第130話

「南部辺境伯領で噴火だと?」


 北部辺境伯領に王都から緊急で派遣された使者がもたらした情報は、ルウィン北部辺境伯が思わず口に出して驚きを表現してしまうほどに、予想外の物であった。

 使者は宰相からの書簡を届けてそのままゴーズ領に向かって出立したため、面会の機会は得られなかった。バーグ連邦で流行した危険な伝染病を侵入させない対策は、現在も継続中である。故にそれは仕方がないことではあるのだが、面会が成立しないことで生の情報を得る機会が失われたことも確かであった。


「復興作業に従事していた機動騎士とスーツが甚大な被害を受けたのは不味いな」


「そうですね。独自の情報網からの詳細も待ちたいところです。が、それはそれとして、現状で王家からなにがしかの対応を求められているのでしょうか?」


 ルウィンの言葉に、家宰は北部辺境伯領としての対応指示を暗に促した。

 次期当主として教育を受けていた時には優秀な次代であると考えられていた現当主は、実際に当主の座に就いた後は”結果的に”判断の誤りが目に付く。

 勿論、助言して軌道修正を行うのは支える家臣団の役目であるのは確かなのだが、判断を下して指示を出す時点では、それが間違っていないような印象を受けてしまうのがたちが悪い。


 当主の判断は、一見、筋が通っているように感じられるために、不備がある点に気づきにくい。

 しかしながら、そこを気づいて指摘するのも下につく者の存在意義であり、それができていないのは「彼らの能力不足」だとも言える。

 そうなっている原因は、主に仕える者たちの世代交代にもあるのだが、更に原因を追究するならば、大元はその交代が急激であったことだ。


 現在、シス家の相談役に退いている前当主は、数年後にゴーズ上級侯爵の相談役に就任することが内定している。それに伴って、相談役自身が慣れ親しんだ家宰を含む使用人たちをゴーズ家に連れて行くことを決めていた。

 そのため、シス家では使える人材の交代や引き継ぎ、後任の育成が急激に行われているのである。

 家宰自身も、そうした流れの一環で、当主交代時に前任の家宰から今の職務を引き継いだのだ。


 ラックがシス家に積み上がり過ぎた借りを返す方法を望まれて、冗談交じりに要求してお義父さんが快諾してしまった案件は、ルウィンに想像できない影響を及ぼしていたのである。


「いや、特に何もないな。仮に何かを求められても、現実問題として金や物資の支援を行うのがせいぜいだ。戦力となる機動騎士やスーツを抽出して向かわせることはできん」


「ですね。どの程度の被害が出たのかはわかりませんが、そもそも、出ている被害は強制されて復興作業に従事していた貴族ではありません。原因が天災ですし、当家が北部地域の安定を危険に晒してまで助力する必要はないと思われます」


 家宰が言った北部地域の安定とは、魔獣の領域の脅威を抑え込むことと同義だ。

 南部辺境伯領の復興は、ファーミルス王国の南に広がる海原からやってくる魔獣を迎え撃つ必要があるために重要ではある。が、だからと言って王国の北側を危険に晒してまで復興を急いで行う必要性をルウィンは感じてはいなかった。それに加えて、助力が必要なのは事実であるのだろうが、それは「余力があるところにお任せすれば良い」という考えもあった。

 勿論、災害級魔獣の出現という事態ほどに、即座に国の存亡を考えねばならないレベルの危機となる問題ならば話は別になる。だが、現在の情勢であれば、余剰戦力を抱えている辺境伯家が王国には2つあるのだから。


 西部辺境伯領は隣接している2国のバーグ連邦とスピッツア帝国が弱体化し、万一の事態に対応する可能性が以前に比べてかなり低い。

 東部辺境伯領に至っては、隣接国が全て消滅していて、跡地に新たに国を興そうとしている真っ最中。

 2つの辺境伯家も魔獣災害を警戒する最低限の戦力は必要だが、「人間同士の争いごとへの抑止力としての戦力は余っている」とも言えるのだ。

 もっとも、「ファーミルス王国の国土は開発され尽くしている」とは到底言えず、各辺境伯家が所持している戦力は、平時であれば戦闘訓練以外に、領内の発展のために開発や整備事業に従事している。更に言えば、「本来の職務」とでも言うべきな、時折現れる魔獣退治も随時行っている。

 要はルウィンの視点では余っているように感じられていても、それらの戦力は決して遊んでいるわけではないのだけれど。


「幸いなことに直近の2つの災害級魔獣の案件では、幽閉された2人がやらかした問題での被害のみに抑えられた。けれども、スティキー皇国とやらが南部辺境伯領を攻撃したせいで、王国が保有する戦力への被害は出ている。ついでに言えば、王都での戦時体制が微妙な感じで継続したままで、魔力持ちの人手が拘束されてもいるしな。これまでの戦力損失に今回の噴火での被害が加われば、1回分の災害級魔獣討伐軍が通常被る損害分を凌駕しているかもしれないな」


「北部地域への影響は最小限に止められていますから、粛々と力を蓄えましょう」


 ルウィンは上級貴族であるため、ファーミルス王国全体での視点でも物を考える必要がある。だが、家宰はシス家のことのみを優先する。

 彼らの話し合いは、出せる物資とお金の話へと移行した。

 南部辺境伯領はシス家の支配領域からは遠く、領地間に横たわる距離は地図上の最短距離を見ても2000kmを優に超える。

 物資の輸送距離を考えると、現実の輸送経路が最短距離を一直線に貫通しているなどという都合の良い話などない。輸送に使える整備されている道は、地形を考慮して作られている以上、通しやすい場所を選んで作られているからだ。

 北部辺境伯領内での輸送も必要なため、具体的に言えば、総輸送距離は2500から3000kmとなってしまうだろう。

 値段が安くて嵩張る物資は、所要時間と輸送費用を考えれば、現地に近い場所でお金の力を使って調達する方が良い。

 つまるところ、「必要そうな余剰物資を送りつければ済む」という話でもないのである。


 結果的に同じ物量の援助を行っても、要求される前に自主的に行うのと、要求されてから応じるのでは状況が変わる。

 今回のケースでは、戦力の抽出を要求される前に、自主的に援助を行うのが正解だと2人の見解は一致していた。

 そうして、短時間で計画を練り上げた後、相談役に話を持ち込んで追加修正を加えられた支援が行われることが決定したのであった。


 北部辺境伯領では、急使がもたらした情報でこのように状況が推移したのである。




「と、言うような話が、王都からとお義父さんから知らされたわけなんだが」


 ラックはトランザ村で、ガンダリウ村からの中継地を挟んだ発光信号の発信内容を受け取り、即座にテレポートして現地で使者からの書簡を入手した。

 そうして、ミシュラとアスラに加え、何故かリムルも呼ばれての対策会議が朝から始まったのであった。

 前述のゴーズ家の当主の発言は、2つの書面を手にしてヒラヒラとさせつつ、「これにはこんなことが書いてありました」と、3人へ解説した後のものなのだった。


 ちなみに、書簡が届いた順で言うと僅かの差ではあるが、お義父さんからのそれの方が早く届いている。時間的には北部辺境伯領をかなり遅く出ているはずの物が先に届いたのは、移動手段の速度の差だ。

 王都からの急使が使用している魔道具の車は、それなりに早い速度で移動することができるが、機動騎士の方が移動速度と経路の選択で勝るというだけの話である。


「何と言うか、不幸に愛されていますわね。南部辺境伯領の領都は」


 アスラがまず、感想めいた言葉をポツリと言った。


「お兄様。辺境伯領の領都は確かに山の裾野にありましたけれど、あの場所で火山活動が確認されているという情報はありませんでした。地質学の見地から言っても、最後に噴火したのは数十万年という単位で昔の話であり、所謂死火山的な認識がされていた地でいきなりの噴火は異常ですわね」


 続いてリムルが、居合わせた他の全員が「よくそんなことを覚えていたね」と、思わず突っ込みたくなるような知識を披露する。


「大規模な噴火には前兆となる事象があるはずですわね。けれど、それが観測されていないのであれば、外的要因があった結果ということになりますわね」


 ミシュラはジッと超能力者を見つめた。

 彼女には、「噴火の引き金を引いたのは夫ではないか?」という疑念があったからだ。

 ゴーズ家の正妻は、具体的には「ラックがバーグ連邦で山を消失させ、地下資源を抜き取ったことが原因なのではないか?」と考えていたのである。


 未来永劫、誰も真実に到達できる話ではないが、ミシュラの考えは正しい。

 ラックの行ったアレコレによって地下水脈の経路が変化し、地下で活動する魔獣も入り込まないような大深度の地下空間で、大規模な水蒸気爆発が発生したことが噴火という結果に繋がっていたからだ。

 しかしながら、バーグ連邦で金属の採掘が行われ続ければ、いずれは発生していた事態でもあり、超能力者はその時期を早めてしまっただけだったりする。


 ある意味、人的被害は、人数という観点から語れば「この時期であって良かった」と言えなくもない。

 復興が成って領都機能が完全復活した後の話になれば、住民の数は数万以上は確実となり、多ければ十万に届く。それに加えて辺境伯家関連の人間も住んでいることになる。つまり、そうした人間の全てが死亡する可能性があるからだ。

 だが、魔力持ちの数という観点で被害を語れば、「最悪の時期だ」とも言える。

 平時なら魔力持ちが領都にそこまでの人数で集まっていることは「絶対にない」とは言い切れないが稀である。けれども、復興作業が行われている場合、通常ならあり得ない人数と多数の扱う機器が、狭い範囲に当然のように集まっているのだから。


 噴火の被害が甚大に出ている一帯には、復興作業を補助する魔道車の類を操る者に始まって、スーツや機動騎士とそれらの搭乗者が多数存在していた。

 最悪なことに、溶岩に呑み込まれた魔道具の心臓部である魔石は「回収が絶望的」と言って良い。

 比較的量産し易いスーツや下級機動騎士は諦めるにしても、中級以上の機体のそれが完全に失われたのは損失として考えると大き過ぎるのであった。 


「ま、『何故噴火が起こったのか?』は、学者が現地調査で研究して答えを出す領域の話だと思う。現地の状況を確認したけれど、僕の記憶にある山の上部3割くらいは吹き飛んでなくなっている。溶岩流って言えばいいのかな? そういう感じのが領都があったはずの場所へ大量に流れだしているね。これ、戦争で焼かれる前の森林があったら、盛大に燃えていたかも?」


「その辺りには、南部辺境伯の要請で、復興作業を出稼ぎ感覚で行っていた貴族が多数居たはずですけれど?」


 ラックの言葉に、リムルが冷静に突っ込んだ。

 彼女は「現地の状況を確認した」という兄の言葉に驚きはしたものの、それを話す場ではないこと理解しての指摘を行ったのであった。


「えっと、姿が全く見えないのと、逃げ出した形跡も見つけられないから、生存者は居ないと思う」


「文字通り全滅ですか。魔石は高温で溶けたりはしませんし、強度自体はそこそこあるので、物理的に簡単に破壊されてはいないでしょう。けれど、スーツや機動騎士を形作る素材は別ですし、中の人間も耐えられはしないでしょうね」


 ラックの発言に、今度はアスラが考えを述べた。

 彼女は漠然とした知識で高温を考えているが、今回のケースだとスーツはともかくとして、機動騎士であれば機体が完全に溶けるレベルの温度ではない。

 けれども、操縦している中の人間が問題となる。操縦席は外部から溶岩レベルの高温に長時間晒され続ければ、内部を”人が生きられる温度の範囲に保つ”という意味で耐えられはしない。また、そもそも、有毒な火山性ガスが発生している場所で、長時間連続使用することを想定して作られてもいないのだ。

 機動騎士の操縦席は、外気の流入をカットして密閉状態にすることは可能となっている。が、それをしている状態だと、5時間程度が活動限界となる仕様なのである。


「貴方。不謹慎かもしれませんが。その状況は、ファーミルス王国が回収不可能として諦める固定化された魔石が大量に発生するのでは?」


「それはそうかもしれませんが、だから何だと言うのです? まさか、独自に回収が可能だとでも?」


 ミシュラの発言には、ラックが答える前にリムルが食いついた。

 アスラは理解が追いつかず、きょとんとしている。


「まぁまぁ。えっと、仮に僕が回収できたとしてだ。それは報告や返却の義務があるんじゃないの?」


「公式に消失扱いとされた魔石については、発見した場合提出すれば、所定の金額が報酬として支払われますが、義務自体はありませんわね」


「えっ? ないの?」


 ラックの言葉に、リムルが律儀に答えた。

 ミシュラはため息を1つ。そしてその後、毎度の言葉を紡ぐ。


「貴方。魔道大学校で習うことのはずですわよ?」


「そんな古い話を僕が覚えているわけがないじゃないか。学生だったのは何年前だと思ってるんだ」


「貴方以外のここに居る全員が覚えていることなのですけれど?」


 ミシュラは諦め顔になりつつも、一応指摘だけはしておく。


 そんなこんなのなんやかんやで、話が進んだ結果、ラックは火山活動が真っ只中の灼熱の地へと赴くことになる。

 最後はミシュラのニッコリ笑顔からの「回収、お願いしますわね」の一言が全てであった。

 超能力者は、深夜にコソコソと力を使い、機動騎士の残骸をポイポイと極点に積み上げた。

 熱せられた機体が放つ熱でかなりの量の氷が一旦は溶けだし、水蒸気爆発も小規模で複数回発生したのだが、誰も居ない極点付近の環境において、それらは些細なことなのである。


 こうして、ラックはアナハイ村のドクが知ってしまえば狂喜乱舞すること間違いなしの、固定化された魔石を大量に手に入れた。


 厳密に言えば、公式に消失扱いにまだなっていないはずの物をガメまくったゴーズ領の領主様。その点を疑問に感じた超能力者は夕食会で確認をした。その結果、「魔石を手に入れた時期を、誰がどうやって証明するのです?」という見解が、全員一致していたのにはドン引きするしかないラックなのであった。

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