第7話 王子様のチキンレース

 レベッカもシェラザードも、荒事にはなれている。凄惨な死体もそれなりに見慣れているといってもいい。

 だがその彼女らをしても、その現場を見た時は、言葉を失った。


「救助者確保、お疲れさん。そっちのが相棒さん?

 君の相棒から話は聞いてる?第十室所属のコード0。コールネームは”無双スタンドアローン”。名前は賽河原角一。よく――」

「おい、クソナード」

「そうそう!そんな感じでクソナードとかキモオタとか――」

「――これ、どうやったんだ?」


 角一の言葉を無視して、レベッカは問う。場所は角一がレムスの特殊部隊の本隊を迎え撃った、商業区画の吹き抜け。その床一面が、血と臓物で染まっていた。

 全てレムスの特殊部隊員達の無惨な死体から零れたたものだ。

そう、零れた、だ。

それらの惨殺死体は、一つの奇妙な共通点を持っていた。

 真っ二つなのだ。

 脳天から股間にかけて、左右に真っ二つか、上半身と下半身、上下に真っ二つか。

 その断面は、まるで野菜かケーキでも切ったかのように均一で、そこからほとんど切断部以外全くの損傷が見られない臓物が、血液と共に床に広がっている。


「どうってーーーこう、能力ドライブでズバッと」

「アンタの能力――“無双スタンドアローン”ってそういうのできるなんて言ってなかったろうが!

 電波出したり、拡散したり―――」

「そっちも“無双スタンドアローン”の応用。

 こっちはまあ、確かに拡大解釈しまくりの運用方法だけど、ちゃんと“無双スタンドアローン”の能力ドライブだよ」


 平然と、まるで何事もないかのように言う角一にレベッカはさらに言い募ろうとして


「レヴィ」


 そっと、シェラザードに手を触れられ、動揺している自分に気づく。

 相棒を無事取り戻せていた高揚と、ショッキングな映像で冷静さを失っていたようだ。

 息を吐き、それから吸う。

 醒風渦巻く空気だが、それがかえってここが鉄火場であることを思い出させ、冷静さを返してくれる。


「――わりぃ。

 正直、能力の説明されても、今一よくわかんなかったからさ」

「あー、まあ気にしないでいいよ。

 流石にこれはやっといてなんだけど衝撃映像だからなあ。もっとスマートにいければいいんだけど、大分拡大解釈イクステンドした能力発動ドライビングだから、調整難しいんだよね。

 大体の状況で通じるから結構使うけど」

言い訳するように言うと、角一は手にした薄型ディスプレイを指さす。


「とりあえず、艦橋に向かおう。なんか残ってたレムスの兵士や協力者は、全力で船から逃げてるみたいだけど、一人だけ、ほら艦橋に残ってる。これが例の博士じゃね?」




  三人は作戦目標の一つである、マークス・オリバムの確保に向かうこととした。

 艦橋への移動は、レムスの部隊が使っていた車を接収して行うこととした。

 レベッカは乗っていた大型バイク。角一が車を運転し、その後部座席でシェラザードが横になっている。

 道中は平穏だった。松田が車両の認識表示を弄ったことで、自律ドローンはパス。松田が調べたところ、艦内にいるのは調査局一行を除けばマークス・オリバムだけ。避難ポッドなどの使用状況を見るに、ハイジャック犯達は全員脱出したようだ。


「KCQT推進もついてないポットでどうするつもりなんだろ、アイツら?」

『迎えのあてでもあるんじゃないッスかね?ちょっとレムスの動向、当たってみるッス』


 運転席で角一が松田に通信をつないでいる。

その後部座席、シェラザードは、車両に会った予備のヘルメットがあったので装着していた。いきなり区画ごと真空にされたり、または船体の外壁が破損したりした時に備えてだ。

 そのメットの設定を操作し、並走するレベッカに秘匿回線をつなぎ


『レヴィ。“無双スタンドアローン”の能力ドライブの詳細を教えて』

『あのさぁ、レヴィ。一応そういうのは聞かず語らずがルールよね?』

『そうね。それで、作戦前に聞いてるんでしょう?何?』


 おしとやかそうな挙措に反して、必要ならルールも常識も平気で踏みつけるのがシェラザードという女だ。特に気になること、知識欲関係ではその傾向が顕著だ。

 まあ、言いふらすようなタイプでもなし、現在はまだ作戦中。情報の共有は必要だろう。

 レベッカは言い訳気味に思ってから、はっきり答えた


『聞いたけど大体忘れた』

『レヴィ……あなたねぇ……』

『いやだってマジ聞いても今一わけわからんない能力ドライブだしさあ!

 ソッコーで理解諦めて、このポンコツ戦艦に突っ込む時、具体的に何ができて何をするかだけ聞いて済ませたのよ!』

『あなたのそういう現場主義的なトコ、嫌いではないわ。で、覚えている範囲では?』

『んー?なんてったけか? “双つで成り立つ一”ってのを、こう独り《ボッチ》にして成り立たなくする能力?ってことらしいわよ。

 そこら辺まで聞いた時点で、あっ、私には理解できない奴だ、って気づいて聞くのやめたけど』

『……そう』


 シェラザードは考える。

 角一と合流するまでにレベッカから聞いた限り、角一がその能力で行ったことは

“妨害電波で戦艦の目を晦ます”

“レーザー砲を拡散する”

“ドローン搬入用のハッチをこじ開ける”

 これだけ見れば電磁、電子系の能力。ドローンハッチを開けたのは磁力が、あるいは直接動力を操作したりか、と思わなくもない。

 だが、それだとあの惨殺死体の山に説明がつかない。電熱などで強引に焼き切った、という風ではない。遺体の傷跡に焼けた跡はなく、また人体を熱で焼き切る時は通常独特の臭気が立つ。

 磁力などの外力で無理やり引き裂いた、という可能性もある。だが、それではなぜ、縦か横に真っ二つなのかが説明がつかない。

 それこそ角一が『人を殺すには縦割りか横割りに真っ二つに限るぜヒャッハーッ!』という趣味嗜好や信念信仰を抱いている可能性もゼロではない。だがそれよりも『能力の性質上、その方法でしか殺せなかった』という可能性の方が高かろう。

 では、そうだとしてどういう能力なのか?

 双つを、独りに?

 シェラザードしばしの黙考の後


『―――わからないわね。情報が足らなすぎるわ』

『そんなに気になるなら聞いてみたら?アイツ、そういうの結構ガバな方よ』

『あら?私がいない間に、結構仲良くなったみたいね?男の趣味、変わった?』

『ハン!ジョーダン!』

『もしもーし、こちら角一。ガールズトークって奴してるっぽいとこ失敬』


 流石に何かを話していることに気づいていた角一が、通常の通信帯で割り込んできた。


「まっつんから報告が入った。なんかレムスの艦隊が、すぐそこまで迫ってるっぽい」




 3人が艦橋に入ると、禿頭の男が銃を構えて、待ち構えていた。


「フフ……まさか調査局が動いていたとはな……。やはり軍部の連中とは違いこのアマンダモーー」

「レヴィ」

「あいよ」


 

 能力発動音が二重に聞こえた。

 レベッカの“智天使”とシェラザードの能力(ドライブ)――“影踏み鬼(シャドウタッグ)”だ。

 レベッカが手元に蝋燭のような火を灯し、シェリーを背後から照らす。シェリーの影がマークスに被さった瞬間、


「ぐきぇょ」


 絞め殺された鶏か、車に挽かれたカエルかといった風な声が、マークスから絞り出された。そのまま彼はあおむけに倒れる。倒れた彼は、まるで全身が突っ張っているかのように手足を伸ばした姿勢となる。顔色はどんどん悪くなっていく。


「あー、ちょっとー?

 一応その人、できれば生かして捉えた方がいいって指令なんですがー?」

「―――まあ、このくらいでいいわ」


 シェラザードがそういうと、マークスの全身から力が抜ける。

 呼吸はあるが動きはない。気絶しているようだ。ただ、骨は幾らか俺砕けている様子だった。


「ヘッ!アタシらに上等カマしてくれた礼としては、まあこんなもんでいいだろ」

「まさかの私刑!俺ら一応公務員よ?ってか、何、今の?能力ドライブ?」

「―――“影踏みシャドウタッグ”。影と影を作っている物体の間に引力を発生させる、という能力よ」

「へー。なる――」

「範囲は私か私が触れている物の影。それに触れている物体が対象。引力の強さの最大値は、その物体が受けている光の明るさと、影の暗さの差が大きいほど強くなるわ」

「あ、うん。それ――」

「今のはその男とその男の来ている服の間の影を使ったの。宇宙服は対放射線性能のため透光性も低く作られているから、服と体の間は完全な闇、つまり深い影になっている。そこにそれぞれ体と服、両方に引力を発生させたことで締め上げたの。

 ―――これでいい?」

「アッハイ、よくわかりました」

「そう。よかったわ。ではあなたの能力ドライブについても詳しく尋ねてもいいわよね」

「えっ!?何それ!?そういう交換条件なの、これ!?」

「シェリー、あとクソナード。ちょっと後にしなさいよ」


 レベッカはコンソールの端末通信機を接続しながら嗜める。


「俺責任なくね?」

「わかりにくい変な能力してるから悪い」

「理不尽!」

『あーてすてすッス。つながったッスね』


 艦内スピーカーから松田の声がする。無事に戦艦の中枢にアクセスできたようだ。

 同時に戦艦に備え付けられたディスプレイ上に通話ログが流れ、


『うげ、マジでレムスの艦隊、こっち向かってるッスよ』

「ウッソだろ?この船がむこうの国境超えるまで、レムスの艦隊は動かないはずじゃなかったっけ?それにここ、かなり帝国に近いんだけど?」

『見た感じ、センパイらの妨害電波が切っ掛けッスね。

 定期通信が切れて、失敗したか!?ってなって、アマンダモルゴの確保に失敗したらどのみち破滅なんだから、一か八か、一縷の望みをかけて!って艦隊司令の王子様が決断した感じみたいッス。いやあ、合理的ッスねぇ。端からノーチャンな点を除けば」

「……え?王子様?」

『ッス。例の断罪(笑)王子様が艦隊指揮を執ってるらしいッス』

「マジかよ」

『しかもレムスの艦隊到着まで、あと30分って感じッスね。

 自分らのカーゴはあと1時間くらいかかりそうっすけど』

「マジかよぉ……」


 頭を抱える角一。通信を聞いていたレベッカ達も同様だ。

 国境線を超えてきたアマンダモルゴをレムスが確保するのと、緩衝領域内の、それも帝国領土のすぐ近くまで艦隊を出張らせて確保するの。その両者のそのメッセージ性、外交的な危険性は段違いだ。しかもそのレムスの艦隊を率いる王子様は、“まだ今のところは”という但し書き付ではあるが、王位継承権第一位である。


「なるほど。私たちも宇宙は終りね」

「サラッと諦めないでよシェリー!どうすりゃいいのよこれ!今から行ってその恋狂い王子ロミオぶち殺せば解決しない!?」

『詰まれたタンクローリーが一つ増えるだけじゃないッスかねえ』

『―――いいえ、ある意味正解よ』


 この状況下でも穏やかに落ち着いた声が通信に割り込んだ。


「ミツエさん?それマジ?」

『ええ、ただし賽河原くんには頑張ってもらう必要があるけれどね』

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