「ゴーズ家が軍の招集命令と、機動騎士の供出命令を拒否しただと？」

　宰相は配下の文官から緊急報告で上がってきた情報に驚いていた。口頭では拒否と伝えられたが、彼が報告書に目を通せばそうではないことが理解できた。

　要は命令内容の不備を突いての差し戻しであって、敵対的に完全拒否という話ではなかった。

　彼はファーミルス王国として、過去の契約に違反する内容をゴーズ上級侯爵に求めたことになるのを承知している。それ故に、ゴーズ家の反応を気に掛けてはいたのだが、彼の中での優先順位は国防が先であり、”彼の家との約束事を守った結果、王国は守れませんでした”などという事態は許容できない。彼的には、それは本末転倒であるのだ。

　宰相は、国と貴族との間で個別に結ばれた契約内容を破ることが、王家の信用や国への信頼の失墜に繋がることは百も承知だ。しかし、それも陛下や自身、公爵家3家の当主全員と、特産となる品々を生み出す基幹設備の安全が確保できてから初めて考えるべき話であった。

　僅か半日で、国防の一翼を担う南部辺境伯家の本拠地が陥落するという緊急事態を前にして、宰相は国や王家の体裁を考える余裕などないのが本音なのである。

「時間がない。王都の防備が最優先だ。出せる対価は出せ。呑める条件は呑め。今、あの家以外に、簡単に戦力を出せる家などないのだ！」

　そもそも、解体予定だった機体や喪失して構わない機体を買い取り、整備して予備機などという名目で保持できる財力を持つ家が異常なのだ。

　中古の機体自体を欲しがる家はある。

　解体予定だった最上級以外の機体は、買い手を探せば、値段はともかくとしても売り払うことはできたはずだからだ。実際のところ、そうなるはずであった。

　しかし、その場合は実用目的での購入が当然だ。

　つまり、今回のような事態では、簡単に供出に応じるはずがない機体となってしまう。

　勿論、戦力としての操縦者付きの機体での抽出であってもだ。

　それは、特に自前の領地防衛が必要な家なら、尚更の話となる。

　高齢となった後に後進に機体を譲り渡して、所持する機体がない者や、或いは別の理由で、もともと自前の機体を所持していない魔力持ちの貴族家の人間（主に女性）は王都に存在する。

　端的に言えば、そういった人材に宛がう兵器が少しでも欲しいのが現状であるのだ。

　用途的には、機動戦闘を期待するわけではないため、極論を言えば高射砲的な移動大砲でも代用は効く。しかし、そんなものは今直ぐに数が揃うわけではない。

　そもそも、高射砲、高角砲などと呼ばれるような兵器自体が、これまで製造されてもいなかったのである。

　空からの攻撃を想定していなかった王都を守れる戦力は薄く、防衛能力の向上は急務となっていた。

　これらが、王都側での事情となっており、宰相は判断力と交渉能力がある人材に裁量権をある程度委譲した上で、ゴーズ家への使者として送り出したのであった。

　勿論、事前に想定される条件面は、早急に取り纏めて使者に言い含めてあるのは当然だ。

　対処可能な最速の処理を以て全ては進められ、移動手段にもでき得る限りの最高の物が用意された。

　そうして、再度ゴーズ家に王都からの使者が来訪したのだが、結果は前話のラスト付近の状況で決着となる。

　だがしかし。ゴーズ家は、いや、ゴーズ上級侯爵の対応は、宰相の想定の斜め上を行くのであった。

「フン、フフ、フンフン♪」

　ラックは鼻歌交じりに、スティキー皇国のある大陸でやりたい放題をしていた。

　戦争に置ける一番大切な物とは何か？

　ゴーズ家の当主様が考えるその問いに対する答えは「兵站！」の一言となる。

　ラックはそれを元に、妻たちに知恵を求めた。そうして、フラン主導で考えだされた作戦案は「悪辣！」の一言に尽きるモノとなっている。

　彼は作戦案に忠実に従って、テレポートで南の大陸の航空機の基地をこっそりと襲った。但し、派手な破壊は目立つため、最終手段としてまだ行ってはいない。

　何をしていたのかと言えば、格納庫内や屋外駐機している機体で、警備の目が薄いところから順に略奪を繰り返していたのである。

　ラックは千里眼を駆使して、警備状況を確認し、盗みが露見するまでには時間が掛かるだろうと考えられる場所を暴き出す。

　戦争状態に突入しているはずのスティキー皇国なのだが、南の大陸では物資の準備に力を入れてはいるものの、警備自体はさほど労力が割かれているわけでもなかった。

　皇国は両国間にある海と距離が絶対の防壁であるという認識であり、”この戦争は攻め込んで一方的に殴りつけるだけの戦闘になる”と考えていたのがその理由だ。

　綿密に行われた事前調査の結果は、”空と海とで移動手段、兵力の輸送手段と言い換えても良いその実行力を、ファーミルス王国は所持していない”という結論になっている。

　そうした結論が出たために、警戒する必要がないところに労力を割くことをしていなかっただけ。そんな話ではあるのだが、相手の国内事情を考慮してやる必要は、超能力者にはない。

　ラックは、王国に”スティキー皇国と独自で戦う”という内容を宣言した手前、その物証となる戦果を多大に必要としていた。そして相手の兵器や補給物資を奪うことは、立派な戦果と判定されるのだ。

　やっていることを客観的に見れば単なる窃盗。それもコソ泥の類である。

　要するに、彼がやっているのは泥棒以外のナニモノでもないのだが、戦時での敵国への所業だけに限定すれば、それは許される行為だ。

　少なくともファーミルス王国側の視点ではそうなる。皇国側には彼らなりの理屈があり、別の見解が当然のように存在はするであろうが。

　しかし、皇国は初手で王国の南部辺境伯領の領都を焼き尽くした相手。王国には、やられた以上はやり返す権利が発生する。

　つまり、王国の一員である彼には、敵に手段を選んで遠慮する必要などどこにも、微塵も、一欠片すらもないのであった。

　斯くして、ラックは夜の闇が支配する時間の全て使い、奪える物は根こそぎ奪って行った。テレポートは大活躍したのである。

「うーん。車両や飛行機っぽいものは奪えたけど、でっかい船っぽいのは大き過ぎて運ぶのが無理だった。仕方がないのでバレない程度にコソコソ破壊してきたけどさ」

　ラックが盗み出せなかったのは係留中であった飛行船。

　全長が250mを超える巨大なそれは、念のためにと試してはみたが、やはりテレポートで運ぶことはできなかった。ならばと、船体の重要部分と思われる箇所に見当をつけ、そこを破壊するだけに対処を留めた。大きな音を出してガッツリ破壊するのは最後の手段であるので、そこではそうなってしまったのだ。

　ちなみに、皇国で軍事に使われている燃料は液体であり、簡単に保管する容器も場所も確保できなかった。そのため、ラックはやむを得ず天然の冷凍庫で氷塊を器にし、そこへと運んだ。

　彼は、食料その他や弾薬の類と思われる物も可能な限り盗み出しており、皇国側の今後の補給には甚大な被害を与えたのが確定となっている。

　また、海を隔てる大陸への輸送手段を早期に復旧させることは、困難を極めるであろうと思われた。

　もし、次があれば、南大陸の軍事基地や物資の集積場の警戒は、厳重になっていることが予想され、今回のように簡単には行かないかもしれない。が、次回の行動の必要性がある事態になるのかは、現段階では不明なのだった。

　ラックは、事前に千里眼で前線基地を入念に観察しており、南大陸との通信手段はタイムラグなしのものが存在しないことを確信していた。要は無線通信の類は、スティキー皇国の現状の技術だと距離の問題で不可能なのであろう。

　もっとも、10km程度の距離の無線通信機は開発されて運用されているようではある。だが、その詳細な性能までは掴み切れてはいない。

　盗み出した車両や飛行機にはその機能がある機器が積まれているため、そこら辺は今後の研究解析が待たれるところである。

「魔道車に似ている物や、移動大砲の亜種的な物、あとはよくわからない形状の物も多数ありますわね。あれが飛行機なのですか？」

　ミシュラは、ラックがトランザ村の外側に大量に運んで並べたスティキー皇国製の機器を、村の防壁の上から眺めてそう言った。

　彼女の眼下に広がる光景は、雑多に置かれた車両系だけで1000を超える数があり、輸送機が10機と爆撃タイプの飛行機が100機ほど。よくもまぁこれだけの物量を盗み出せたものである。

　そして、彼女はまだ知らないが、夫は他の補給物資も別でエルガイ村の倉庫に放り込んでいる。そちらは食料品、医薬品、日用品として使われる消耗品の類と、弾薬がメインだ。

　ゴーズ領の領主様は、悪用を防ぐために安全面を考慮して、それらは別の村へと分けて保管することにしたのであった。

「うん。そうらしい。大きくて数が少ないのが物資輸送に使われる機体みたいだよ。燃料は別の場所に保管してるし、弾薬はエルガイ村の倉庫に置いてきた。軍用の食料品その他の補給物資もそっちに纏めてある。精査はミシュラたちに任せたいけど良いかな？」

「はい。任されました。一晩でここまでできたのは、フランの戦略が正しかったということになるのでしょうね」

　ラックが提示したテーマの”兵站の破壊”に対して、フランによって考え出された作戦の骨子は”千里眼とテレポートを使用した隠密行動による略奪”だ。但し、初手は対象がこの大陸に作られた前線基地ではなく、敵の本拠地のある大陸。その点が彼女の作戦の肝であり、秀逸な部分なのであった。

　まず、相手に”自国が安全地帯などではない”と思い知らせること。そして尚且つ、ひっそりと略奪だけを行えるという事実は、”もし、略奪ではなく、破壊や殺戮が代わりに行われたらどういう結果となるのか？”を相手に考えさせることができる。それはスティキー皇国の上層部に恐怖心を抱かせるには十分な方法なのだ。

　その上、前線基地へ物資は既に運び込まれていても、そこで行われるのは基本的に消費活動だけであり、後続の補給を断てば最終的には立ち枯れするしかない。つまり、本国を先に叩けば、状況次第では、敵の前線基地の戦力は戦う前から撤退や降伏もあり得るのである。

　勿論、ラックにもフランにも、それをノンビリ待つ選択はない。

　前線基地は前線基地で、きっちりと対応するつもりだ。これらは単に、「どちらを先にするべきか？」の順序の話でしかないのだった。

　そんなこんなのなんやかんやで、妻たちは盗品の事後処理も含めた日中のアレコレに追われる。その裏では、一晩中働きづめだったラックは疲労の色が濃いため、孤独に就寝モードへ突入していた。勿論、緊急事態となれば叩き起こされるのだが、そのような事態はそうそう起こるモノではない。

　そして、ゴーズ家の当主に睡眠をとって休んで貰うのは、今夜も働いて貰う予定があるからだ。悲しいことに、超能力者の働きは替えが利かない。彼にしかできないことは、彼にやって貰うしかないのである。

　午後を迎え、前日に送り帰した使者の持ち帰った情報を元に、機動騎士の借り受けのための人員がトランザ村へとやって来た。

　そして、彼らは、あり得ない物を目の当たりにすることになったのだった。

「なぁ、俺の勘違いじゃなければ、あの辺にズラッと並んでるのって、南部の領都を襲撃した飛行機って奴じゃないのか？」

「お前もそう思うか？　俺もそう思った。アレがここにあるってのは、この領地がアレで南部辺境伯領を襲撃したか、王国を裏切ってスティキー皇国とやらに協力している可能性がある」

　王都から来た、機体に乗って帰る予定の貴族に連なる連中が、そんな不穏な想像の話をコソコソとしていれば、機体のある倉庫への案内役を任されたアスラは黙って聞き流すわけには行かなかった。

　第5夫人とはいえ、彼女も現在はれっきとしたゴーズ家の一員。

　自家にあらぬ疑いが掛かるような、無責任な噂話が広まる元は、絶対に看過することができない。

「後ほど、ゴーズ家の第1夫人からお話がある予定ですが、わたくしから先にお伝えしておきましょう。あそこに見えているあれは、昨夜この領地が敵国から奪取してきた機体です。平たく言えばこの領地の戦果の証明となる品々。既に今朝、あれらを検分する人員の派遣要請を王都へ出しています。そろそろ、その情報が王宮に居る宰相に届く頃でしょう。ですから、間違っても、『ゴーズ家が南部辺境伯領を攻撃した』とか、『敵である皇国に内通して協力している』という事実無根な話はされないように願います。不愉快ですわ」

　ピシャリと言い放ったのは、さすが元公爵令嬢と言うべきであろうか。アスラの気位の高さは、名誉に係わる部分には特に敏感であるようだ。そして、この件は後日ラックの耳にも入り、彼の中でのミシュラの姉の評価が僅かに上方修正されるのだが、それは些細なことであるだろう。

　こうして、ラックはスティキー皇国の本国の複数箇所に、”人的な被害がなく、物理的な破壊という被害をほぼ出すことのない痛撃を与える”というわけのわからない戦果を叩き出した。そして、それは翌日の深夜には宰相の元へ確定報告として情報が届くのである。

　今宵行われる予定の再度の襲撃に備えて、真っ昼間からスヤスヤと寝息を立てるゴーズ領の領主様。超能力者がどんな夢を見ているのかは定かではない。が、寝言で「どうにかして、このでっかい船っぽいのを手に入れる方法はないものか？」などと言っているのを、誰にも知られることはないラックなのであった。