その馬(仮)、先輩の彼氏らしい
水城有彩
プロローグ
夕暮れ色に染まる新築校舎の中、馬が二足歩行をしている。
……否、馬と言っては語弊ある上に馬に失礼である。正確には、ギョロっとした目が特徴の白い馬の被り物を被った男子生徒が夕日を浴びて輝く廊下を歩いている、と言った方が正しい。(男子生徒と判断した理由は、被り物をしている者がワイシャツにチェック柄の青いネクタイ、灰色のスラックス——所謂男子生徒用の制服——を身につけているからだ。)
真っ直ぐに伸びた背筋とスラリと細長い足を持つ彼は、周りからの好奇の目に晒されてもなお、堂々と歩き続けた。
馬面のまま恥じらうことなく歩くものだから、周りの者たちにはその姿が優雅にさえ見え始める錯覚まで起きていた。
頭部が馬、首から下が人間の奇妙なものを目に入れた者たちは、口々に
「馬だ……」
「え、馬……? いや、人……??」
「え、え??」
「美し、……え?」
「おそら、きれい……」
などと言葉をこぼした。
目の前の珍妙な光景に、皆一様に言語中枢をやられてしまっていたのである。
一応ここで記しておくが、馬の被り物を被った“人間”であり、馬ではない。馬ではないのだ。
歩いているだけで数多の人々の語彙を消滅させていく馬の被り物をした人は、一つの教室の扉の前で足を止めた。
そして、扉と向かい合うようにして立った。
扉に馬と人間が融合した影が写り込み、ゆらゆらと揺れている。
「文芸部」というプレートがかかった扉の向こうからは明るく賑やかな声が聞こえていた。
馬の被り物をした人は、
「ヒヒン」
と、小さく鳴いてから、戸惑いなくその扉を引いた。
オレンジ色の光が射し込んでいる、数多の本が並んだ小さな教室の中にいたのは男子一人と女子二人の計三人だけだった。三人は長机を囲むようにして並べられたパイプ椅子に座っている。
突如として現れた馬の被り物をした人に三人は各々の反応を示した。
三人のうちの一人。烏の濡れ羽色のストレートの髪を持つ、眠そうな雰囲気の童顔の少年は、現れた人物を見るなり、
「ちわ」
と、軽く頭を下げて挨拶をした。
二人目のミルクチョコレート色の肩にかかる髪を持つ少女は、言葉にならない声を上げて扉を開けた者を凝視した。
そして、三人目。紫がかった黒髪をハーフアップにし、濃い紫色の眼鏡をかけた少女は、やってきた者に気付くと口角を少し上げて言った。
「おかえりなさい、ダーリン」
「ヒヒーン!!」
眼鏡をかけた少女は馬の被り物を被った人間に向かって駆け寄り、抱きつく。馬の被り物を被った人間もお返しとばかりに少女の腰に腕を回して抱きしめた。
少女の細くて長い指が馬の被り物を被った男の腰から胸へ、胸から鎖骨あたりへ、そして、馬の被り物の上へと滑らかに滑っていく。馬の被り物にたどり着いた手は、被り物の目元を撫でた。その様子はまるで動物園のふれあいコーナーにて、馬を撫でる様子と酷似している。唯一の相違点は、メガネをかけている少女の顔は慈愛に満ちている点であろうか。
「……いやいやいやいや!! 全く状況がわかりません!!! 誰か説明してください!!!」
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