量で十分だ。均一になったら
その後の手順はこうだ。坩堝ごと窯に入れ高温に熱し、原料を溶解させる。その後、平板型に成形し、慎重に徐冷すれば、とりあえず完成だ。
「見た目は普通のガラスに見えますね?」
「それを検証するためには……おっ、リュンネからフレンドコールだ。いいタイミングだな」
この検証には、リュンネの協力が必要不可欠だからね。
□ □ □
「ほらっ! ほらっ! 魔力出てるでしょ?」
自慢気にリュンネが言う。
彼女が手を近づけると、魔色鉱の色は赤く変わっている。確かに魔力放出は身につけたみたいだ。
「すごいですリュンネちゃん!」
「魔色鉱があるとはいえ、よくこの短期間で身につけたな」
「でしょ? でしょでしょ?」
はいはい可愛い。テンション上がりすぎでしょ。子供かよ。
いや、それは良いんだが問題は……。
「こっちは反応なし、か」
魔色鉱は魔力に反応して色を変えているのに、俺が作ったガラスは無色透明のままだ。
「もう1工程、加える必要がありそうだ。リュンネ、付き合ってくれるか?」
「もっちろん!」
その後は試行錯誤の連続だった。ガラスが溶けない程度の温度で、数時間再加熱する。そしてまたリュンネに魔力を発してもらい、ガラスの色が変わるかを確認する。そんな実験を繰り返し、やがて――。
「できた! できたぞ! 魔力メガネは……あったんだ!」
「本当すごいわよこれ……こんな綺麗に見えるのね」
「二人とも、お疲れ様です。私にも見せてもらえますか?」
お茶を持ってきてくれたココネルさんに、完成した魔力メガネをかけてもらう。
「リュンネ、頼む」
「ココネル、いくわよ。――魔力放出!」
「うわ、すごいですこれ!」
合図とともにリュンネが魔力を手から発すると、ココネルさんが歓声を発した。
「どこをどう魔力が流れているか、はっきりと色がついて見えますね!」
そう、この魔力メガネでは魔力に色がついて見える。
レンズ部分は俺の作ったガラスで、基本的には無色透明だ。ただし、魔力がある部分を見ると、ガラスに含まれた魔色鉱が反応し、色が付いて見える。
「これがあれば体外で魔力を練るのも、かなりやりやすいんじゃ無いか?」
「どこに魔力があるかわかるんだから、簡単だと思うわ」
リュンネがブンブンと首を縦に振る。
魔力を扱うのが難しいのは、魔力を感覚で掴まなければならないからだ。こうして視覚的に捉えられるなら、そのハードルはグッと下がる。リュンネならすぐにでも魔法を習得できそうだな。
「これって、もしかしたら凄いアイテムなのでは……?」
「……俺も魔法に詳しいわけじゃ無いが、こんな便利な物は見たことも聞いたこともないぞ。どうなってるんだ、この弟子は?」
様子を見に来たガヴナン師匠が呆れた顔をしている。
「俺は、俺たちの
俺が参考にしたのは、金を使って赤いガラスを作る方法だ。
王水に溶かした金を原料に混ぜ、ガラスを作ると……特徴的なワインレッドを呈するガラスを作ることができる。これ自体は昔から知られていた事だが、近年の研究で驚くべきことがわかった。この赤いガラス、金はナノメートルサイズの極小の粒子の形で含まれていたのだ。この金ナノ粒子がなぜ赤く見えるかは、表面プラズモン効果で説明できるのだが……それは置いておく。
俺はこの金粒子を含んだガラスの製作法を魔色鉱に応用した。つまり、今回俺が作ったガラスには、魔色鉱が極小の粒子として含まれているはずだ。極小だから通常時は目に見えない。しかし魔色鉱の性質は持っているから、魔力に反応して色を発する、という仕組みだ。
「なるほどなあ……【プレイヤー】の世界は研究が進んでるんだな」
ガヴナン師匠は素直に感心してくれている。
しかし。
「リュンネちゃん、この話知ってた?」
「いやいやいや……知らないでしょ。てか、知っててもこんな応用できる?」
「無理だよね……普通」
ココネルさんとリュンネにはドン引きされた気がする。何故だ。解せぬ。
ま、何はともあれ、だ。
「とりあえず、魔力メガネの完成祝いをしませんか?」
「ガッハッハ、そうこなくっちゃな! 今日は弟子の偉業の祝いだ! 俺の奢りでパーッとやろう!」
「ありがとうございます、ガヴナンさん」
「私、前から気になってる店があるの!」
一転してワイワイと動き出した一同。
その後ろを歩きながら、物思いに沈む。
今回の試みが上手く行った事は、大きな意味を持つ。
簡単に説明したが、極小の粒子をガラス中に生成するためには、分子レベルの反応が必要だ。そんな反応が、ゲーム中で実現出来た。
つまり、この『石油王ゲー』は少なくとも――分子レベルの物理演算シミュレーションを行っている、という事だ。本来、ただのゲームにそんな高度なシミュレーションは必要ない。それに実現するためには、目が飛び出るほどの資金と技術力が必要なはずだ。このゲームの製作者頭おかしいでしょ。脳に石油詰まってんの?
「薄々わかってはいたが……とんでもないゲームだな」
ふと、思い出す。
世間ではVRMMORPGとして話題になっているこのゲーム。しかし、公式ではそんなジャンル名を自称した事はない。公式が自称しているジャンル名は確か……。
「『世界シミュレーション』だったか」
ゲームのジャンル名ってのは、各々のメーカーが割と好き勝手に自称するもんだ。例えば『運命と未来が響き合うRPG』だとか『オープンワールド青春恋愛アドベンチャー』だとか『シネマティックVR銀河系アクション』だとか。だから、このゲームに関しても公式ジャンル名なんて、さして気にもしていなかった。
だが、もし。もし本当に、世界を丸ごとシミュレートしているんだとしたら。それが、このゲームの目的なのだとしたら――。
「オールディさん、何考えこんでるんですか? お店入っちゃいますよ?」
「ん? ああ、悪い。今行く」
……いや、だとしても関係ないか。俺はこのゲームを楽しむだけだ。
これが世界シミュレーターだというのなら、世界ごと遊び尽くしてやる。
色々と利用出来そうなシステムだし、な。
それに……。
「では、魔力メガネの完成と、素晴らしい仲間達との出会いを祝して!」
「「「「かんぱーい!」」」」
師匠の、ココネルさんの、リュンネの。皆の笑顔を見れば、つくづく思う。
俺は良い出会いに恵まれた、と。
最高の
このゲーム、まだまだ楽しくなりそうだ。
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