第128話

「娘を次の王太子妃に決定してきたですって?」


 次期テニューズ公爵ラックの弟は、帰宅した実父である当主が告げた内容に驚いていた。

 王妃になる可能性が極めて高い王太子妃は、例外がないわけではないが基本的には暗黙の了解で公爵家の娘から選ばれることが多く、嫁いで行く順番も概ね決まっていると言って良い。

 但し、順番は娘の年齢や魔力量の問題や、血縁関係の近さの問題が絡むため、それは絶対的な物とはならない。

 現国王の正妃侯爵家の出のように、稀には、侯爵家や辺境伯家から王太子妃が選ばれることだってある。

 もっとも、そうしたケースは嫁ぐ娘の親かもしくは祖父母の出自が、王家や公爵家の出以外はあり得ないため、高位の貴族家同士の貸し借りに繋がったりするのだけれど。


 国母となりうる高魔力を持った娘とは、血筋を2代も辿れば結局のところ4つの家の何処かに当たるのであった。

 今回の話は、その順で行けば、次に王太子妃を出す家はカストル家であったはずなのを彼は理解していた。

 それ故の驚きが、冒頭の発言として出てしまったのである。


 尚、この冒頭の部分は時系列的には前話127話より過去の話だ。

 要は、王位継承権第1位が急逝した以降93話から101話の部分に関係している。


「そうだ。王太子が亡くなった件で事後対応を決めるための話し合いに、私が緊急の呼び出しを受けたのはお前も知っているだろう? その一環で決まったことだ。但し、厳密には次の王太子妃を出す権利をこの家が持っただけで、その対象者が今のお前の娘に限定されてはいないがな」


「決定に不服はありません。ですが、『どういった経緯でそうなったのか?』は知りたいですね」


 テニューズ公爵は次期公爵の驚きに答え、情報を追加した。そうしたことで、そこから生まれた疑問をやんわりと問われることに繋がってしまうわけだが。


「経緯か。明日には正式に発表される話ではあるが、事前に外に出して良い話ではない。秘密は守れるな?」


「勿論です」


 そうして、次期公爵はリムルの立場の変化についてを知るところとなったのである。


「それは。元々、順番で行けば、リムルは正妃になってもおかしくはありませんでした。ですが、母上が王女だったのと、以前からの貸し借りの調整で、王太子妃ではなく第2王子妃とされた経緯があったはずです。ヤルホス家が絡むシーラやその息子の話もわからなくはないですが、そのお話だと妹は最悪、この家に戻って来るのではありませんか?」


「そうだな。これまで王太子妃シーラと険悪な関係だったと聞いたことはないが、親密であったという話もない。第2王子の対応次第のところはあるが、素直に『側妃として国王代理となる夫を支えて行こう』とはならぬやもしれんな」


 この時のテニューズ公爵家の当代と次代は、リムルが婚姻時に個人的に王家と結んだ約定を知らない。

 そうであるために、当代は彼女を側妃の立場に落とすことを受け入れたし、その後状況によっては、本人だけは離縁して家に戻って来る可能性も考慮の内には入っていた。

 勿論、側妃のままで住居のみを実家に移すケースも想定されていたわけだが。


 この世界の貴族女性は、50歳までは妊娠と出産が可能な女性と見なされる。

 平民階級であれば、感覚的には45歳辺りが上限とされ、実質的には40歳までが子を望める婚姻対象の女性として扱われる。だが、元々妊娠率が低い魔力持ちの貴族女性は所謂、月の物がある期間を以て判断が下されるのだ。

 なんの話かと言えば、リムルが離縁してテニューズ家に戻った場合の扱いについてである。

 彼女はまだ30代後半であり、高魔力の子を産める女性としての価値が存在する。故に駒として有効活用が可能なのだった。但し、元王子妃という肩書になるため、用途は限定されるのだけれど。


「時期的には、現国王が国王代理に権力譲渡を行ってしばらく様子を見た後、私は当主の権限をお前に譲る。確定とは言えぬが、2年以内のどこかとなるであろう。リムルのことは、戻ってくればそれまでに私が決めるかもしれんが、保留することもあり得る。その場合は、お前が扱う案件になるな」


 これらが、当時のテニューズ公爵家側の内幕であった。


 そこから時は流れ、テニューズ公爵や次期公爵の視点からだと、リムルは一旦は国王代理の側妃の立場を受け入れて大人しくしているように見えていた。

 しかしながら、内実は次期公爵の妹が、過去の個人的に結んでいた約定を王家に宣言してしまっている。

 比喩的表現をすれば、国王代理第2王子視点での元第2王子妃との夫婦間は、家庭内別居の寒風吹きすさぶかのような、冷え切った関係へと移行していた。

 逆に言えば、そうであったために、彼女は正妃の座に就いたシーラと対立することはなかったのである。


 シーラの側は、国内最高の魔力量の持ち主であるフォウルリムルの息子の力を”王家が利用できる状況に持ち込みたい”という意思だけはあったのだが、有効な手段という物が存在していなかった。

 土台、最高権力者でありリムルの夫の立場である国王代理や、宰相、実務から退いた国王たちに手も足も出ない状況を作り上げられているのだから、完全な無理ゲーでもあったわけだが。


 フォウルを取り込む手段として、最も有効な方法である婚姻の決定権をリムル個人に握られているのが痛い。

 それに加えて、既に婚約の登録が国内4番目の地位にある貴族のゴーズ上級侯爵の娘とされていては、王家の血筋の娘や公爵家の娘を宛がう話を打診することすら困難である。


 ”ファーミルス王国としてその件をどうしたものか?”と、関係者一同が頭を悩ませる日々を過ごしているうちに、危険な伝染病と思われる事態がバーグ連邦で発生したことが王都へ伝わった。


 あれよあれよという間に、事態は動く。

 王宮内でのリムルの動き112話は、テニューズ公爵が彼女を強引に家に引き取るために行動に出る速度に勝っていた。

 テニューズ家は、「王国内貴族で最高」と言って差し支えない権力を持っている。が、知り得ない情報の事柄についての対処が遅れるのは当然であった。

 しかも、現当主の娘は、離縁はしているが公爵家へ戻る手続きをせず、フォウルの母親としての立場でゴーズ上級侯爵の庇護下に入る手続きを済ませている。

 これでは、公爵家の当主権限の行使も難しい。

 ただでさえ、彼は実質的に後ろ盾の立場を降り、実父であるにも拘らず、リムルを切り捨てる所業を”当人と話すことすらせずに”済ませているのだ。

 行き場がなく自ら実家に頼って来れば話は変わるが、今回のようにされてしまうと彼女の身柄を押さえるのは不可能である。

 更に悪いことに、公爵家としてゴーズ家へ圧力を掛けることができる材料がなにもないのだから、彼女を実家に連れ戻す手段がないのだった。


 テニューズ公爵はカストル公爵のように、ある意味厚顔無恥と言えるゴリ押しができる人間性を持っていなかった。

 まぁ、次期公爵であるラックの弟はそうでもないのだけれど。




「父上。リムルがゴーズ家に身を寄せるという情報は本当ですか?」


 テニューズ家の次期当主は、王宮で偶然耳にした現当主から聞かされていない情報の真偽を問い質した。

 これは、問われた側が知っていて当然の情報であり、それを当主交代が間近となっている息子へ伝えていないのは、相応に理由がある。だが、問い質した側はそこまで考えての発言ではない。


「その件か。お前がどのような情報を入手したのかはわからんが。リムルは離縁して王族籍を抜けた。が、テニューズ家の籍へ復帰する手続きはしておらん。所謂実家がなくなった貴族女性のように単独で離縁後の籍を作り、母親としての立場で息子のフォウルと共にゴーズ領へ身を寄せることになっている」


「フォウルは王孫のままで、王位継承権は2位であるはず。王宮を離れるなどできるわけが」


 言いかけた次期当主へ、現当主はジロリと視線を向けてその仕草で発言を遮った。


「バーグ連邦で、死病と考えられる伝染病が大流行している。ファーミルス王国へ伝播する可能性がないとは言えず、一度侵入を許せば、王都に入り込むのは時間の問題だ。王家の全滅を避けるため、フォウルを疎開させるという名目。よくもまあ、話を成立させたものよな」


 テニューズ公爵は忌々し気に吐き捨てるように理由を述べた。

 王族の血筋を残すという理由でのリムルの行動自体に問題はない。

 だが、そこに離縁が必要であったのか?

 国王代理の側妃のままでは、王宮を離れると貞操の問題があるため、身辺警護という名の24時間監視を行う特別な侍女が付けられる。

 おそらくはそれを嫌ってのことではあるのだろう。

 彼の視点では、或いは”将来的に疎まれ、生命の危険を感じるようになってから動いたのでは遅い”という判断が娘に働いた可能性も考慮されていたのだけれど。


 離縁を決断した理由もそうだが、公爵自身が以前に娘の処遇変更時になんの話もしなかったことを棚に上げ、事前連絡がなにもなかったことと、テニューズ家の籍へ戻ることを選ばなかった行動に苛立ちを覚える。


 ついでに言えば、選んだ先がゴーズ家となっている点も腹立たしい。

 王子妃としての教育を受けてしまっている彼女は、王家の秘密の一端に触れているために身を寄せることができる貴族家が限られる。

 具体的に言えば、彼女の場合は公爵家だけのはずだったのだが、ゴーズ家は当主のラックが公爵家の息子であり、国王の甥でもあるために選択肢になり得た。

 勿論、彼の家の爵位が上級侯爵となっている点も加味されての話である。


 テニューズ公爵はラックを辺境の地へ追いやることでゴーズ家を生み出し、陞爵と飛躍の切っ掛けとなった塩を産出する領地を買い与えてしまった。

 そのことに始まり、後にテニューズ家の長男欠陥品は嫁に恵まれて力をつけ、更なる陞爵を果たした。

 陞爵という事実のそれ自体に怒りは感じない。が、リムルが今になって、自身の意に沿わないために利用できる場所と地位を生み出した原因が、自分自身の過去の選択にあることを彼は自覚していた。

 要は、行ったことが悪い方向で我が身に返って来ただけ。

 未来を見通すことなどできない、誰しもに起こり得る失敗談。

 そんな話であるのだが、そうであるが故に余計に腹が立つという、それが実に身勝手で理不尽な理屈であるのも重々自覚した上で、それでも外面だけは平静を保つために公爵は話題にしたくない事柄だったのだ。

 

 知っていた情報をあえて次期当主へ自主的に話していなかったのは、テニューズ公爵のそのような内面の問題が理由だったのである。


 そして、それとは別の話で、こうした状況から生み出された事柄もある。

 前話127話で、リムルがゴーズ家の一員となることを渇望して出した、一見強引且つ無茶振りに感じられる提案は、テニューズ家視点に立てば明白な彼女の立場の弱さから発生していたりしたのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックはリムルとの共同戦線で、テニューズ家に残された面々に無自覚にひっそりと大きな精神的ダメージを与えていた。それは、元王女である実母ですらも例外ではなかったのである。


 尚、何気にこの部分については、事後にゴーズ家ではフランのみがテニューズ公爵家の人々の心情を割かし正確に洞察していたりしたのだが、彼女はそれを態々他者に告げたりはしなかった。

 彼女は、知ってもどうにもならないことが世の中にはあると、達観していただけだったりするのだけれど。

 ここでは関係ないが、これまでに彼女の頭脳から生み出された数々のえげつないアレコレの被害に遭った方々は、彼女の存在と所業を知れば、そのように達観するしかないのであろう。




「貴方。自らの利用価値を示した上で、頼って来た妹を放り出せない性格なのは承知していますけれど。リムルさんがこの家での立場を求めるのもわからなくはないのですけれど」


 ミシュラはコトを終えて閨を抜け出して来たラックに気づき声を掛けた。

 時刻は深夜。

 妊婦となっている彼女は、夜の夫婦の時間を持つ機会を他の妻たちへ譲っていた。

 ゴーズ家の正妻は別室で就寝していたのであるが、ライガと共に寝室に居た彼女の様子をシャワーを浴びるついでに覗いた夫の気配に気づいて起き出したのである。

 夕食会での話題が衝撃的だったこともあり、眠りが浅くなっていたのも理由ではあるのだけれど。


「うん。起き抜けにそれをいきなり振るのも凄いね」


 ラックは色々と驚きつつも、ミシュラに近づいて手に触れた。

 接触テレパスで考えを読み取るためである。


 聞いている限りでは、「貴方はリムルから脅されているように受け止めていない」のがわかっています。

 また、わたくしを含めた妻の全員が、「彼女の言動や行動にそのような意図はないだろう」と判断しております。

 けれど、一般論で客観的に言えば、彼女が「色々な秘密に気づいています」と貴方に伝えて来ることは、脅しと受け取られる可能性が高いのです。

 その点の自覚が、本人にあるとは思えません。

 彼女は彼女で、追い詰められているのでしょう。

 勿論、今の彼女の弱い立場で、貴方への脅しを行うほど愚かなことはありません。

 それは、わたくしたちも理解はしているのですが、その部分を、”接触テレパスを行使している状態で”話し合って欲しいと思っています。

 エドガの件は、”将来のゴーズ家の権力を誰が持つのか?”の問題の火種になりかねません。


 ミシュラの心の声は流れ込んできた。


 ラックはリムルと面と向かって話をしていたために、表情、声色、その他の情報が話の内容と共に伝わって来る。

 そのために、「お兄様。わたくしは気づいています。知っています。或いは疑っています」の類の発言が、脅しではなく彼女が懇願する時に、超能力者自身が「もう気づいているのなら良いか」と諦めて秘密を打ち明けてくれることを期待しての行動だと受け止めていた。

 また、正妻を含む妻たちの全員もその点は同様に考えている。

 そして、彼らは確証を持っていないが、事実としてもそうなのである。


 だが、ミシュラは万一の事態への心配をしていた。


 今回の提案が実現した場合、将来の権力を誰が握るのか?


 その一点への懸念から、ゴーズ家の正妻は超能力者に自らの心情をそのまま伝えたのだった。


 こうして、ラックは朝から”王都へ婚約の登録に行く”という予定の前に、妹と話をする時間を再度持つことを決定した。

 深夜に一緒にシャワーを浴びて、いちゃついていたのは些細なことなのである。


 外見はともかく、中身は中年と言って良い年齢に達しているにも拘らず、イロイロ元気なゴーズ領の領主様。

「『接触テレパスを使え』って言われても、妹の身体に直に触れる口実をどう捻り出したら良いんだろう?」と、ふと思ったことが呟きとして出てしまったラックなのであった。

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