四枚目 『懸り』
翌日。
今日も難なく洞窟を突き進んでいき、俺達は遂に、いわゆるボス部屋へと続く岩穴の前まで辿り着いた。
「いよいよ冒険も終盤か。そう思うとなんだか寂しい気がしてくるね」
「俺は当分ダンジョンはいいかな。これが終わったら、クエスト自体も暫くやらないつもりだし」
「そうやってすぐ怠けようとする。キミはもっと冒険者としての自覚をだね。まったく、ダクネス達の苦労が少し分かった気がするよ」
呆れたようにそう零すクリス。
「そうは言うがな。俺達の場合、冒険する度に必ずと言っていいほど誰かが問題を起こすから行きたくないんだよ。アクアはやるなって言った傍からやらかして泣き喚くし、めぐみんは意味もなく爆裂して魔物呼ぶし、ダクネスは後先考えずに突っ込んで悶えるし。それに突っ込んでたらいつの間にか俺死んでるし。金を稼ぎに行く度に、借金作って周りに迷惑かけるぐらいな、大人しく家でごろごろしてた方が世の為人の為だと思うんだよ。そう思わない?」
「どっちもどっちだと思う。まあ、キミ達の現状は置いとくとして、今は目の前のお宝とのご対面といってみようじゃないか。それじゃあ、あたしが先に……」
そこで言葉を噤んだクリスは、後ろを振り返りキョロキョロと辺りを見渡した。
「どうしたんだ、急に?」
「……いや、なんか誰かに見られてるような気がして」
「そうか? 俺は何も感じなかったけど」
クリスに習い俺も来た道を凝視してみたが、人どころかモンスターの気配すら感じない。
「やっぱり気のせいじゃないか? 仮に何かいたとしても、スキルに反応がないなら大丈夫だろう。気にせず進もうぜ」
「そう……だね。先を急ごうか」
おっかしいなあと何度も首を傾げるクリスを連れ、俺達は通路を降りて行った。
トンネルを抜けた先には、天然のドームが形成されていた。
目の前に広がるのは巨大な沼。
淡く輝いた沼の水は澄んだ翠玉色をしており、水面近くをゆらゆらと飛び回る、無数に存在する光の微粒子が物凄く幻想的だ。
森閑とした中、何処からか滴り落ちる水の音だけが空気を震わせる。
そのあまりの美しさに目を奪われ、不覚にも暫くの間、ただ茫然と目の前の風景に見入ってしまった。
と、視界の右端に一本の細い木道があるのに気が付いた。
どうやらそれは、一面に及んだ沼の中心でポツンと浮かんでいる、小さな島にまで続いているらしい。
きっとここに住んでいた盗賊達が架けたのだろう、随分と年季が入っていそうだが、あれ以外に中島へと渡る術はなさそうだ。
「お頭、いつまでもボーっとしないで下さい。俺達はこの景色を観る為にわざわざここまで来た訳じゃないんですから。見た感じあの島に祭壇っぽい物もあるし、多分あそこに隠されてるんじゃないですかね」
「はっ! そ、そうだった。ここの景色があまりにも綺麗だったからすっかり魅了されてたよ」
俺と同じく、隣でこの絶景に心を奪われていたらしいクリスはハッと我に返り、俺の後を駆け足で追ってきた。
ちょっと強く踏めば忽ち倒壊してしまいそうな木道を慎重に渡り、無事に中島に上陸した俺達は、二十メートルほど先にある階段へと足を向け。
整備が行き届いていない広場を通過し、そのまま階段を上って行く。
どうしよう、ちょっとだけドキドキしてきた。
普段冒険らしい冒険が出来てないだけあって、こんな如何にもな展開がなされている事に、俺は猛烈に感動していた。
それはクリスも同様なのか、先程から込み上げる喜びが顔に漏れている。
お互い黙ったまま一歩ずつ階段を踏み締め、最後の一段を二人同時に上り切った。
と、そこに鎮座していたのは小さな祭壇。
そしてその上には――
「あ、あった。あったよ助手君! あたしが探してたのはこの巻物だよ‼ やっと見つけたー!」
クリスの指さす先には、ガラスケースのような物で覆われた巻物が安置されていた。
それは至ってシンプルな白地の巻物。
紙の上下に青字で描かれた変わった模様が若干気になりはするが、ただそれだけ。
特別な力なんかこれっぽっちも感じ取る事が出来ない、何処にでもありそうな普通の巻物だ。
ただそこは腐っても神器級と呼ばれるだけあるのか。
長い年月放置されていたとは思えないぐらい綺麗な保存状態のまま、ガラスケースの中で大切そうに保管されていた。
「こんな巻物に、本当に全ての真実を記す力があるのか? 見た目は唯の羊皮紙と変わらないんだが」
「そう思うのも無理ないけど、この上下にあしらわれた模様からして、まず間違いないよ。宝感知スキルにも大きく反応してるしさ。でもどうしよう、このガラスケースにはかなり難しい罠が仕掛けられてるみたい。手持ちの解錠グッズでどうにかなるかな」
カバンの中をゴソゴソとやるクリスの横で、俺の脳裏にパッと名案が閃いた。
「そうだよ、こんなものわざわざ解錠するまでもないじゃんか」
「助手君、一体何を……?」
「要はガラスケースからあれを取り出せばいいんだろ? だったらこれが効くだろう。いっくぜ『スティール』!」
「ちょ、まっ⁉」
クリスが何か言いかけていたが、抑制される前にスキルを発動させる。
すると、俺の手元には思惑通り巻物が乗っかっていた。
それと同時に、台座から飛び出す複数の影。
気が付いた時にはそれは俺を掠めて飛び去り、後方でガガッと鈍い音を響かせた。
恐る恐る振り返ると、そこには無数の短剣が。
…………ええーっと、これって……。
「だ、大丈夫助手君? こういう類の罠はちゃんと順序を守って解除しないと酷い目に合うってのはお約束でしょ? 今回は幸運にも服を掠めるだけで済んだけど、ちょっとでも立ち位置が悪かったら、今頃助手君は串刺しになってたよ」
遅まきながら、俺は冷や汗をだらだらと流し、
「そ、そうっすね。以後全霊を掛けて気を付けようと思います」
青ざめた顔でなんとかそれだけ伝えた。
正直、ここまで何事もなかったせいで気が緩みすぎていた。
あいつらがいないからって、今後は油断しない様にしようと心に決めた。
「なにはともあれ、助手君のお陰で必要な物は手に入った訳だし、そろそろお暇しようか。こんなとこで油売ってても危ないしね」
シレッと俺から巻物を取り上げ、来た道を引き返そうとするクリスに、
「なあ、クリス。念の為それが本物かどうか確認しといた方が良いんじゃないか? もしかしたら精巧な偽物って場合も考えられるだろ」
「おっと、それは一理あるね。十中八九本物だろうけど、その可能性も否定出来ないし。でも、どうやって本物かどうかを見極めるつもりなの?」
「そんなの簡単じゃないか。実際に今ここで使ってみればいいんだよ。試しに何か調べてみてくれないか」
俺の言葉に、クリスは少し後ろめたそうな表情を浮かべ。
「確認の為とは言え、奪った魔道具を使うのには抵抗があるんだけど……今回は仕方ないか。うーん、そうだな。それじゃあ当り障りのない事で……」
巻物を広げたクリスは、何故か俺を見るとニヤッと笑い。
「『助手君とめぐみん、ダクネスは三角関係なの?』」
「ちょっと、何聞いてくれてるんですか⁉」
とんでも事を尋ねたクリスを取り押さえようと慌てて駆け寄ろうとした、その時。
巻物がピカッと白い光を放った。
その光が余りに強く思わず目を瞑ってしまったが、すぐにそれは収まり。
クリスの横から恐る恐る巻物を覗いてみたら、そこには先ほどまではなかったはずの文章が浮き出ていた。
そして、少し遅れて音声が流れ始める。
『――否。めぐみんとダスティネス・フォード・ララティーナはサトウ・カズマに明確な好意を持っているが、サトウ氏は両者の間で揺れ動き判断がつかない優柔不断っぷりを発揮している。よって、あくまで一方的な物である』
「……これって本当?」
「ちちち違うっての! クリス信じんなよ、ここに書かれている事は全部嘘っぱちだ! 俺はちゃんと誠実な態度を取ってるからな!」
だからその冷え切った目は止めて欲しい。
ああクソ、これじゃ割に合わない。
「もう一回だ、もう一回確認しよう! 今のじゃ当てにならないから、別の質問をしてみたらいいと思うんだ。さっきはお頭が使ったんだから、今度は俺がやってもいいですよね?」
早口で言い募る俺に、クリスは半眼になりながらも巻物を渡し。
「別に構わないけど。ねえ、本当に二人の事はちゃんとやってるんだよね? もし仮にダクネスを適当に扱って泣かせでもしたら、いくら相手が助手君だろうと絶対に許さないから」
「……ちゃんとやろうとはしてますよ」
俺の呟きに、何を思ったのかクリスはふっと笑顔を見せた。
「よろしい、今日のところはそれで許してあげましょう。後、アクアさんの事もちゃんと気にかけてあげてね。あの人は寂しがり屋だから」
「気が向いたらな。さーて、俺は何を調べよっかなー」
さっきは酷い目に合わされたんだ。
俺はやられたらその分しっかり熨斗を付けてやり返す男。
何かクリスに仕返しができ且つ俺に得のある情報は無い物か……。
「『今日のクリスの下着の形と色は?』」
「キミってば何て事聞いてるの⁉」
『――多重層のフリルを付けたストラップレス、Gストの下着で、色は菫色です』
「こっちはこっちで何言ってくれてるの⁉」
顔を真っ赤にしてクリスが絶叫を上げる。
なんて事だ、これはとんでもなく素晴らしい魔道具だったのか。
「今のお頭の反応からして、この魔道具が言った事は真実だったんですね。それじゃあ下着がお洒落なお頭、帰りましょうか」
「やめて! お願いだからそんな変な呼び方しないで! もう、その道具は没収します!」
手を高く上げ軽い抵抗をする俺の手から、サッとジャンプして魔道具を奪ったクリスはそれをカバンにしまい。
階段を駆け下りていくクリスを、俺はニヤニヤしながら追いかけた。。
「そんなに怒んないで下さいよ。お頭のトップシークレットは俺の心の中だけに留めておきます。だから、今後も安心して下着選びに励んで下さい」
「どこをどう安心しろって言うのさ! キミに知られてる時点でもう手遅れだよ。恋人でもない男の子に下着を知られるだなんて。あたしもう、お嫁にいけない」
「心配ご無用、その時は俺が貰ってあげますよ」
「うるさいよ、うるさいよ助手君。ダクネスやめぐみんがいるのにあたしにまで声を掛けて来るなんて何考えてんのさ!」
そう言いながらも耳まで赤く染めてポカポカと殴ってくるクリス。
そんな楽しいひと時を過ごしつつ中島の広場を歩いていた、その時。
「――『バインド』ッ‼」
「きゃっ! な、何これ?」
「いでででで! 腕に、ロープが食い込んでるんですけど!」
何の前触れもなくいきなり飛んできたロープに対処出来ず、俺とクリスは背中合わせに縛られその場に倒れてしまった。
「何でこんなところでバインドされるの⁉ もしかして、さっきの罠が時限式だったとか? それとも、助手君がまた何かやらかしたの?」
「真っ先に俺を疑わないで下さいよ、これに関しては全く心当たりがありませんって! ていうか、そんなのずっと隣にいたお頭が一番よく分かってるでしょ!」
「いや、キミっていつもあたしの知らない間に、とんでもない事を仕出かしてくれる事が多いし。場合によってはあたしの眼を盗んでって可能性も……」
「だからやってないって!」
背中越しに言葉を交わしながらも縄を外せないかと試みるが、痛みが増す一方だ。
と、頭上から聞き覚えのない声で話しかけられた。
「ここまでの案内ご苦労様でした。お陰で随分と楽させてもらえましたよ」
声のする方に頭を動かすと、そこに居たのはこちらを俯瞰する見知らぬ男。
装備は軽装でダガーの様な短剣を帯刀しているし、盗賊関連の職業だろうか。
ひょろっと背が高く、それでいて薄暗い中でも分かるぐらいに鍛え抜かれた肉体をしており、素人の俺から見てもその動きに無駄はない。
そいつの他にも後方で待機している男が二人。
得物からして、右側の小柄でチャラそうな奴がアーチャー、左側のガタイが良く無表情な奴はナイトだと思われる。
あれ、こいつらとは絶対に初対面なはずなんだが、どっかで会った気が……。
い、いや、それよりも一つ無性に気になる事がある。
こいつら、これだけの敵意を周囲に放ってるってのに……。
なんでさっきまで敵感知に反応が無かったんだ?
「驚いてるみたいですね。何故あなた方は私達の接近を察知出来なかったのか、と」
「っ!」
な、なんで俺の考えてる事が?
「あんた、相手の思考を読めるのか?」
もしそうなら、下手を打てばお頭の下着の情報までコイツにバレてしまうんじゃ……。
「いえ、盗賊職の方なら普通そのように考えるのではないかと思っただけですが」
「……それもそうだな」
妙に納得してしまった俺の後ろでクリスが勢いづけて体を起こした。
当然俺も引っ張られて座り込む……。
「きゃっ! ちょっと助手君、折角起き上がったのにまた倒れ込まないでよ!」
「お頭が急に動くからじゃないですか! 俺は繊細なんですから、一言断ってからにしてくれよ。せめて、もっと優しくして欲しいんですけど」
「いやそうなんだけど、そうなんだけどね! その言い方だと何だかすごくよくない事をしている気がしてくるんだけど!」
ぎゃいぎゃい言い合う俺達に、目の前の男は。
「あの、よろしければ、お手をお貸ししましょうか?」
「「……お願いします」」
若干戸惑いつつも、俺達を起き上がらせてくれた。
と、クリスは改めて男をキッと睨みつけた。
「これはどういうつもり? あたし達と話しがしたいってだけなら、やり方が随分と手荒い気がするんだけど」
「これはまた随分と勇ましいお嬢さんだ。私達としても、このような無礼な手法を取るのは大変心苦しいのですが、何分これも仕事の一環でしてね。その点に致しましては、心よりお詫び申し上げます」
こいつ、心にも思ってない事をぬけぬけと。
「さて、あまり長くお話しするのも生産性がありませんので本題に入りましょうか。話は至極単純です、あなた方が持っているその魔道具をこちらにお渡し願いたいのです。それさえ守って下さるなら、すぐにでも開放して差し上げます」
「断る……と言ったら?」
「この状況下でそれが理解出来ないとは仰らないでしょう?」
その一言に、後ろに待機した二人が得物をこちらにチラつかせてくる。
……やっぱそうなりますよね。
(どうするんですかお頭、これ絶対にヤバい展開ですよ。いっそ素直に渡しちゃった方が良いんじゃないですか?)
(ダメに決まってるでしょ! こんな人達にみすみす渡したら、良からぬ事が起こるに決まってるよ。ねえ、何かこの場を抜け出す良い案は浮かばない?)
(んな事言われても、あいつら絶対強いだろ。特にリーダーっぽい男の迫力が半端ない。あんなの逆立ちしたって勝てないぞ)
(キミにとっては強敵を相手にするなんか今更でしょう? それに対人戦においてはキミは無類の強さを誇ってるじゃないか。王城での活躍っぷりを、またあたしに見せて欲しいな!)
(お前までアクア達みたいな煽り方をすんな!)
ああもう、こんなのどうしろって言うんだよ。
こいつらを倒すってのはまず不可能だ、仮に縄で縛られてなくても二秒で負ける自信がある。
逃げに徹したら何とか撒けるか?
いや、あっちにはアーチャーがいるし、この広場を抜ける前に仕留められるだろう。
やっぱりここは素直に巻物を渡して、一度街に帰った後にもう一度取り戻す方が良いんじゃないか。
でも、それは許してくれないんだろうな。
「話し合いは済みましたか? では、そろそろこちらに渡して頂きましょうか。これでも私は良心的に対応しているつもりですよ。私の機嫌を損ねる前に、早く決断する事をお勧めしますがね」
くそ、もう考える時間ももらえねえか。
「……分かった、そっちに大人しく渡すよ」
「助手君⁉」
絶叫するクリスを無視して、俺は男に話しかけた。
「ほう、物分かりが良いですね。では早速……」
「だがその前に、せめて一つだけ質問に答えてくれないか? どうやって俺達の敵感知を掻い潜ったのかをさ。その情報の対価としてなら、これを渡してやるよ」
まさか俺がそんな提案をしてくるとは想定していなかったのか、男はピタッと動きを止めた。
「君は今の自分の立場を分かっているのか? そちらに拒否権は無いんだ、強引に奪わないのはあくまで私の気まぐれに過ぎず」
「ここで俺達を殺したら、帰りを心配したウチのメンバーが黙ってないぞ。なんせ俺達のバックには、アクシズ教徒や頭のおかしい爆裂魔、果てはあのダスティネス家まで付いてるんだ。ここで俺達を黙らすのは寧ろ逆効果だと思うぜ。それに、この距離ならお前らが手を出す前に魔道具ぐらい燃やせるからな」
「……あなた、他力本願にも程がありませんか?」
う、うっせえ、こっちだって殺されない様に必死なんだよ!
強気になって相手の男に挑戦的な目を向けていると、相手はすっと目を細め。
俺はフイッと視線を逸らした。
(助手君、助手君、あれだけ啖呵切っといてそれはないんじゃないかな?)
(し、しょうがないだろ! この人異様な迫力があって怖いんだよ!)
ちくしょう。変に紳士的な奴だから、話せば穏便に解決出来るじゃないかと思ったんだけどな。
やっぱ潔く出すもん出した方が……。
「いいでしょう。あなたの要望を受け入れて差し上げます」
「えっ、いいの?」
思わず素になって聞き返してしまったが、男はこくりと首を縦に振る。
と、後ろにいた二人が少し焦りだした。
「いいんですかリーダー? そこまで話さなくても、どうせこいつらに選択肢はないんですよ?」
「そうっすよ、キャプテン! ここはもっと強気で行きやしょうぜ!」
ナイトっぽい男とチャラ男が両脇からリーダーに詰め寄ってきたが、それをリーダーは手で制した。
「構いません、この程度の情報が洩れても大した痛手にはならない。それに、こんな脅迫染みた行為はあまりしたくない。そんな事をして許されるのは、どこの馬の骨とも知れないコソ泥だけです」
まだ不満はありそうだったが、それ以上何も言わずに二人は元の場所に後ずさる。
それを見届けたリーダー格の男は、服を軽く整えるとゆっくりと口を開いた。
「私達はとある方から依頼を受け、魔道具を回収する為に最近アクセルの街を訪れたのですが。いざ探索を始めても目的の物は疎か、宝石の類すら発見されない。おまけに生息するモンスター達は強敵揃い。そこで、これ以上続けては労働量に対する対価が余りにも少なすぎると判断した私は、方針を変える事にしました。私達以上に探索に優れた冒険者の後を追い、その方達が発見した時に横から頂戴しようとね」
なんか俺が尋ねた事以上の情報をべらべら話してくれてるんだけど。
この人、意外と根は優しいのだろうか。
「それからはダンジョンの手前で訪れる冒険者を観察し、どのパーティーならこのダンジョンを踏破出来るだろうかと見極める日々が始まりました。そして一週間ほど前、遂にその方達を見つけた。それがあなた方です!」
手を前に差し伸べ、男は俺達を指し示してきた。
「他の冒険者は焦燥感に溢れた様子で戻ってきたのに対し、あなた方は初日からかなりの宝石をお持ち帰りになられた様子だった。そこで試しにもう一日観察してみたら、やはりその日も満足げな顔でご帰宅なされていたので、私の推測は確信に変わりました。この方達こそが、私達を目的の場所まで導いてくれる神々だ、と」
勝手に神様扱いされても困るんだけどな。
まあ半分は当たってると言えなくもないけど。
と言うか、今のこいつの発言でようやく思い出した。
「あんたら、ダンジョンの前でこっちをギロッて睨んでた奴らだな。通りで見覚えがあると思ったぜ。で、そろそろ俺達をどうやって追跡したのか教えてくれないか。今後の参考にもしたいし」
「そう焦らないで下さい、ちゃんと説明しますから。とは言うものの、それ程大層な事ではありません。アサシンである私の『霞隠れ』に、スナイパーである彼の『梟眼』、そしてダークストーカーである彼の『尾行』。これら三つのスキルを併用した結果、あらゆるスキルを掻い潜り、暗闇の中でも追跡する事が可能となるのです」
こいつら全員上級職かよ、使ってるスキルも俺の上位互換だし。
そりゃ好き勝手に追跡されても気がつかねえわ。
とりあえずこいつらの職業を聞き出せたのはいいが、お陰で絶対に真っ向からでは勝負にならない事は理解した。
うん、本当にどうしよう。
「さて、貴方の希望には答えました。今度はそちらが約束を守る番ですよ」
そう宣言するのに併せて、すかさず俺達に狙いを定める後ろの二人。
詰んだ。
(ちょっと、これってピンチだよ、助手君! そろそろ脱出法の一つや二つ思い付かないの?)
(んな無茶言わないで下さい! こればっかりはどうしようも……)
背中越しにお頭が体を揺らした拍子に、コロッと何かが、音もなく地面に転がり落ちた。
どうやら先程の飛び出す短剣でカバンにも穴が開いていたらしい。
そちらを見ると、それはカバンに突っ込んでそのまま忘れていた……。
(お頭、後で俺がアクションを起こします。そしたら全速力で出口に向かって走って下さい)
俺の言葉に少し驚いた表情をしたクリスは、ニヤッと笑みを浮かべて頷いた。
「あまり目の前で露骨に内緒話をするのは辞めてもらえませんかね。見ていて気分の良いものではないので」
眉をぴくぴく動かし声を少しだけ荒げるリーダー。
そんな男に今一度視線を合わせ、俺は文字通り、生死を分かつ大博打に打って出た。
「なああんた、先にこの縄を外してくれないか? こんな両手が塞がった状態じゃ渡したくても渡せないし。そもそも、奪った瞬間にあんたらに殺されでもしたら、ただの無駄死にだからな」
「あまり調子に乗らないで頂きたい。そんなみすみす逃すような失策を私がするとでも?」
ドスの利いたその声に反射的に怯みそうになるが、その臆病心を何とか押し殺し。
「そそ、そっちには優秀な弓兵がいるんでしょう? だったら俺達みたいな弱小冒険者如きじゃどうやっても逃げれないじゃないですか。その辺を踏まえてもう少しぐらい心に余裕を持って下さってもよろしいんじゃないでしょうかと言うかお願いします‼」
話すにつれて目に見えて男の機嫌が悪くなるので、若干早口になってしまった。
で、でも言いたい事は全部言ってやった。後は相手がどう出るかだ。
びくびくしながら様子を窺うと、男は顎に手を当て少し考える素振りを見せ。
次の瞬間、眼にも止まらない速さで抜刀してきた。
あっ、終わっ……。
男が再び帯刀したのと同時に、ハラッと縄が解け落ちた。
「あれ、死んで……ない?」
身体を摩ってみても、どこにも切られた跡がない。
何が起こったのか理解出来ないままに、俺達はゆっくりと立ち上がった。
「仰る通り、先程の情報だけではあまりにも不公平だと考え直し、貴方の要望は呑んで差し上げました。ついでに、そちらのお嬢さんは先に逃がしてあげましょう」
「……随分と気前がいいんだね。それとも、あたし達が何しようと組み伏せられるって自信の下なのかな?」
縛られていた部分を摩りながら、挑発的な発言をするクリス。
「どちらもですよ。野蛮な行為は私の信条に反する、それだけの事です。それに彼の言う通り、あなた方に出し抜かれるなど万に一つもあり得ませんからね」
随分と余裕ぶっているのが鼻に付くが、こちらとしては好都合だ。
と、俺は巻物を受け取り、クリスが木道の前まで下がるのを見届けた。
「ほら、約束の品だ。さっき確認したから本物で間違いないと思うぜ」
俺が突き出した魔道具を男は受け取り、
「念の為こちらでも確認を取りますので、暫しその場でお待ちを。それが終われば無事にあなた方を解放すると誓いましょう」
クルッと俺に背を向けて仲間達の下へと歩いて行った。
こいつ、いくら自分が強いからって敵に背中を見せるとか油断しすぎではないか。
まあ、怖いしおっかないからそんな真似しないけど。
男が仲間達と検証を始めたのを見計らって、俺は靴紐を結び直すフリをして先程零れ落ちた物を拾い上げ――
「ふむ、間違いなく本物の様です。ご苦労様でした、名も知らぬ冒険者よ。それではこれで……」
と、男とその仲間達がこちらを振り返った瞬間。
「『ウインドブレス』!」
「な、初級魔法だと⁉」
「ぐあっ! くっそ、目がやられた! キャプテン、何処っすか⁉」
「ぐぬぬ、貴様、盗賊ではなかったのか?」
不意打ちでお馴染みの目潰しコンボを決めた俺は、すかさず全速力で逃げ出しながら手の中の宝玉を掲げ。
「チェーンジッ‼」
その叫びと共に、手元にあった石の感触が消え筒状の物へと変化した。
だがそれを目視する暇も無く俺は走り続け、木道あたりに辿り着いた時。
男達の怒声をも覆い隠す爆発音が轟いた。
それと共に発生した爆風に背中を押され、俺は沼の上を飛び越えさせられる。
「でえええっ⁉ き、キミ、一体何をやらかしたの⁉」
態勢の変え辛い空中で、それでも無理やり声のする方に身体を捻じった。
そこでは木道を渡り切っていたらしい、クリスが驚愕の顔を浮かべてあたふたしているがそれどころではない。
「お頭ああああ! 助けて下さあああい!」
「そそ、そんな事言われても、どうしたらっ⁉」
「そこは身を挺するなり何なりして受け止めて下さいよ! お、落ちるうううううっ!」
俺の言葉に、クリスは狼狽えながらもなんとか受け止めようとしてくれ。
「あああああっ! やっぱ無理!」
「ぐふぇっ!」
直前に横に避けられ思いっきり頭から突っ込んでしまった。
「痛っつううう! 何で避けるんだよ、酷い裏切りだ!」
「だ、だって、あのまま受け止めてたら、その……思いっきり、胸に顔を突っ込まれてたし……」
「命がけで逃げて来たんだからそれぐらい許してくれよ!」
幸い柔らかい土が多かったので大した怪我はなくて済んだけど。
って、こんなとこで喧嘩してる場合じゃない。
「お頭、今のうちに逃げますよ! 俺の機転のお陰で暫くは時間を稼げると思いますけど、それもいつまでもつか分かりません。一応あの木道も燃やしていきましょう!」
言うが早いか、俺は持って来ていたライターを木道へと投げつけた。
すると木道はメラメラと燃え出し、あっという間に橋全体に火が回った。
「ほら、早くずらかりますよ。お頭は入口にトラップでも仕掛けといてくれ!」
「う、うん、それは任せといて。でもキミ、一体どうやって巻物を取り返したの? 言われた通り走り出してたから何があったか見てないんだよ。ていうか、あの桃色の爆発は何?」
「あれは俺の秘密道具です。細かい説明は無事に帰ってからって事で、今は走るのに専念して下さい!」
まさかウィズんとこの不良在庫がこんな形で役立つなんてな、帰ったらお礼しに行かないと。
心中ウィズに感謝しつつ、俺達はダンジョン内を駆け抜けた。
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