一枚目 『惑い』

 ある日の夜。

「これはまた見事な料理ですね。どれも色鮮やかでとても食欲がそそられます」

「盛り付けや配置にも拘りを感じるし、どの食材もとても丁寧に調理されている。私もこんなに華やかな食事をしたことはあまりないな」

 目の前に取り揃えられた、ちょっと間違った感のある会席料理に目を輝かせる二人。

 めぐみんはともかく、一応は良いとこのお嬢様であるダクネスですら感嘆の声を上げる程の出来栄えだ。

 勿論俺だって興奮しっぱなしで今すぐにでも齧り付きたいところだ。

 しかし、それは……。


「そうでしょう、そうでしょう! 今日は私の奢りよ、じゃんじゃん食べていいからね!」


 これの提供者がアクアでない場合だ。

「なあ、これは本当に正当な手段で手に入れたんだよな? 借金したり詐欺にあったり働いたりして得た金で買ったんじゃないよな?」

「カズマってばまだ疑ってるの? 大丈夫よ、これはちゃんと私がお小遣いをコツコツ貯めて特別に作ってもらった料理だもの。だから安心して召し上がりなさいな!」

 益々不安になるんだが。

「計画性と無縁な生活を送ってるお前の口からそんなこと言われて、はいそうですかって信じられるとでも? そう言うのは、自分の日頃の行いってのを顧みてから言えよ」

「ひっど! どうして善意でやってる事なのにここまで疑いの目を向けられないといけないのよ!」

 猜疑心一杯の俺にアクアが頬を膨らませて文句を言ってくる。

 それを見かねたのか、ダクネスとめぐみんが。

「偶には素直に信じてやったらどうだ? アクアに頼まれて腕のいい料理人を紹介したのだが、その時に直接手渡していたから大丈夫だ」

「そうですよカズマ。今回のアクアは真っ当な手順を踏んでいました。アクアが自分の貯金箱を割って必要経費を取り出すのを、私もこの目で確かめましたからね」

「お前らも全然信用してないじゃねえか」

 好き勝手に言う俺達に耐えかねたのか、アクアはバンッと机を叩き、

「ほんとひどっ! 皆、私の事を何だと思ってるの⁉ 私神様なのよ、清楚さが服着て歩いている様な存在なのよ! なのにどうしてそんなに意地悪するの、もっと素直に信じてよっ!」

 机に突っ伏しオイオイと泣き始めたアクアを見て、めぐみんとダクネスがジトーッと冷めた視線を送って来た。

「いや待て、今のはお前らにも非があるだろ。何で俺だけ悪者扱いされないといけないんだ?」

「そもそも、カズマが初めからアクアの善意を疑いさえしなければ、こうはならなかったはずです」

「大体、お前はアクアに厳しすぎる。今のはカズマが余計な勘繰りをしたのが原因だ、お前から謝ってやってはどうだ?」

 多分アクアに止めを刺したのはお前らの方だと思うのだが。

 というか、アクアの奴もこちらをチラッチラッと見て来るな、鬱陶しい。

「だあああっ! 分かった、分かったよ疑って悪かった。でもしょうがねえだろ、お前が何の見返りもなしに俺達に奢るとかありえないじゃん! 何で急にこんな豪華な料理をご馳走するとか言い出したんだよ? 別に今日は特別な日って訳でもねえだろ」

 俺の言葉に顔を上げたアクアは一瞬。

 一瞬だけ寂し気な表情を浮かべような気がしたが、次の瞬間にはいつものあっけらかんとした態度で。

「そんなの決まってるじゃない、私が無性に日本の料理が食べたくなったからよ。で、どうせなら皆で食べた方が楽しいだろうって思ったから、こうしてご相伴に預からせてあげてるだけよ」

 うーん、納得いくようないかないような微妙な理由だが、相手がアクアだしあり得なくも無いのか?

 未だに勘繰る俺を見たアクアはムッと不満げに口を曲げ。

「いいわよ別に、そんなに嫌だってんなら食べなくても! カズマの分も私が食べればそれで解決だものね」

「いや食う、食うから俺の皿を持っていこうとすんな! ほ、ほら、早く食べないと冷めちまうもんもあるだろ? 料理に罪はねえんだ、美味しく頂こうぜ!」

「それを遅らせたのはカズマじゃない! まあいいわ、私は寛大な女ですから、カズマの失礼な行いには目を瞑ってあげるわ。それじゃあ皆、グラスを持って頂戴!」

 ふっと柔らかな笑みを浮かべたアクアはそう言って、シュワシュワの入ったジョッキを掲げた。

 それに続いて、俺達も各々の飲み物を手に取る。

「それじゃあ、豪華な宴を祝して――」

「「「「カンパーイ‼」」」」



 久方ぶりの本格日本料理を堪能し。

 風呂から上がった俺が広間に戻ると既にめぐみんとダクネスの姿はなく、ソファーから青髪がのぞいていた。

 俺は風呂から上がった事を報せようとソファーに近付き、

「おーい、アク……」

 寝っ転がっていたアクアに声を掛けようとして、その場で足を止めた。

 俺が声を掛けたのに気が付いていないらしいアクアは、所々黄ばんだ一枚の古ぼけた紙を手に持ち、それをじっと眺めていた。

 サイズから言って写真だろうか。

 それをアクアはどこか懐かしそうな。だけど寂しくもあり悲しそうでもある複雑な表情を浮かべて眺めていたのだ。

 と、ふっと目を上げた先にいた俺を見てかアクアは跳ね起きた。

「カ、カズマ⁉ 居たなら居たって言いなさいよ、びっくりしたじゃない!」

 驚きすぎだろ。

「なあ、お前が持ってるそれって写真だよな? えらく年季が入ってるけど一体何が写ってるんだ? 俺にも見せてくれよ」

 そう言って俺は手を伸ばしたが、アクアは手に持っていた物を慌てて後ろに隠した。

「な、何でもないわ! カズマさんが気にするような事じゃないのよ!」

「さっきから過剰反応過ぎだろ。いやお前、普段アホ面を晒してるってのになんか寂しそうな顔してただろ? だからなんの写真かなと思っただけで……」

「誰がアホ面よ、この不敬ニート! 麗しい女神様に対してなんて事を言うの、撤回と謝罪を要求するわ! そうね、今なら高級シュワシュワを一本で許してあげるわ!」

 こいつ、人が心配してやってるってのに調子に乗りやがって。

「テメー、少し甘い顔してやったらすぐこれだ。いいから見せろ! 別に疾しい事なんかないんだろ、だったら問題ないだろうが‼」

「だっ、ダメ! 疾しい事や後ろめたい事なんかこれっぽっちも……ないけれど、これだけはダメなの!」

 何時になく必死な様子で嫌がるアクアだが俺の知った事じゃない。

「今の間は何だよ、お前絶対グレーゾーンな手段を使ったんだろ‼ よっし、どうしても渡さないって言うんなら仕方ない。ここは俺の必殺技のスティ」

「そう言えばもともとカズマは、お風呂から上がったって言いに来たのよね? それなら私、今から入って来るからカズマはもう寝なさいな! それじゃあおやすみー!」

「あっ、おまっ、まだ話は終わってないぞ!」

 自分が不利だと悟ったらしく、早口にそれだけ言ったアクアは速やかに立ち上がり廊下へ飛び出そうと試み。

 扉を開ける時に小指をぶつけたらしくしばらく床をゴロゴロと転げまわり、その後に這いながら広間を出て行った。

 そんなアクアの様子を呆れながら傍観していた俺は、絶対にアクアの化けの皮を剥がしてやろうと心に決めたのだった。



 あれから三日ほど経過した。

 あの日以来、俺は事ある毎にアクアを問い詰めては写真の中身を見ようとしているのだが。

 今回のアクアはやけに警戒心が強い上に頑なで、全然隙を伺えない。

 そして今日も……。

「――いい加減に諦めろよ! 何も取って食おうって訳じゃない、ただ何が写ってるのかを見せてくれりゃあいいんだよ!」

「カズマこそしつこいわよ! 疾しい事なんかないって言ってるじゃない! 私がこんなに嫌だって言ってるんだから、そろそろ折れてくれてもいいと思うんですけど!」

「後ろ暗いとこなんかないんだろ? だったら俺を止める理由はねえ筈だ、なんでそんなに意固地になってんだよっ!」

「それはっ……、私にも色々と事情があるのよ」

 詰め寄る俺から目線を逸らし、気まずそうにアクアは呟いた。

 まただ、またお茶を濁しやがった。

 最近はこのやり取りの繰り返しなのでいい加減に飽きてきた。

 イライラするのを抑えもせず、俺は口調を荒げて、

「だからその事情を教えろって毎回言ってんだろーが‼ お前の事情なんかどうせ言うほど大した事じゃねえんだ、精々がアクシズ教徒がやらかした証拠写真だとかそう言うオチだろ⁉ ほら言え、さっさと白状して迷惑掛けた人達に謝ってこい!」

 いつも通りに罵声を浴びせていた俺の前で、しかしアクアは言い返してこず。

 顔を俯かせてプルプルと肩を震えさせた。

「おっ、何だ今度は泣き落としか? だが今更涙ぐらいで誤魔化せると思うなよ! お前の泣きなんか見慣れてて何の効果も……」

 その時、バッと顔を上げたアクアは目一杯に涙を浮かべ、酷く傷ついたような悲しそうな顔を浮かべ無言のまま俺を睨んできた。

「な、なんだよ。なんか文句でもあんのか?」

 少し動揺しながらもそう尋ねた俺にアクアは、まるで何かを堪える様に手をギュッときつく握り絞め。

「私だって……言えるならとっくの昔に言ってるわよ‼ それなのに……っ!」

 そこまで言ったアクアは徐に扉の方へと駆け出していった。

「おっ、おいアクア! 何処行くんだよ⁉」

「慰めてもらってくる!」

 律儀に出ていく理由を教えてくれたアクアを止められず、開けっ放しにされたままの扉を俺は呆然と眺めていた。

「カズマ、いくらなんでも今のは言い過ぎではないですか?」

「アクアが何かやらかしたかはまだ未確定なんだ。それを黒だと決めつけて泣かせるというのは、頂けないぞ」

 と、いつもの事だと今まで傍観を決めていためぐみんとダクネスが、俺に非難の声を上げた。

「いや待って欲しい、お前らも見てたから分かると思うが俺は何もしてない! いや、何もしてないというか喧嘩はしてたけど、そんなの今更だろ⁉ なのにあいつがあんな顔するとか思わないじゃねえか!」

 弁明を図るべく、俺は二人に自分の無罪を主張する。

「言われてみればそうだな。私から見ても、今日の二人の喧嘩が特段いつもと違うとは思わなかった」

「だろっ! だったら……」

「ですが、私達の目の届かないところで何か手回ししていたのではと言う可能性は残りますよね」

 めぐみんのヤツ、余計な事を。

「滅多な事を言うな。何で俺がわざわざそんな周り諄いマネをしないといけないんだ。相手はアクアなんだ、真正面から十分捻り潰せるっての」

「それはそれでもうちょっと遠慮してあげてくださいよ」

 そんな事より問題なのは、どうしてあいつが今回に限ってあんな反応を見せたかだ。

 これまでの喧嘩では、あいつがあんなに取り乱した事は一度もなかった。それなのに何故だ。

 …………駄目だ、さっぱり分からん。

 原因に心当たりが全くなく、首を傾げている俺にめぐみんが、

「カズマはここ最近、やたらとアクアに絡みに行っていますが、一体何があったんですか? 写真がどうのこうの言ってますが?」

 そう言えばこいつらにはまだ相談してなかったか。

 アクアをどう落とすかに意識が向いていて、周りにまで頭が回ってなかったな。

 今にして思えば、こいつらさえこちら側に引き入れておけば、アクアの口を割るのに協力してくれるかもしれない。

 そもそも、こいつらが何か知ってる可能性だってある。

「お前らは最近アクアが、何か写真みたいなのを眺めてるのに気が付いてるか?」

 俺の質問に二人はこくんと首を縦に振り、

「ああ、何かを熱心に眺めているのは随分前から知っていたぞ。いつもそれを見る時は、何処か暗い顔をするものだから気にはなっていたんだ。ただアクアからは何も言ってこないし、習慣の一つなのかと思っていたのだが」

 へっ?

「私も以前から声を掛けようか迷っていたのですが、アクアにだって隠し事の一つや二つあってもいいだろうと思い、今まで放置していました」

 当たり前のように二人がそんな事を……。

「……あいつが写真見始めたのって、三日ぐらい前じゃないのか?」

「こ、この男は、相変わらずアクアへの関心が皆無ですね。もっと興味を持ってあげてくださいよ」

「う、うん。何というか、カズマらしいな。私はてっきりカズマは理由を知っているから黙っているのかと思っていたぞ」

「いや、俺が気付いたのはアクアが会席料理を奢ってくれた日だ。あの後ソファーでそれを見てるアクアを見かけてな。なんか隠してるみたいだったから問い詰めてるんだが、中々白状しないんだよ。ってことは、お前らもあれが何の写真かは知らないんだな?」

 ダメ元で俺は二人に確認を入れてみる。

「一度だけ尋ねてみた事があるのだが、その時は知り合いの冒険者から貰ったと言ったぐらいで、はぐらかされてしまったな」

「私は尋ねた事すらありませんが、一度だけ目視した事があります。と言っても、遠目にチラッと見た程度なのでハッキリとしないのですが」

 こいつらがこれだけ知っているのに何で俺は一切気が付いてないんだ?

 ……これからは、もう少しあいつの扱いを改善してやろう。

「因みにそのチラッと見えた感じだと何の写真だったか分かるか?」

 かぶりを振って余計な考えを追い出した俺は、更なる情報を求めてめぐみんに尋ねた。

「余程見られたくないのかいつも私達の視界に入らない様に警戒しているので、詳細は全く分かりません。ただ、青色・金色・銀色・黒色の髪と大勢の人がいるように見えたので、多分私達がギルドにいる時に撮った写真ではないかと」

 曖昧な感じで言ってた割にはよく見ているなと思いもしたが、こいつらの髪の色は遠目でも目立つ事を考えれば、そうでもないのかと考えを改める。

「そう言えば前に魔導カメラを借りて、ギルドの連中と一緒に撮影をした事があったな。確かあの日は……」

「別にいつの写真でもいいんだが、問題はなんであいつがそれを俺達に内緒で隠し持ってるかだ。ギルドでの写真だったら堂々と見ればいいだろうに」

 ダクネスの言葉を遮り、俺は自分の中の疑問を口に出した。

「集合写真を見返していては、お前にからかわれると考えたのではないか? 『集合写真を眺めるとかお前は子供かよ』とか言ってな」

「確かにそんな感じで煽ると思うが、それだけの理由でさっきみたいに取り乱すか? ここ最近は頻繁に詰問してたが、さっきみたいな反応されたのは今日が初めてだし」

「そうか、それもそうだな。いつものアクアならお前からの容赦のない罵詈雑言には、泣き付いて身体を揺さぶるぐらいはするはずだ」

 俺と一緒になって頭を抱えだしたダクネス。

 そんな俺達の横でちょむすけと戯れていためぐみんは、ふと何かを思い付いたらしく。

「カズマ、さっきアクアに言った事をもう一度再現してもらっていいですか?」

「アクアに言った事? なんて言ったっけかな、自分の発言なんかいちいち覚えてないし」

 記憶を巡らせ、途切れ途切れになりながら、

「確か……どうせ大した事じゃねえんだからサッサと白状して謝罪して来いとか、そんな感じだった気がするけど……」

「それです!」

 ビシッとめぐみんは俺に指を突き付け、

「理由は不明ですが、あの写真はアクアにとってきっととても大切な物なんでしょう。それを知らなかったからとは言え、大した事ないと軽視されたのが原因ではないかと」

「はあ? それこそ今更だろ。今までだってその程度の暴言は何度もあいつに言ってんだ、あいつだって言われ慣れてる頃だろ」

「そうだぞ、めぐみん。カズマがいつもアクアに対してどれだけ口汚く罵っているかは知ってるだろ。それを隣で見て私が何度羨ましいと思った事か!」

 釈然としない俺と頭の湧いた変態だったが、めぐみんはそれは分かっていますと前置きをして。

「ですが同時に、アクアがあの写真を見る度に、普段とは違う一面を見せるというのもまた事実です。となれば、私達の知らないアクアなりの思いが介在したであろう事は想像に難くありません」

「そ、そうかもしれないけど……。でもアクアだぞ? 金に汚くてグータラでおっさん臭くて空気読まない事には定評のある、あのアクアだぞ? それがそんな繊細な心を持ってるとはとても思えんのだが」

「ま、まあ否定はしませんが、いくら何でも失礼ですよ。とにかく、カズマがアクアを傷つけたという事実は変わりません。ここは謝ってあげたらどうですか?」

「カズマも大概だが、めぐみんも十分に失礼だぞ」

 そうか、そうかな?

 まあ確かに、現地点でアクアがやらかしたという明確な証拠がある訳でもない。

 ダクネスやめぐみんによれば、アクアは随分前からあの集合写真を手に入れていたらしいし、何かあったならとっくに露見してるだろう。

 ……今回は俺の早とちりか。

「カズマ? どこに行くんだ?」

 広間から出ようとする俺に、ダクネスが後ろから声を掛けてきた。

「買い出しだよ。夕飯の当番は俺だからな、サッサといるもん用意して準備を始めたいんだよ」

「ですが、食材はまだたくさん残っていたはずですよ?」

「あるのは野菜ばっかだろ、なんか無性に肉が食いたくなったんだよ、それも酒に合う高級肉がな。いやほんとどうしてこんなに肉が食いたくなったんだろうな、不思議だなー。でも俺が食いたくなったんだからしょうがないよなー。てな訳で買ってくる。って、お前ら、何ニヤニヤしてんだよ。違うからな、本当に俺が食いたくなっただけだからな! そこんとこ勘違いすんなよっ‼」

 憎たらしくもニヤニヤするめぐみんとダクネスに牽制しつつ、俺は逃げる様に屋敷を飛び出した。



 ――その日の夕方。

「ただまー! あれ、何で皆して庭に出てるの、って⁉」

 屋敷を出た時とは一転、両手に酒瓶を持ちご機嫌な様子で帰宅したアクアが興奮気味に駆け寄って来た。

「お帰りなさい、アクア。今日の晩御飯は豪華ですよ。バーベキューです、バーベキュー!」

 めぐみんが誘い入れたそこでは既に、旬の野菜や高級肉が惜しげもなく網の上で炭焼きにされ程よく食欲をそそってくる。

「いいじゃない、いいじゃない! そう言えば今年はまだやってなかったものね! 野菜も粋が良いし、絶対美味しいわよ! うーん、この炭火焼きでじっくりと温められるお肉の香ばしさも最高ね!」

「だろ、偶にはこういうのもいいんじゃないかって思ってな。それよりアクア、ちょっといいか?」

 俺の言葉に今まで目を輝かせていたアクアが、こちらを一瞥し。

 一気に不機嫌な表情を浮かべて俺から一歩離れた。

「なによ、散々私の事を虐めてくれた鬼畜のカズマさん。今更私に何の御用ですか?」

 こりゃまだ結構怒ってるな、あれから時間も経ってるしもう持ち直したかと思ってたんだが。

 頬を膨らませジトーっと見詰めてくるアクアに、なんて言おうかと言葉を選んでいる俺より先に、

「アクア、そう警戒してやるな。このバーベキューは、カズマがアクアを元気付けようと用意したんだぞ」

「はあっ⁉ な、何言ってんだよダクネス。こここれは俺が単純に食いたかっただけだって言っただろっ!」

「今日の事はこの男なりに反省している様なので、大目に見てあげてはくれませんか?」

「めぐみんも何口走ってんだよ⁉」

 クソ、勝手な事ばっかり吹き込みやがって。

 さっきから違うって言ってんのにこいつら耳を貸そうとしやがらねえ。

 俺は否定しようと口を開き……。

「そう、なの? カズマさん、本当に私の為に……?」

 こいつはこいつで何でちょっと照れてんだよ。

 というか、チラチラッと上目遣いでこっちを見てくるとかお前は誰だと言ってやりたい。

 普段と違うアクアの様子に俺は言い訳を考えるのがアホ臭くなり、

「……まあ、なんだ。…………その……悪かったよ。今回は俺の早計だったみたいだからさ、これで手を打ってくれねえか?」

 謗らぬ方向を見ながらそこまで言った俺は、そっとアクアの様子を窺った。

 と、アクアは顔を俯かせて肩をプルプルと震わせていた。

 そして顔をガバッと上げ、

「アッハハハハハハッ‼ やったわっ! この口を開けば毒しか吐かないド腐れニートが遂に自分の非を認めたわ! そうよね、常識的に考えて今回の私は何にも悪い事なんかしてないんだから、これぐらいのお詫びは受けて然るべきよね。これに懲りたら金輪際、私をすぐに疑うのは止めなさい。それと不当な扱いもしないように」

 こ、コイツー。

「まあ、私は麗しくも慈悲に満ち溢れた女神様ですから、性悪ニートなカズマに私へ奉仕をする場を授けてあげるわ。ほら、このお皿に私の分を盛り付けなさい。お肉は一番高いヤツを希望するわ、野菜も焼きたてホッカホカのがいいわね。それと、さっきアクシズ教徒の子達がお酒を分けてくれたから、それも注いで頂戴! さあさあ、早くして₋、早くして―!」

 俺の頭をペチペチと叩いて舐め切った事をぬかすアクア。

「よーし、それじゃあここはお望み通り、新鮮で一番値段が掛かる超高級肉を用意してやるよ。今から狩ってくるからそこで待ってろ」

「うんうん、カズマにしては従順じゃない。その調子で脂がたっぷり乗った極上のお肉を買って……。ねえカズマ、どうして玄関の方へ行くの? 買い物に行くなら方向が逆じゃないかしら?」

 どうしてか不安そうな声を上げるアクアに、俺は爽やかな笑顔を浮かべた。

「言っただろ新鮮なのを狩ってくるって。因みに肉の種類はドラゴン肉だ、締めたての肉はきっと美味いぞ!」

「わああああっ! この鬼畜、人でなし! どうしてすぐ人の道が危ぶまれるような事ばっかり思い付くの? お願いよっ! 謝るから、私が悪かったから。だからゼル帝のとこに行こうとしないでーッ!」

 半泣きになって縋り付いてくるアクアを引き摺りながら、俺はどうやってひよこ肉を調理しようかと献立を考え始めた。



「――ったく、アクアの奴。自分で片付けないからって好き勝手に飲み散らかしやがって、ちょっとは遠慮ってもんを覚えろよ!」


 バーベキューを皆で楽しんだ翌日。

 朝食を済ませた俺は、昨日寝る前にアクアが飲み散らかした酒瓶を拾い集めていた。

 本来なら俺がこんな事するはずないのだが、名目上は一応アクアへのお詫びだった事もあり。

 片付けでアクアの不満が収まるなら安い物だと代わりに請け負ったのだ。

 とは言え、

「アイツ、つまみとかも零しまくってんじゃねえか。うわっ! あっぶね、これは……なんかの宴会芸の道具か? せめて自分の道具ぐらいしまっとけよ」

 ソファーの周囲はすっかりゴミ溜と化しており、中々収拾が付かない。

 いっそボイコットでもしてめぐみんやダクネスに押し付けようかと企てはしたものの、俺が起きた頃には既に二人の姿はなく。

 置手紙によれば、めぐみんはゆんゆんに会いに行き、ダクネスも実家に戻ったらしく、夕方までは帰らないそうだ。

 引き受けたのを半ば後悔しつつも黙々と作業を続け。

 ようやく終わりが見えた時には既に昼近くになっていた。

「ふーっ、一日でここまで汚せるとか、あいつもう汚染の女神とでも名乗れよ。さて、後はソファーの拭き掃除をしたら……うん?」

 座る部分と背もたれの間の隙間に、何かが挟まっているのが見えた。

「なんだこれ、雑誌か何かか? にしても、ソファーの隙間にねじ込むとかどういう神経してんだよ。どうせアクアなんだろうけど、なんでまたこんな……って!」

 この荒み具合、最近問題の写真じゃねえか。

 あれだけ俺達に見られたくないと言いながら、こんな杜撰な扱いをするって何を考えているんだ。

 こんなもの、誰かに見て下さいと言っているような……。


「……今なら見てもバレないんじゃねえか?」


 いや待て待て、判断を早まるんじゃない!

 俺は昨日写真の件でアクアに謝ったばかりだ。

 いくら相手がアクアでも、こんな短期間で同じ過ちを繰り返すのは人としてどうなのだろうか。

 と、ここで俺は考えを改めた。

 そうだよ、別に俺はアクアの嫌がる事をする訳じゃない。

 単に仲間が何か人には言えない悩み事を抱えているのでは、と心配して行動するだけであって、そこに不純な動機はない。

 実際、既にめぐみんは一瞬とは言え映像を見ているのだし、そのお陰で大体の予想は付いているんだ。

 今更俺がじっくり見たって何の問題もないだろう。

 これはあくまで仲間の為、仲間の為なんだ。

 自分でもなかなかの暴論とは思いつつも、黄ばんでヨレヨレとなった角がソファーからはみ出した写真を、俺は一気に引き抜き。

 表を向けたそこには――


「…………なんだよ、これ」


 俺は誰に言うでもなく、ポツリと呟いた。

 めぐみんの推測通り、そこに写し出されていたのはギルドでの俺達の集合写真。

 詳細を語るとすれば、中央にアクアを置きその左隣に俺。

 俺達の両脇にめぐみんとダクネスがいて、その後ろにはクリスやゆんゆん、ウィズといった俺達と仲のいい友人が。

 そしてそれを囲むように、その場で居合わせたであろう冒険者が写り込んでいた。

 それだけならなんら問題は何もないのだ。

 ただ……、


「……何で俺達、こんなに老けてんだ?」


 ――そこには、今よりも明らかに十歳ほど年を取った俺達の姿が刻まれていた。

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