「この見えている分が追加分だと主張されるのですか？」

　王都から本格的に検分をするためにやって来た文官の代表者は、朝一でエルガイ村に現れたミシュラの言葉に驚くしかなかった。

　彼は起き抜けの朝食前の時間に、村の防壁の最上部へと案内されて連れて来られた。

　そうして眼下に広がる光景を目の当たりにしながら、状況説明をゴーズ家の第1夫人から受けたのであった。

「昨夜の当家の戦果となります。飛行機の類が大型の物が9機、それ以外が181機。車両の類がざっと2000台。車両に関しては当家もまだ正確な数は把握しておりません。検分は本日で終了される予定で、明日の朝にゴーズ領を発たれると到着時に聞いておりますが、予定の変更をされますか？　当家としての速報を王都に向けてこの後出しますが、変更されるのであればそれを同時に伝えることも可能です」

　ミシュラは淡々と事実を告げ、横で絶句している文官に即時の返答を迫った。

　彼女の機動騎士の後部座席には、ラックを待たせたまま。そんな事情であるので、さっさとトランザ村に戻りたい。

　テレスをテレポートで王都に送るのが、疲れている夫の本日の就寝前の最後の仕事なのである。

　返答を迫られた彼は、驚きから立ち直るのに10数秒の時間を必要とした。その後、考えを纏めるのに更に同じ程度の時間使う。　

　トータルで30秒と少し。

　いきなり予想外の現実を突き付けられて、そこから返答するまでの時間としては決して長くはない。寧ろ、早い方である。

　しかし、残念ながら、待たされているミシュラには、そう受け取って貰えるはずもないのだけれど。

「15分時間を下さい。昨日までの分を中間報告として託したい。それと2日の延長の申請も書面を直ぐに作ります。あっ。勝手に2日の延長と今言ってしまいました。すみません。確認が先でした。ゴーズ家は、このまま我々の検分作業の継続と滞在の延長を許可して下さいますか？」

「滞在費はその分増えます。それを許容するのであれば構いません。待ちますのでなるべく早く書面を作成して下さる？　わたくしも忙しいのです」

　2人の話は終わり、ミシュラは待機に入る。

　そうして、きっかり15分後。宰相宛ての書簡を受け取った彼女は、速やかにトランザ村へと戻るのだった。

「ゴーズ家から追加の戦果報告と、派遣した文官からの検分の中間報告。それに、検分期間の延長申請が届いたのか」

「はい。延長の申請の可否について早急に命令書が欲しいそうです。それを持ってゴーズ領に帰還したいと、報告書一式を持ち込んだ者が待機しております」

　宰相は書簡を持ち込んだ文官の報告を聞きながらも、開封した筒から取り出した報告書の内容にざっと目を通す。

　そこに記されていたのは、驚くべき戦果であった。

「前回の戦果のほぼ倍ではないか！　これの検分に追加で申請されたのは2日か。少しばかり時間が足りないような気もするな。現場の裁量で最大4日までの延長を許可する。直ぐに書簡を託せるよう手続きに入れ。急げよ」

　宰相は必要な指示を出し終えた後、報告のために国王の元へと向かう。

　ゴーズ家の報告内容は「大戦果」と言って差し支えない物であり、吉報であるからだ。

「陛下。ゴーズ家から戦果報告が追加で入りました。最終確認はまだですが、概要は戦利品として確保した物が多数。前回の物量の倍近い数字が上がっています。具体的には飛行機の類を190機と車両の類を2000台程度となります」

「そうか。それは素晴らしいな。ところでな。ゴーズ家以外の戦果の報告を聞いた記憶がないのだが、招集軍は何をしておるのだ？」

　国王は単純に疑問を口にしただけなのだが、宰相にとっては、尋ねられると非常に困る問いとなった。だが、質問されれば答えざるを得ない。それが彼の立場であり、仕事である。

「彼らは防衛を任務としており、敵の攻撃がないため、交戦自体をしておりません。ですので、戦果は今のところありませんな」

「ほう。そうなのか。それではもしも皇国とやらが、此度のゴーズ家の働きによって停戦ないしは終戦を申し込んできた場合。いや、戦力への被害状況次第では降伏まであるか？　戦功は全てゴーズ上級侯爵とその配下にあることになるのか？」

　国王はスティキー皇国の国力を知らない。だが、ファーミルス王国の機動騎士という兵器が”如何に高価な物なのか”はよく知っている。スーツや移動大砲、魔道車の類であっても決して安くはないのだ。

　要するに、彼は”軍事力を維持するための兵器にはお金が掛かる”のを、十分過ぎるほどに理解していた。それ故に、飛行機だけで300、車両を3000などという途方もない数の兵器を奪われれば、皇国は財政面で疲弊し、降伏までもあり得ると考えたのである。

　そして、”降伏まであるか？”はともかくとしても、国王の考え方の方向性自体は間違っていない。

　問題点であるだろうと思われる戦功の所在に着目しているのも、「国の頂点に立つ者としては必要なこと」と言えるのだった。

　ゴーズ上級侯爵の魔力量は0だ。

　つまり、彼自身にできることは、魔力持ちの人間に命じて動かすことだけ。

　国王は、武功は実働の家臣にあると考えた。そして、”なんとかそこに直接褒美を出すことはできないか？”を考えていた。

　何故ならば、立場が低い者への報酬は、それに見合って低く抑えることが可能であるから。

　彼は、無理筋なのは承知しているが、そんなことを夢想してしまっていたのであった。

「実際に戦うことがなかったとしても、民の安心感を育み、敵の攻撃への抑止力として働いている防衛戦力に対して功なしとはできません。ですが、評価対象期間を現時点までに限定すれば、目に見える多大な功績を上げたのはゴーズ家のみです。今のところ第一功は確実ですな。家の中での功績に対する分配は国がしゃしゃり出る部分ではないと考えます」

　国王も宰相も、ゴーズ家に機動騎士とスーツの戦力があることを承知している。

　実質傘下に入っているガンダ家とティアン家の支配領域を含めてしまうと、統治している領地の規模に対して、魔力持ちの家臣が多いとは言えない。が、それでもそれなりの数を確保しているのも知っている。彼らはスーツは扱えないが、魔道車は運用可能だ。

　宰相には、ゴーズ上級侯爵が敵の兵器を”どうやって鹵獲しているか”は報告されないためわからない。勿論、国王もそれは同じだ。

　ゴーズ家の持つ戦力は国が直轄している武力ではない。そうである以上、結果報告しか求めることができないからだ。もっと言えば、今回に限っては事情が異なるが、本来であれば結果報告ですらも任意であり、強制することはできないのである。

　領地持ち領主の抱えている軍事力とはそういう性格のモノであるから、当然と言えば当然なのだが。

　それはさておき、要するに、国王と宰相は2人揃って、”ゴーズ家は機動騎士とスーツを駆使して、スティキー皇国の兵器を鹵獲している”と、考えていた。そして、それらを全て自領へ運び込むのには、保有している機動騎士やスーツをフルに動員したとしても、到底不可能なことだと想像ができた。

　報告されている戦利品の物量から推測してしまうと、そうとしか考えられない。

　つまり、彼らの常識的判断を以てすれば、魔道車を扱う家臣の動員は必然であり、なんなら馬や牛などの大型家畜を持つ領民までも労働力として活用し、鹵獲品の移動をさせている可能性すらあった。

　しかもだ。加えて言えば、現実的にはあり得ないのだ。”領地防衛戦力の全てを対スティキー皇国の戦力として投入し、戦利品の移送にも従事させる”などということは。

　そんな暴挙を行えば、領民が一気に逃げ出してしまうだろう。普通ならそうなる。

　魔獣の領域が近い北部の辺境の地において、防衛戦力による安全が担保されないのは、それほどに重大な事柄なのである。

　しかし、現実は二重の意味で彼らの予想通りにはなっていない。

　そもそも、ゴーズ家は領地の防衛戦力の動員などしていないし、する予定もない。魔力持ち家臣や領民のそれも然りだ。

　実働部隊は、徒手空拳の超能力者ただ一人だったりする。

　そして、仮定の話として、ゴーズ家の当主が領地の防衛戦力を全て抽出して、一時的に他所へ振り向ける決断をした場合でも、統治下の村からの住民の流出は起こらない。

　ラックの作り出した領地や村を守る防壁への住民の信頼度は高く、機動騎士やスーツがそれなりの期間不在となっても、それが永続的な話でなければ、「へー、ちょっとお出かけしてるのか」くらいにしか思われないのだ。

　色々な意味で、異端で異常。

　それが未だにファーミルス王国に対して秘匿中の、ラックの超能力がもたらす結果なのだった。

「これだけの戦利品が発生しているという事実がある以上、報告されていない戦果が当然あるであろう？　まさか敵が兵器を黙って譲り渡すとかはあるまい。戦闘があったはずで、殺戮や破壊も伴っているはずだな？」

「その点は疑問に思ってはいたのですが、『確認ができない』と主張されるのを見越して、物証のある戦果のみを報告しているのだと考えます。実際、武勲が巨大すぎて、少しでもそれを減らすために、言葉は悪いですが、報告内容にそのような隙があれば、”難癖の1つも付けよう”となっていたでしょうな」

　彼らはこの時点で、この戦争の勝者は王国であることを確信していた。それ故に早くも戦後の論功行賞の心配をせざるを得ない。

　招集軍へ参加した戦力に対しては、各々の家に必要経費を補填し、1年分程度の年金相当額を支払えば良い。

　問題は”ゴーズ上級侯爵へ何を以て報いるのか？”だ。まして、そこに加算しなければならない物もあるのだ。軍事協力の免除という契約を反故にした償いも必要なのである。機動騎士の貸与への対価の支払いも確定事項だ。

　いったいどうすれば良いのか？

　その問いに対する答えを持つ者は、王都に1人も存在していなかった。

　そんなことが王都で起こっていても、それを知らないゴーズ家の時は関係なく流れて行く。

　テレスは王都から検分のために派遣された人々への、新たな命令書を携えて下級機動で戻った。但し、ミシュラが義娘からそれを受け取って、直ぐに彼らの代表者に渡すことはなかった。

　何故なら、期間延長の申請に対して、返事が来るまでの時間が短すぎるからだ。

　彼女は彼らがその日の検分作業を終えて、エルガイ村へ到着した後の適度な時刻に調整して、それが届くようにしたのだった。

「こうして集まっての夕食を、僕としては戦争の状況とは関係なく、今後も継続したい。だけど、3人は子供との時間も大切だと思う。そこをどうするかを検討課題として提案しておく」

　ラックはこの発言の後、今後のアスラの扱いの変更についても言及し、事情を理解していなかったミシュラ以外の3人の妻に頭を下げた。

　彼女たちは、第5夫人に対して元々含むところがあったわけではなかったため、「そうですか」くらいしかなかった。

　3人は、夫が内に入れた人間には甘いことを身を以て知っている。実のところ、ミシュラ以外の妻たちは”扱いの変更は時間の問題だ”と最初から考えていた。故に、特になにがしかの意見を述べることもなかったのである。

　そんな感じで昨日の”正妻の負のオーラが漂っているぞ事件”は、何事もなく終息したのだった。

「昨夜の僕の活動は、日中にミシュラからの書面で伝達されて、共有できていると思う。今夜の行動予定も含めて、考えを自由に発言して欲しい」

　今日も今日とて、ラックの方針はブレない。「知恵を出すのは僕の仕事じゃない」と言わんばかりの丸投げである。

　それを受けて、フランは苦笑しながらも発言する。

「次の狙い目はお金。昨夜の窃盗で、工場は警戒されているはずだ。だから今日は別のところを襲って貰う。具体的には、王宮に該当する場所の宝物庫と、街にある銀行の金庫、可能であれば、大きな商会の金庫も対象として欲しい」

　このある種の天才は、本当にえげつないことを考えだす。

　如何にスティキー皇国を困らせるか？

　発想が軍事面だけに限定されていないのが、この女性の恐ろしさの本質である。もっとも、本人を含めて、誰もその点には気づいてはいないのだけれど。

　フランの作戦案が、皇国の人間の命を奪うことを優先しないのは、決して人道的な考えからではない。そのほうが、効率よく敵が苦しむと判断しているだけなのだ。

　スティキー皇国を滅ぼすだけでは、ゴーズ家に利益が生まれない。ゴーズ家の一員である才女（フラン）は自家の利益も重視する。

　彼女の作戦で投入される戦力は、たった一人の古今無双の超能力者。

　戦費と言うか必要経費は、彼の食べる物と着る物くらいである。強いて言えば「あっち方面のお相手」も必要だが。

　戦力の用意も、補給の心配も、自軍が受ける損害も、なんなら戦費すら気にしないで良い完全なフリーハンド。侵攻ルートの縛りすらもない。

　こんなにもやりたい放題が可能な戦争の作戦立案。

　フランは完全に楽しんでいたのであった。

　こうして、ラックの今夜の行動予定は一旦は決定した。その後に、”アレ？　ちょっと無理かも？”と思った部分があったのは些細なことなのだった。

　第2夫人の提案内容に含まれた王宮の宝物庫への窃盗には、”待った！”をかけたゴーズ領の領主様。その理由を問われて、報告していなかった今朝のミシュラにイロイロ献上した一件が他の妻たちに発覚する。「それでは王宮は警戒されているかも」と納得はして貰えた。が、圧が凄い。ニコニコ顔の3人の妻から、何気にスティキー皇国内にある宝飾店への襲撃も追加されてしまうラックなのであった。