第16話:ソール・アルテミス戦争の前兆

 クレオの性別についてはさておき、彼…彼女……クレオの前世が男だったという話を聞いていると、扉から軽いノック音が聞こえた。

 僕は居住まいを正して「どうぞ」と言うと、何人かの女性が部屋に入ってきた。

 目つきは鋭く、凛とした顔つき…腰にさされた剣も相まって、勇敢そうに見える。


「トリュファイナ・アルテミスだ。よろしく、フィル少年」


そう言ってその人は机を挟んで僕の対面に座る。

他にも鎧は着けていないけれど武器を持っている人も部屋に入ってきた事から、ここで一番偉い人だという事が分かる。


「ウチの母様だ、すげぇぞ!」


 そしていつの間にか僕の隣に座っていたクレオが、自信満々に胸を張りながら自慢している。

 それを見て何人かは苦笑し、クレオのお母さんは溜息をつく。


「クレオは本当に…元気なのはいいけど、もうちょっと大人しくしてられないのかね」

「母様の息子だから無理だ!」


 それでいいのか転生者!?

 というか女性本位の街、キリークのど真ん中で息子発言はちょっとヤバイんじゃない!?

 僕がハラハラしながら見守っていると、何かを察したのかクレオの母さんが説明してくれる。


「あぁ…少年、何も気にしなくていいよ。この子はれっきとしたキリークで、私の娘だからね。だから……秘密を知ったな、口封じだぁ!…って事はないよ」


 わざとらしくこちらを脅す口調を喋ったかと思えば、クスクスと笑っている事から本当にそうなんだと思う。

 というかクレオの性別がややこしすぎてワケが分からない。


「だけど母様、オレは男なんだ。可愛い物より武器を振り回したりカッコイイものが好きなんだ!」

「奇遇だね、私も昔はそうだったよ」

「それに女の人を見るとムラムラするんだぜ!」

「安心しな、そういう奴もここにはそれなりにいるよ」


 あっ、女性だけの街でもやっぱりそういう人もいるんですね。

 男同士じゃないだけまだマシかもしれない。

 それにキリークの人達は男の人がいなくても子供を産むわけだし、そうなるのも不思議ではないかもしれない。


 というか…カッコイイものが好きとか女の人で興奮するとかがあっても個人の趣向として受け入れられてしまうと、内面の男性について証明するのは不可能じゃないかな。


「クレオ、もう女の子でいいんじゃない?」

「イヤだ! チンチンがなくてもオレは男なんだ!!」

「キリークの人達の中でその発言は中々にロックだと思うんだけど…」


 こちらの心配を知ってか知らずか、クレオは頑なに自分の事を女性だと認めない。

 僕は恐る恐るクレオの母さんであるトリュファイナさんに目を向けると、呆れたような顔をしていた。


「まぁまだ子供だからおかしな事言ってる、程度で済んでるけど…流石にそろそろ矯正が必要かもねぇ」


 矯正って何をするんでしょうか、女の子になっちゃう的なやつでしょうか。

 もしもこれでクレオが女の子になってしまったら、精神が男でも女の子になってしまうという実例を見せ付けられるという事でもあり……ちょっと怖いかな、うん!


「あー…それで、僕はどうしてここに呼ばれたんでしょうか」


 怖い未来から目を逸らすように、話題を切り替える。

 もう女の子とか男の子とか全部なくなっちゃえばいいのに。


「門前でトラブルがあったことのお詫びと、ついでにうちの娘に旅の話でも聞かせてあげようと思ってね」

「それくらいならお安い御用ですよ」


 いや、待てよ…どこまでなら喋っていいんだ?

 先ず転生者って事は隠すとして、レックスに初めてを奪われそうになった話はできない。

 実家の追放についても話すわけにもいかないし、エイブラハムさんについて話すこともできない…もちろんアズラエルについてはもっての外だ。


 結局…無難なエピソードをそれとなく話す事となり、あまり面白くない内容となってしまった。

 そのせいで部屋にいた人達の顔がちょっと険しくなってる。


「凄いな、フィル! オレもそんな旅をしてみたいぜ!」

「二度と御免だよ!!」


 クレオが目をキラキラさせながら食いついてきたので、それを引っぺがすかのように強めの言葉で否定しておいた。


「まぁ、なんだ………嘘じゃないなら、若いのにそれなり…いや、かなり苦労してきたみたいだね」

「そうですか?」

「アマゾネスの捕まって、巨大スライムに囚われた街を救って、サキュバスの集団とやりあって、地の果てまで追ってくる女を相手に逃げ切ってみせたんだろう? それはもう普通じゃない」


 トリュファイナさんが苦々しく言い放つ。

 そうか、それなりに不幸だとは思ってたけど…男嫌いなキリークの人達を以ってしても不憫だと思われるような旅路だったわけか。

 これで今隠してるような事も暴露したらどうなるんだろう、ドン引きされるかな。


「なぁなぁ! アマゾネスの淫紋があるんだろ? 見せてくれよ!」

「淫紋じゃなくて紋章だよ! ついでにいえばアナト・アレスのだよ!」


 唐突にクレオが僕のズボンを引っつかみ、下腹部にある紋章を見ようとしてくる。


「いいじゃねぇか、オレとお前の仲だろ?」

「僕とキミの関係って何さ! 男と女…それとも男と男!? どっちもマズイよ!!」


 男と女の関係だとキリーク的に殺される。

 男と男の関係だと僕の中の性癖が殺される。

 詰みじゃんこれ!!


 一生懸命にクレオの手から逃れようとするのだが、ついクレオの女の子っぽい身体に力が抜けてしまい、ズボンを引き摺り下ろされてしまった。


「うおー本当に刺青みたいのがあるな! しかもちょっと光ってる、カッケー!」

「お願い…見ないで……見ないで……」


 両手で下腹部を隠そうとするが、クレオが僕の腕を掴んでいるので隠せない。

 なにこの見た目は女の子だけど内面が男の子に襲われてるとか、もう何がなんだか分からないよ!


「あぁ…本当だったのか……」


 トリュファイナさんが嘆息をつくように言う。

 まぁ普通は信じられないよね…でもほんとなんです……嘘偽りどころかまだ色々あったりするんです…。


「母様! オレも紋章いれたい!」


 そう言ってクレオが突然自分の服をめくりだした。

 健康的な素肌とお腹が視界に入り、思わず両手で顔を覆ってしまう。


「クレオ、男! 僕、男の子だから! 早くしまって!!」

「何言ってんだ、男の裸くらいでイチイチ動揺すんなって」


 そうか、クレオは男だから見てもいいのか。

 ……いや無理だよ身体は女の子なんだよ見たらダメだよ!

 そんな僕に助け舟を出してくれたのか、トリュファイナさんが手を叩いてたしなめる。


「ハイハイ、考えといてあげるよ。それでフィル少年…ウチの娘が迷惑を掛けたことだし、しばらくはここに泊まるといいよ」

「ほんとですか!? 助かります!」


 なにせお財布すら持たずに逃避行に走ったせいで今晩も野宿かと思っていたのだが、とても幸運だった。


「武器については買える時に帰したげるよ。……そうだ、最後に一つ聞きたい事があるんだった」


 トリュファイナさんの顔と声に真剣味が増し、僕も思わず佇まいを正してしまう。


「近いうちにタラークの連中がここに攻めてくると思うかい?」

「……来るでしょうね、必ず」


 これについては原作のゲームをプレイしていたから分かる。

 女のキリーク、男のタラーク……この二つの人種は数年以内に戦争状態に入る。


「うちのクレオと同じ事言うんだね。一昔前なら大陸中央への道を確保する為に戦争するのは当たり前だった。だけど今はあっちには船があって、それで儲けて発展してる。わざわざこっちに来る利益はないじゃないかね」

「だからといって、街道を抑えられた不利益が消えるわけじゃありません。むしろ力をつけた今こそ、それを解消する為に動くといった方が自然です」


 まぁこれについては結果を知っているからこそ、そこから理由を逆引きに示しているだけに過ぎない。

 あとはキリークの人が男の人を嫌うように、タラークの人が女を求めているというのもある。


 ちなみに、キリークとタラークという人種を創造した太陽と月の権能を持つ【ソール・アルテミス】からすると、タラーク側の行動が正しかったりする。

 絶対に男を産ませる男性と、絶対に女を生む女性…もしも両者に不和がなければ男女比のつり合いも簡単に取れるし、人口の増減もコントロールしやすいという観点から創られたからだ。

 まぁ本人からすると、他の神様が色々な種族を作ってるから自分もつくって「どう? 凄いだろ? なぁなぁ、凄いだろ?」といった理由なのだが、それについてはひとまず置いておく。



 トリュファイナさんとの話し合いも終わり、僕はひとつの客室を宛がってもらった。

 イスやベッドもしっかり用意されていたのだが、必要のないものまでそこにいた。


「おい、どうしたんだよフィル。こっち来て話そうぜ」


 うん、何故かクレオがベッドの上に座って隣を叩いてる。

 キミちょっと距離の縮め方おかしくない?

 もしかして気にしてる僕の方がおかしいの…?


「さて…あと少しで戦争が起きるのは知ってるよな。フィルには戦争に勝つ為に手伝ってほしいんだ」

「手伝うって…僕に何を期待してるの?」


 もしかして漫画やアニメの主人公のように敵兵を蹴散らすのを期待されているのだろうか。

 流石に普通の子供よりも存在階位が高くなってるとはいえ、無数の敵兵を相手にしたら普通にやられるのがオチである。

 存在階位というのはレベルのようなものだが、神様クラスまで高くなければ誤差のようなものだ。


「というか、竜の力があれば負けないと思うんだけど」


 そう、ゲームではこの街に竜の寝床という二つ名がついており、その名の通り竜の助力があったのだ。

 人と人との戦いであれば男のタラーク側が優勢だったものの、竜という反則級のユニットが出たせいで戦線は膠着状態になってしまったのだ。


「ああ、追い込まれたキリークは北西の山にて眠ると言われている竜の助力を得るんだが、それにはちょっと問題があるんだ」


 明るく元気に振舞っていた先ほどまでとは違い、今のクレオはどことなく儚げだ。


「伝承では、竜は純潔である乙女を求めていると言われている。そして、このままだとオレの妹であるパトラがその役目を負う事になるんだ」

「妹がいたんだ。…それで、それからどうなるの?」


 クレオは一呼吸おいて、限りなくマジメな声で語る。


「竜に喰われる。そして、それに味を占めた竜がここに来て、キリークを守る代わりに毎年十人の幼子を差し出すように要求するんだ…」

「それは、また……」


 タラークから守ってもらえるのはいいが、その代償として子供を差し出せというのは心情的にキツイだろう。

 ただ、それ以外の点で考えれば破格の条件かもしれない。

 なにせ主人公のレックスさえこなければ絶対無敵の門番が味方になるのだ、戦争よりも人死が少なくなる、安心と引き換えならばそれだけの価値がある。

 だけど…それで納得するには、女性にとっては余りにも酷な取引だろう。

 しかも断ったところで竜が素直に帰るとは限らない、むしろ敵が増える可能性だってある。


「だから、オレが妹の代わりに竜を説得するんだ。それならオレが死んだとしても、パトラは助かるしな」

「……それ、お母さんから許可は貰ってるの?」


 黙って首を振るクレオを見て、僕は言葉に詰まってしまった。

 クレオの事だ、何度も説得しているだろう…それでもダメだったのは、やはり危険だからか。

 なにせ下手をすれば竜の怒りを買うことになる、そうなれば大勢の人が巻き添えになる事だろう。


「無理だ…僕には責任が取れない。それは正しくない手段だ」


 その言葉を聞き、クレオの目には涙が浮かび上がる。

 そもそも僕はこの街で育ったわけじゃない、愛着がない…だからこうやって俯瞰して物事を見ることしかできない。

 だから泣きそうなクレオを前になんとか励まそうとしても、言葉が出てこないのだ。


「正しくない…そうだな、その通りだよ。だけど、正しければ助かるのか?」


 その言葉を聞いて、僕の胸が締め付けられたかのような錯覚をおぼえた。


「確かにオレが勝手に突っ走った所で、皆が正しくないって言うさ。でも…だけど、正しい方法じゃあ助からないって事をオレ達は知ってるだろ!?」


 その通りだ。

 このまま何もしなければタラークとの戦争が始まり、そして戦力の差でキリークは竜に頼る方法しかなくなり…そして子供を生贄にするしかなくなる。

 正しい行動の結果がそんなものなんてのは、到底受け入れられるはずもない。


「元の世界でもそうだっただろ!? 外野が正しくないって言って、それを受け入れた結果が散々なものだったとして、そいつらは何て言う? 『仕方がない』…それしか言わない、誰も保証してくれないんだ!!」


 胸が痛む、その通りだ。

 正しければ全てがうまくいくなんて夢物語でしかない。

 問題の当事者にとってみれば、そんなものに固執する理由は存在しないのだから。


「オレ、母様が好きだ。妹のパトラも好きだ。そして、男だって言い張ってるオレを困ったやつだって見てる皆も大好きなんだ…。だからオレは、皆を助ける為ならなんだってする!」


 クレオの目から涙がこぼれる。

 けれども、その瞳には強い意志が込められていた。


「オレにできることなら何でもする…だからお願いだ、助けてくれぇ…ッ!」


 力の篭ったその声を聞き、僕の重苦しい胸の内から熱い何かを感じた。

 それはまるで誰かが僕の後押しをするかのような―――。


「はぁ~……魂の同居人に言われたら仕方がないか」


 僕は覚悟を決めてクレオからの言葉を返す。


「いいよ、やろう。いざとなったら逃げればいいだけだしね」


 こういう時は、本当に旅人でよかったと思える。

 捨てるものがない身のなんと気軽なものか。

 …ただし、エイブラハムさんほどには身軽にはなれないだろう。


「ほ、ほんとか!? やった、やったー! ありがとう!」


 ピョンピョンと飛び跳ねながら喜ぶクレオを見て、心が軽くなったように思えた。

 妥協なんて生前で死ぬまでやってたんだ、それならこの世界でくらいは自由に生きていたい。


「それじゃあ早速この街から抜け出す方法を教えるぞ! 先ずオレが普通に出歩いてたらバレるからフィルの服をオレが使う!」


 ふむふむ…それだと僕は裸になるのだけど、もしかして紋章をさらけ出して歩く事で、皆の視線を逸らさせようとしているのだろうか。

 その作戦だとしたら、僕は今すぐクレオの所業についてお母さんに報告しなければならない


「そんで、お前には女用の服を着てもらう。どうだ、完璧な作戦だろ?」


 そう言ってクレオは備え付けのタンスにある洋服を引っ張り出す。

 ……え、待って?

 それってもしかして……。

 僕が少しずつ後ろに下がろうとしたのだが、クレオがしっかりと僕の手を掴んで離さない。


「オレがお前を立派な女にしてやる、任せておけ!」

「僕は女の子になりたくない!!」

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