終(04)そしてわたしはめをあけた。

 そしてわたしはめをあけた。


 揺蕩う水のようなものの中に、わたしはいる。あたたかくて心地の良い場所だ。

 わたしは、ここを知っている。この水の中を、わたしは良く識っている。

 ここは、コクーンの中だった。繭につつまれているとき、わたしはあらゆるものから守られていて、とてもとても幸せだったんだ。

 その中では善も悪もない。

 正も邪もない。

 生も死もない。

 性も情もない。

 ただただ、多幸感に包まれている。

 ただただ、射幸心のみがそこにはある。

 しあわせのまっただなかに、わたしはいた。

 その中には、わたしが望むすべてがあった。


『やあ、円。ようやく来たのですか。世界はあなたに託したと言ったでしょう。さあ、一緒にいきましょう……』


 父がいた。彼は確か、世界に流出したはずだったのだけれど。


『まどか、まどか! まどかなのね。ああ、わたしよ、おかあさんよ……!』


 母がいた。母は、コクーンになっていないはずだけれど。でも……、いいわ。何でもいいの。ああ、お父さん、お母さん……、ずっと、ずっとここにいたのね……。彼らはとてもあたたかかく、わたしを抱擁してくれる。それから、


『こ……、この感覚は円さん? 既に、貴女は!』


 頭の中に声が響く。これは――、イズミか。貴女ときたら。まったくもって惑っちゃうわ。わたしがとうの昔に変容していたにも関わらず、呑気に講釈を垂れてくれたじゃあない?


『も、申し訳ありません……、まさか、貴女が教祖さまでしたなんて……。ああ、そうだ。既にわたくしの子、ナイトもコクーンの中におりますのよ。まだ産まれてはおりませんが……、よくしてやってくださいませ』


 ああ、わたしへの貢ぎ物ってわけ? そうね、よくやったわイズミ。わたしがその子を上手く使ってあげる。


『にゃあ、まどまど。やっと逢えたね……。うちは、まどまどに好かれるために……、まどまどのためだけに、新人類になる道を選んだんだよ? うち、間違ってなかったよね? うちのこと、まどまどは褒めてくれるんだよね?』


 ああ、タマキね。わたしのタマキ。よく頑張ったわね。あなたが教えてくれなかったら、わたし、まだ惑っていたかもしれないわ。さあ、いきましょう。共に、新しい世界をつくりましょうね。


『うん! うん、まどまど。まどまどっ! 大好きだよ、まどまど……っ!』


 ようやく分かった。ここに来て、わたしは分かったんだ。わたしはすべてだ。すべてはわたしだ。世界のまるのままを、わたしは持っている。

 すべての生き物は、ひとつだったんだ。スープのように。世界がスープのように、罫線のない世の中へと戻ってゆく。世界の形は、ここでお仕舞い。

 終わりが来たりて笛を吹く。世界の天秤が傾いて、ゆっくりと形を変えてゆく。わたしが惑うことはもうない。まったくもって、完璧な世界だ。


 けれど……、何?


 世界にひとつだけ、小さなアナが空いている。そこはまるでアナアキみたいになっていて。わたしの世界に、びょうびょうと風を送り込んで来るんだ。


『円、まどか。――夕月夜円』


 風が、奏でる。

 どこかの誰かの、いつかのことばを。

 それは、世界の景だ。

 誰かの残した、大切な風景。

 世界でもっとも大切な何かを、わたしはもう思い起こすことはない。

 はずなのに。


 これは……、だれ?


 わたしはすべてをてにいれて。

 それから、なにをうしなった?



 いつかのどこかから声が聴こえて。

 そうしてわたしは、意識を失った。


 永久に、とこしえに、


 ◆


(Lost is True End.)

(…… and To Be Continued.)

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