愛=愛=愛

佐武ろく

1

 いつもより冷えるある日の夜更け。

 洗濯物が一杯に入った洗濯籠を抱えた裕太は夜道を照らすコインランドリーへと来ていた。中では数ある洗濯機の内、一つだけが回っており入り口の右手には男性が一人椅子に座っていた。いつもなら無人のコインランドリー。裕太は人がいることに新鮮味を感じながらも、特別気にすることなく正面の洗濯機に洗濯物を入れ始めた。

 そして全てを入れ終えドアを閉めようと手を伸ばしたところで後方から声を掛けられた。


「落ちてるよ」


 少し低めの落ち着いた声に裕太は彼を除く唯一の客である男性の方を振り返る。その人は男性の裕太でもカッコいいと思えるような容姿をしており、クールな雰囲気がそれをより一層際立てていた。

 そんな男性が真っすぐ指差していたのは裕太の足元。その指に導かれ下を向くとそこにはショーツが一枚落ちていた。


「あっ。――ありがとうございます」


 そうお礼を言ってショーツを拾うと洗濯機に入れお金を投入。起動音の後、流れ出した大量の水が洗濯物を飲み込み始める。動き始めたのを確認した裕太は洗い終わるのを待つ為にその男性の二つ隣の椅子に腰を下ろした。二台の洗濯機の音が響く中、特にやることもない裕太はスマホを取り出し画面に視線を落とす。


「彼女?」


 すると突然、男性が一言そう話しかけてきた。急な事に吃驚してしまい返事より先に男性の方を見遣るとこちらを見る横目と目が合う。


「……あぁ、はい」

「上手くいってんの?」

「え? ――まぁそれなりには」


 その返事に男性は興味なさそうという訳ではないが鼻でふーんとと言うと脚を組んで俯いた。


「俺にも付き合ってて同棲してるやつがいるんだけどさ」


 突然、自分の話をし始めた男性に裕太は内心「何だ?」と思いはしたが話を遮ることは出来ずスマホを閉じ耳を傾けた。


「一昨日、早く帰るって言ったのに急に後輩達に飲みに誘われて。一応誘ってくれたわけだし交流も兼ねて行ったんだよ。ちょっと飲んで早めに帰ろうと思ってさ。だけど思ったより飲み過ぎちゃって気が付いたらいい時間までいて。そっから帰ったんだけど、あいつ怒ってて。浮気してたんだろとか色々言われてさ。悪いのは俺なんだけど酔ってたのもあったしつい怒っちまったんだよ。そっから喧嘩して未だに顔も合わせてくれないんだよな。今日なんて飯すら同じテーブルで食ってくれなくて」


 そして顔を上げた男性は裕太の方を見た。どこか寂しそうな表情をしながら。


「どうしたらいいと思う?」


 まさか意見を求められるとは思っていなかった裕太は少し戸惑ってしまい、その動揺は表情にもしっかりと表れていた。


「あっ。ごめん。急にこんな話して。悪かったな」

「いや。全然大丈夫ですけど……。どうしたら……んー」


 とりあえず考えてみるが別に恋愛経験が豊富な訳ではない裕太の頭にはこれといって何か名案が浮かぶことは無かった。

 だが何か一つぐらいは案を出した方がいいと思い自分ならどうするかを考えてみる。


「よく分からないですけど。やっぱり素直に謝るしかないと思いますね。その人が好きな物を買って帰ってちゃんと謝るしかなさそうですけど。自分ならまずはそうするかもしれないです。すみません。在り来たりな提案で」

「いや。そんなことない」


 少し嬉しそうに男性は首を振った。


「確かにそれしかないよな。よし。やってみる」

「仲直りできるといいですね」

「ありがとう」


 すると二人の会話を聞いていたかのように二台の内の一台が洗濯を終えた。


「それじゃあお先に」


 裕太が軽く頭を下げると男性は立ち上がり終わった洗濯物を持ってコインランドリーを後にした。そして裕太は再びスマホを取り出した。

 ――四日後。

 前回と同じ時間帯に洗濯物を持って裕太はいつものコインランドリーに来ていた。


「こんばんわ」


 そこにはあの男性がすでに椅子に座っており裕太が入って来ると笑顔で挨拶をしてきた。それに裕太も返すと洗濯物を入れ男性の二つ隣に腰を下ろす。


「なぁ、聞いてくれ」


 裕太が座るや否や男性は彼の方を向き少し弾んだ声でそう話しかけてきた。


「今日、ケーキを買ってあいつにちゃんと謝ったんだ。そしたら分かってくれたよ」


 ここへ来る途中、昨夜の事を思い出していた裕太は少しどうなったのか気になっていて丁度、訊こうか迷っていたところ。

 だが先に男性が教えてくれ、その結果を聞いて少しホッとしていた。提案した手前上手くいかなかったら、それならまだしも更に悪化でもしたらどうしようかと思ってたところだった。


「良かったですね」

「あんたのおかげだよ」

「いえ。そんな僕は大したことはしてないですよ」

「そんなことないよ。――にしても良かった。ちゃんと謝ってもう一回説明したらわかってくれて、そしたら泣き出してさ。このまま険悪なまま別れるかもって思ったらしくて」

「次からはちゃんと連絡ぐらいはした方がいいですね」

「それだけは絶対に忘れないようにする」


 するとこの日は早めに来たのか昨日より早く彼らの洗濯物は終わった。


「それじゃあお先に」


 昨日同様に裕太は軽く頭を下げ、その男性は洗濯物を取ってコインランドリーを後にした。

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