第14話

「トランザ領が合併を打診してきたって?」


 ラックは、ミシュラから、トランザ領の使者に今日明日は逗留して貰って、返答を待って貰っていることを聞かされた。


 トランザ領は東部からの行商人による塩の供給がなくなったことで、元々余裕があったわけではなかった領地経営が追い詰められていた。

 来年から納税の免除期間がなくなる部分が出て来るため、租税を納める前提だと領民が食って行けなくなる。ゴーズ領の傘下に入り、領内として安く塩を販売して貰い、尚且つ防壁の整備を受けたい。可能であれば新規の開墾も。

 見返りはトランザ村の代官に現トランザ領の領主が就任し、そのまま統治する形のゴーズ領トランザ村となる点だ。

 一見、ラックには持ち出しばかりで、何のメリットもないような話に聞こえるかもしれないが、陞爵の基準に係わって来るので無視はできないのだ。


 騎士爵領は村1つ以上、人口500人相当を食わせて納税義務が果たせること、防衛戦力で集落に1つ以上の大砲と打って出ることの可能なスーツ1体以上。

 スーツを扱うには魔力量500が最低必要となる。

 そうした事情から特例のケースを除き、領主は500以上の魔力持ちしかなれない。

 準男爵領は村2つ以上、人口2000人、スーツ2体もしくは下級機動騎士1機、1000以上の魔力持ち。男爵領は村3つ以上、人口4000人、下級機動騎士2機、2000以上の魔力持ちと目安になる条件が決まっている。

 そして男爵からは年金支給額が激増する。上限は年金貨10000枚と制限があるものの、当主の魔力量の2倍と同じ枚数の金貨が年金として支給されるのである。

 騎士爵は年50枚、準男爵は150枚で固定なので待遇がガラッと変わるのだ。その分義務も増えるのだけれども。


 ちなみに、特例が適用されている場合は、基本的には当主の第1夫人の魔力量が基準となる制度だ。但し、夫人が複数いる場合に第2夫人以降を指定したりや、未成年者が当主の場合に後見人制度を利用するケースもあるけれど。

 これは、男爵以上でしか実質関係ない制度であり、適用例が滅多にないため、形骸化して大半の人には忘れ去られているけれど、制度上はそうなってはいるのだった。

 そして、人口は極論を言えば0でも良い。その人数を食わせることが可能な産業を持ち、尚且つ、租税をちゃんと負担することができれば0だろうが目安の倍の人数が居ようが参考程度にしか見られない。人頭税がない故にそうなっている。

 賢者が絶対に導入するなと念を押した税が2つあり、それが人頭税と消費税に該当する物。こういう妙な所でも、ご先祖様の影響は残っているのであった。


 ゴーズ領は既に、ガンダ領を実質抱えている。だが、それをない物として考えた場合、もしも、トランザ領を合併するとその時点で準男爵の基準を完全に満たす。ゴーズ領の生産力が大きいため、村2つの条件さえ満たせば、租税の負担の部分までは問題がない。ゴーズ領の人口は1200に届こうかとしており、トランザ村の600人余を足せば2000が見えてくる。

 準男爵になればガンダ領を正式に寄子扱いできるようになるため、それを算定に入れられるようになれば男爵も目の前だ。


 年間で王国から金貨50枚が支給される現状と、4000枚が支給される男爵となれる可能性が高い状況への飛躍。

 トランザ領の合併とは、「そういう未来が直ぐそこに!」という話なのである。


「うん。トランザ領の領主さんは自分の売り時をよく理解してるって話だね。僕が使者から接触テレパスで彼らの本音が覗けるって事態はさすがに考慮していないんだろうな。本音が隠しおおせていれば、良い手だったかもしれないね」


 ラックはミシュラから報告を受けた後、逗留している使者と会い、隙を見て接触テレパスを使った。


「真の目的は塩を生産できる場所の略奪か。家の乗っ取りがその手段ってわけだ。内側に入ってから婚姻政策で血を入れて、後継ぎの権利がある子を作り出し、次代かその次の代でってのは遠大な計画だね」


 ラックやミシュラの寿命を待ち、継承権に絡める可能性にワンチャン賭けるような話ならまだましだった。

 だが、病原菌や毒を使ったゴーズ家抹殺計画が、既に使者から読み取れる時点で完全にアウトだろう。

 使者はトランザ領領主の弟で魔力持ち。ゴーズ領の乗っ取りが成功すれば兄の元で自分も騎士爵として将来、村を任せて貰える。兄弟間でそういう話が既にできあがっていたのである。


「貴方。どうされますの?」


「断った場合、武力でこの村や僕らに直接攻撃を仕掛けては来れないけど、人造湖や塩田周辺の破壊工作は検討されているね。それができるできないは別にして、破壊工作をやったからといって彼らの懐が潤う話じゃないから、その点が引っ掛かる。裏で糸を引いてる存在が居るんだろうね。残念ながらそれについては、使者が知らないようで読み取れなかった。質問を返す形で悪いんだけど、今、僕はどうすれば良いのかの答えを出せていないから、先にミシュラの考えを知りたいな。シス家が裏で動いている可能性はあるだろうか?」


 ラックはフランの知恵を借りるべきかを迷っていた。ミシュラと2人だけで対応の決断をするか、シス家で育って辺境伯側の視点があるフランを巻き込むべきか。裏に彼の家が居るのならば藪蛇やぶへびであるからだ。


「絶対にないとは言い切れませんが、可能性としては低いでしょう。理由は子供です。彼女はゴーズ家の血を引く娘のルイザを得ました。シス家がここを本気で狙うなら、彼女が男子を産むまで待つか、現時点でわたくしと貴方、わたくしが産んだ3人の子とリティシアと娘のスミンの全員を始末に掛かるか。後は『地位と金銭を引き換えに領地を譲れ』と、交渉と言う名の圧力を掛けに来るか。そんな手段を選ぶでしょうね。ですから、トランザ領を使う理由はないように思いますわね。裏で動くとしたら」


 そこまで言ったミシュラはラックの手にそっと手を重ねた。言葉に出してしまうと、誰かがそれを知ったらまずいことになるからだ。

 そして、そんな対象と言えば「それは何処か?」となると、彼女が想定していたのは、王家と東部辺境伯家だ。更に、非常に低い可能性としては、お互いの実家である2つの公爵家もあったりする。


「考えもしなかったよ。ありがとう。なら、フランを呼んで話をしてみるか」


「それでしたら、今夜はフランに任せますのでその時にでも」


 暗に接触テレパスを使った方が良いという提案だった。完全に信用するのはまだ危険。ミシュラはフランをそう見ているということなのだろう。

 実際、いざ重大事となった時に、「どちらの家の味方をするんだ?」という決断をフランに迫る事態に陥れば、彼女はシス家側に与してしまうとラックも考えている。

 始まりが家の事情での婚姻なのだから、それは仕方のないことではあるけれど。


 それはそれとして、ラックはリティシアを呼び、トランザ領について知っていることを尋ねてみた。

 彼の地はガンダ領の北側に隣接している領地であり、”多少なりとも付き合いはあっただろう”と考えての話だったのだが、彼女から出てきた情報は酷かった。具体的に「何が?」と言えば、「その内容が」である。


 トランザ領は現在、北部と西部を魔獣の領域と接している。

 以前は北部だけが接していたのだが、ずいぶん昔にゴーズ領に襲来したワームが、トランザ領の西側であり、ゴーズ領の北側にあった騎士爵領を滅ぼしてしまった。

 そして、跡地に魔獣の領域がじわじわと広がった結果、現在では西部も接してしまっているという形だ。

 リティシアからの酷かった話の内容は主に2つ。

 トランザ領の救援依頼で夫のガデルがスーツで出たことがあり、それについての謝礼が言葉のみで済まされたこと。

 2領間で約定を結んでおり、”相互で救援依頼に応える”というのがあったための救援。そして、常識として救援行為には、金銭や物品での謝礼があるのが当然であるので、態々約定にそれを明記してはいなかった。「お互いに困った時は助け合う。そういう約定だ。救援感謝する」と言葉だけで済まされて、ガデルは帰らされたことがあるというのが1つ。

 更に、西部の騎士爵領が襲われていた時、救援を出していなかったらしいというのが2つ目。

 これはトランザ村の村民がうっかり溢した言葉を、行商人が偶々耳にした情報の又聞きではあるものの、信憑性は高いと彼女は判断している。

 そして、ついでに言えばガンダ領が襲われた時、彼女の夫は救援を求める使者を出しているのだ。だが、救援は来なかった。来たのは通常であれば来るはずがない、ゴーズ領の下級機動騎士2機のみである。ちなみに、ラックも居たはずなのだが、彼女の認識の数には入れられていない。地味に活躍はしていたのだけれど!

 出した使者が戻って来ていないので、ワームに襲われてトランザ村に辿り着けていなかった可能性はある。けれども、トランザ領で始末された可能性もある。この点の真相は藪の中だ。




 ラックはリティシアからの聞き取りを済ませた後、改めて、トランザ領から来た使者に会った。そして接触テレパスを使い、確認のための質問を投げ掛けたのである。


「そういえば、今、私の妻の1人として迎えているのが、貴方の住む領のお隣の元領主夫人でしてね。その妻から聞いている話で気になっていたことがあるのですよ。で、良い機会なので1つお尋ねしたい。彼女がガンダ領の危機の時、トランザ領に救援依頼の使者を走らせたそうなのですが、戻って来ていないみたいなのですよ。何かご存じのことはありませんか?」


 彼の心の声が接触テレパスで流れ込んで来る。

 どの使者の話だ?

 直ぐに出るから先に戻ってくれと追い返した後に、後ろから襲って領内で始末した使者は何人か記憶にあるが。

 いや、これは引っ掛けか?

 時期を言わないで俺の不用意な発言を引き出そうってか?

 あぶねぇ。


「すみません。そのガンダ領の危機というのはいつの話なのですか? トランザ家は3つの領と相互救援の約定を結んでいまして、救援依頼の使者が来れば当然、戦力を送り出しています。ですが、時期がわからないと思い出しようがありません。ひょっとしてガンダ領が滅んだ時の話ですか? それがいつだったのかがわからないですけどね。気づいたら廃村状態だったので」


 完全に真っ黒の思考を読み取ったラックは、もう彼の言葉は真面に聞いてはいなかった。

 西側の領地が滅んだ時もガンダ領の時も、おそらく同じやり方をしているのだろう。


「1つ訂正して貰いましょうか。ガンダ領は滅んでいません。領主であるガンダ家当主と後見人が健在ですし、納税義務もきちんと果たされています。村は現在整備中ですが、近いうちに再入植も始まるでしょう。ああ、そうだ、ついでで興味本位の話なのですが、相互救援の約定は現在も有効なのですか? 約定を結んだ前領主のガデルさんはもう居ないわけですが」


 この時のラックは、彼のあまりの黒さに怒りを感じて、うっかりとそれを表情に出してしまった。だが、話の内容を訂正させる部分についてで怒っていると、彼に誤認して貰えたのでセーフである。相変わらず運が強い!


「申し訳ありません。廃村状態なのは以前に行商人から聞いておりまして、領が滅んだと表現してしまいました。そうですね。納税義務を果たしている領主が健在であれば、『滅んだ』と言ったのは間違いになります。失言でした。すみませんでした。それと、約定の話は当主が交代すれば結び直すのが通例ですから、自然消滅した物と考えています。それに、現実問題として、現在のガンダ村に人を走らせても出せる戦力がありませんよね? 現時点では新たに約定を結ぶ意味はないと考えます。更に付け加えると、今の案件が実現した後には無意味な話になりますから」


「そうですか。では私はガンダ領の領主後見人の立場として、1つ要求させて貰います。”ガンダ領とトランザ領の間でガデルさんが結んだ約定は全て無効とする”この内容で文書を作りますので署名をお願いします。勿論2通作ってお互いに1通を所持する形です。私も署名します」


「それは構いませんが。必要ですか? 通例で消滅していると考えられる物ですよ?」


「ああ、現在の領主の彼はまだ幼子ですからね。将来の勉強用の資料という意味合いもあるのです。特に不都合がなければご協力いただきたいな」


 なんとか使者を言いくるめて、昔の約定の無効化を確定させた。これでトランザ領がどうなろうと、もうラックの知ったことではない。話はここで終え、今夜は解散とした。

 残るはフランの考えを確認して、明日になってから使者の彼へ結論を伝えるだけである。もう内容は決まったも同然ではあるけれど。


 ラックはフランと一夜を共にし、シス家の暗躍の可能性を彼女から読み取れなかったことにホッとする。そして、トランザ領の裏側に居るかもしれない存在の可能性についての彼女の考えは、ミシュラと全く同じであった。


 こうして、ラックはトランザ領からやって来た使者が持ち込んだ領の合併話をすっぱり、きっぱり、はっきりと完璧にお断りした。


 娘が一気に4人も増えたゴーズ領の領主様。しばらくの間、領内の防備を強化しなくてはならないと、帰って行く使者を眺めながら考え込む。そんな土方親父超能力者のラックなのであった。

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