番長君は百合厨

子獅子(オレオ)

番長、会長、お嬢様

第1話 入学式

 高校の入学式が行われている体育館にて、百人を越える新入生が列を成して座っていた。


 その最前列にいる俺は背中に刺さる複数の視線を無視して自身の名前が呼ばれるのを今か今かと待ちわびる。聞く気もしない校長先生の長い挨拶が終わると間もなくしてその時がやって来た。


「校長先生、ありがとうございました。次に、新入生代表からの挨拶です。新入生代表、前へ」


 その声に「はい!」と声を張り上げつつ立ち上がり、壇上に上がるため上手側に備えられている木製の階段を一段一段踏みしめる。ギッギッと踏板が微かに軋む音の他に、先ほどまで静寂に包まれていた体育館はざわめき始めていた。


 俺の姿を初めて見る親御さんたちの声だろう。それを意に介さず、俺は壇上へと上がり先生方へ一礼すると校長先生の前で足を止め、再度一礼してから学ランの内から取り出した原稿を読んで挨拶を始める。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは聖リリウム学園高等部に入学します。本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」


「高校生になるということに、正直まだ実感は湧きませんが、辛く長かった高校受験を乗り越えてここに立てていることに安心と喜びを感じています。これまでは多くの方々の力を借りて日々を過ごしてきました。これから三年間は先輩方の背中を見ながら成長していきたいです」


「伝統ある本校の一員として、そして、として、責任ある行動を心がけていきます。校長先生を初め先生方、先輩方、どうか暖かいご指導をよろしくお願いいたします。以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます。新入生代表、非番ひつがい長次ちょうじ


 そう締め括り、再び校長先生へ一礼すると振り返り、これから学園生活を共にする同級生達へと一礼する。セーラー服に身を包んだ彼女達からの視線は奇妙な物を見る時のそれだった。


 学帽に学ランという出で立ちの大男が女子しかいない空間に居れば、そのような視線を向けられて当然だろう。


 いささか居心地が悪かった為リハーサルの時よりも少し早足で自席へと戻ると、入学式はつつがなく進行され、気付けば終わっていた。


 ――――――――


 体育館から教室に移動し、これからクラスメートの自己紹介が始まろうとしていたときだった。


 窓側の一番後ろ――男子だから、という理由でここになった――に座っている俺に後ろのドアから顔を出した教頭先生から声がかかる。


「非番くん、ちょっと私と一緒に来てもらえるかな?」

「別に構いませんが……」


 そう返事をして教頭先生の元へ向かうと、彼の顔には冷や汗が滲んでいた。やせ形で肉の薄い、少々頼りなさそうな雰囲気を醸し出す彼に先導されて廊下を進んで行くとたどり着いた先は校長室だった。


 教頭先生は恐る恐る、といった様子でドアをノックしようとするが、最初の試みは中から聞こえて来た怒声によって失敗に終わる。


「男子が入学するなぞ聞いていない!彼の両親を連れてきたまえ!」


 教頭先生はその背中から『一刻も早くここから逃げ出したい』という雰囲気を放ちながら、ようやく三回のノックに成功した。


 入ってくれ、と中から聞こえた声に従って俺たち二人はドアを開けると、そこにはふくよかで穏和な顔立ちをした校長先生と、きらびやかなドレスと貴金属のアクセサリーで着飾った夫婦が革のソファーに座っていた。


 女性の方は金髪碧眼な辺り、日本人ではないことが伺える。彼女とは対照的にオールバックにした黒髪が特徴的な夫らしき男性の眉が吊り上がっているところから、先程の怒声を発したのは彼であることが分かる。


 彼は俺の事を一目見ると、右手で対面の席を示す。座れということだろう。俺がそれに従って腰を下ろすと、待ちかねた様子で話し始めた。


「やっと本人のお出ましか。それで?君のご両親は?」

「居ません。十二の頃に勘当を言い渡されました」

「はっ、その見た目といい、さぞかし素行が悪かったのかな?それでは致し方ないが君自身に私たちからの要望を伝えよう。端的に言うと、この学校を辞めて頂けないだろうか」

「何故です?俺は試験に合格してここにいます。それも、合格ギリギリのラインではなく一位での合格ですよ?能力的に不足があるという事であれば全員不合格なのでは?」


 実際、俺が新入生代表に選ばれたのは初の男子学生だからという訳ではなく、一般入試組の中で一番成績がよかったから選ばれたのだ。俺はそれを彼に伝えるが、彼はますます怒りを露にして反論する。


「そういうことではないのだよ!ここは全国でもトップクラスの教育を受けることが出来る学校であることは確かだ。だがなぜ君はここを選んだ?他にも高度な教育を受けられる高校はあるはずなのにここを選んだ理由はなんだ?それは女子に囲まれて、あわよくば手込めにしようと思ったからではないのか!?」


 彼の言い分は全くもって正しかった。今年から共学化した元女子高、世の中の男子学生なら真っ先に飛び付くはずだ。


 そんな中、漫画に出てくるような番長の様な男が入学してきたら何をされるか気が気でないのが親心というものだろう。


 だが、俺はそんな低俗な理由でここに来たわけではない。


「つまり、うちの娘に手を出すなって事を言いたいんですか?それは杞憂ってものですよ八街やちまたさん。ティアーズ社のご令嬢に手を出す度胸なんて俺には有りませんし」


 彼の来ているスーツの胸元には、涙をかたどった金のバッチが付いている。世界有数の化粧品メーカーであるティアーズ社のエンブレムを模した物だ。


 それに、眼前の彼――八街幸玄やちまたこうげん――はそのCEOであり、つい先日もメディアにその顔を出していた。


 彼は、名乗ってもいないのに俺が自身の事を知っていた事に驚いた様子を見せると、咳をひとつして俺に告げる。


「……なかなか話が分かるじゃないか。私たちの娘に手を出さないというのであればこちらからは干渉しない。だがもし約束を違えたら……」

「分かってます。先程も言いましたがそんな大それた事をする度胸は有りませんので。それでは失礼します」


 ――――――――


 校長室を出て、来た道を引き返し教室へと向かう。後ろのドアからこっそりと自席へ戻ると、ちょうど隣の席が空席だった。


 それもそのはず、本人は教壇に立ち、今まさに自身の名前を書いていたからだ。俺が音をたてずに席へと座ると同時に、彼女はチョークを置いてこちらへと振り返る。


 ピンと背筋を伸ばしているせいもあるが、女子にしては高めの身長、強気な印象を与えるキリッとした眉、自信ありげな光を放つ青色の瞳と相まって外国の血が入っているのだろうと思わせる長い金髪。


 それは縦にしたクロワッサンのように巻いてあり、ひとつ巻くのにも相当な時間が掛かりそうだがあろうことか後ろ髪は腰までの長さを誇る6つもの巻き髪で構成されており、朝の支度はさぞかし大変であることがうかがえる。


 だが、その苦労を負うのは彼女自身ではなく、お付きのメイド達だろう。その証拠に、彼女の名前を聞くだけでそれほどの財力を持った家の生まれだと分かる。


「中等部にいらっしゃった方はご存じでしょうが、一応自己紹介致しますわ。八街明里やちまたあかり、趣味はガーデニング、音楽鑑賞。特技は―――」


 そう、彼女はよりにもよってつい先程まで『娘に手を出したら退学にする』と息巻いていた男性の娘本人なのだ。


 それから4.5人の自己紹介を経て、ついに俺の番がやって来るが、誰一人としてこちらに視線を向けるものは居ない。それどころか、忌み嫌っている雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 こんな状態では彼女どころか、まともに友達一人すら作れないだろう事は容易く想像できる。だが、俺はそれでも構わない。ここに入った理由は女友達や彼女を作る為ではないのだから。


 俺の目的はただひとつ、尊ぶべき百合を尊ぶ為にここに入ったのだ。女子同士の華やかなやり取りに男である俺の存在は不要。限りなく空気であることで、俺の目的は達成される。


 その決意をしたから、俺は誰とも結ばれないという意思を込めた非番ひつがいという名を名乗っているのだ。


 深呼吸を一つし、誰にも聞かれないであろう自己紹介を始めた。


「一般進学組の非番ひつがい長次ちょうじです。趣味は―――」


 百合を眺めることです、とは言えず、スポーツですと嘘を吐いて自己紹介は終わった。

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