第2話 こうして天使はここに来た

 レベッカは角一の襟首を捕まえて、バイクの後部座席に乗せて走り出す。目的地は軌道エレベーター基部にある帝立調査局第十室の事務所だ。その道すがら、彼女は事のあらましを語る。


「マークスっていうハゲが発端よ」


 マークス・オリバム。博士号を持つ技術仕官だ。彼は優秀な技術者であり、次期主力宇宙戦艦設計計画の主任でもあった。

 しかしながら彼の作り上げた戦艦アマンダモルゴは、最終コンペにて落選。別チームの設計、製造した戦艦が次期主力と内定、量産されることとなった。

 一機、試作として作られた戦艦アマンダモルゴは、辺境の戦線に置かれ、やがて耐用年数が過ぎれば解体されるなり、武装や装甲を外され民間に払い下げら得る運命となるはずだった、が―――


「そのクソハゲはレムスの特殊部隊ゴキブリ呼び込んで、移送中のアマンダモルゴをハイジャック。今、レムスと陰陽双帝国の緩衝領域に向かって逃走中ってわけ」

「レムス王国?なんでまた?」

「なんで、ってレムス王国の連中がこんなヤバい火遊びに手を出した理由?しらないわよ!」


 レムス王国は陰陽双帝国に隣接する王制国家だ。可住惑星アースプラネット数個と数十の宇宙ステーションや閉鎖居住区画アーコロジーを設置した不可住惑星マーズプラネットで構成される小国。その背後には帝国の対立国家の一つである共和ユニオンが宗主国として存在している。ユニオンと帝国は、歴史的にも政治的にも、不倶戴天ともいうべき敵国同士だ。しかしながら現在は相互威嚇による平和を享受している。宇宙にある幾つかの強国同士が全面戦争に至った場合、最低でも両国が、最悪の場合、全宇宙全人類が破滅的な結果を迎える。この予測が現在の宇宙外交における常識だからだ。

 故に両国はトランプタワーの如き薄氷の平和を共に積み上げつつ、そのテーブルの下では精緻な気遣いに基づきながら相手のスネを蹴りあっている。だが今回のレムス王国の行いは、親分達がトランプタワーを積み上げているテーブルを、子分が下から蹴り上げたようなものだ。


「ま、それは良いとして、第四室オタクらが出張って、しかも第十室うちにヘルプ求めるって何があったのさ?確かに第四室は対軍部の内偵だけど、これ正規軍が出張る案件じゃない?」

「―――相棒が、とっ捕まったの」


 それは全くの偶然だった。


 アマンダモルゴのハイジャックは完璧に行われた。

 半自動状態で航行していたアマンダモルゴの操作系を、乗船してたマークスがバックドアプログラムにより奪取。同時にレムスの特殊部隊を呼び込む。続いて自動運行頼りで最低限しか配置されていなかった乗務員たちを排除、拘束。そのままアマンダモルゴは進路を外れ、帝国の管制が気付いた時には、すでにレムス王国に、となる予定であった―――


「たまたま、私らが近くを通りかかったのよ」


 定期的な査察任務の帰りだった。大型バイクより少し大きい程度の単身用小型クルーザーが、進路を外れ始めたアマンダモルゴを発見した。

 救難信号もなく、船体にも異常は見られない。進路変更もわずかであり、この程度の変更は稀にある。個人のレベルならば気分で、お堅い軍用艦であっても到着星系の惑星位地やデブリ状況に合わせた突入角調整のために行われる。

 だが相棒が――


「ごめん、レヴィ。ちょっと引っかかるの」


 レベッカは相棒の勘を信頼していた。相棒は自分と違い知性派で、だからこそ言葉にできない非論理的な直観といったものを重視していた。違和感や予感は、それを理論的に否定し得ないのなら、可能な限り気に留め確かめるべきだ、とかなんとか。実際それによって彼女達は間一髪の危機を乗り越えてきた。故に今回も念のために、と帝立調査局の身分を明かして進路が外れていることを伝え、運行計画の照会を求めたのだが


「あいつら、いきなり撃ってきやがった!」


 調査局にバレたと思ったのか、あるいは隠し通せないと先手を打ったのか?

 AIによる自動操作で放たれた副砲は、完全に油断していたレベッカ機に向かい、


「逃げて!レヴィ!」


 シールドを展開していた相棒の機体がその間に入り、副砲であるレーザーの直撃を受けた。

 第四局は対軍部への査察や内偵を業務としておいる。彼女達に支給されるクルーザーも、場合によっては軍と交戦する可能性を視野に設計されたものだ。

 とはいえ、単身用の小型クルーザーのシールドだ。戦艦に搭載された副砲の一撃で、コックピット周りが無事だったのは奇跡だった。

 航行機能を失った相棒の機体をおいて、レベッカは逃げた。

 離脱し、連絡し、救援を呼ぶ。それが正しい判断で、それ以外できることがなかったからだ。

 アマンダモルゴから射出されたトラクタードローンが、ほぼ全損状態の相棒の機体を回収するのを、離脱するレベッカは確かに見ていた。



 離脱したレベッカはすぐに緊急通信回線を開き軍部と、そして上司に連絡。アマンダモルゴの追跡と、相棒の奪還を願い出るも―――


「軍部も外務省もクソ室長も……!」


 ことは最新鋭の戦艦の強奪だ。駅前に放置されていた自転車が盗まれたのとは訳が違う。

 当然のように政府各組織の見解と利害が飛び出し、クラッシュした。


 当然だが、軍部はアマンダモルゴの奪還あるいは撃沈を軍部主導で行うことを表明。すぐに近隣の駐留艦隊に指示を出した。

 だが敵の天祐か計算ずくか、単騎とはいえ最新鋭戦艦を止めるだけの戦力となるとその抽出は容易ではなく、追撃の手が届くのはレムス王国と陰陽双帝国の間に横たわる緩衝領域のレムス王国側ギリギリか、場合によっては明確にレムス王国領内に踏み込む可能性があると試算された。

 その結果を受け、待ったをかけたがの外務省だ。レムス王国の背後には共和ユニオンがいる。緩衝領域までならまだしも明確にレムス王国内に艦を進めるのは、共和ユニオンとの全面戦争は帝国、ひいては宇宙の危機につながる。ここは外交的手段で穏便になんとか。というわけだ。

 もちろん軍部は反発する。最新鋭の戦艦を盗まれそれを見送ったとあっては、軍部としても、そして国家としてもメンツが立たない。必要ならば例えユニオン首星まででも進軍する、と強固に主張。そしてさらには余計なことに、担当の将校が外務省を『軟弱な売国奴である』 と強くに罵倒。

 こうなると外務省側も腹が立つ。外務省も外交のプロフェッショナルだ。戦艦アマンダモルゴを奪われ、それに対して軍事力ではなく交渉で解決を行った場合に受ける、弱腰という国際評価や国威低下については十分に理解していた。故に国境を完全に超えられた場合、帝国の軍艦がレムス王国に侵攻するというオプションも、選択しうるオプションとして考慮していた。

 だが緊急会議の場で軍部からの外務弱腰発言を受け、外務省の高官が通信会議上で


「戦艦盗まれるようなアホが国際外交に口出すんじゃねえ(意訳)」


 と反論。外交的に解決する以外の選択肢はなく、緩衝領域で捕捉できないならば軍部は奪還を断念し外務省にすべてを任せるべきだと主張。

 レベッカからの通信から15分で軍部と外務の間でちょっとした内戦状態が発生。軍務大臣と外務大臣双方が双帝と帝国宰相に対して、調査局の査察を入れることを上奏するまでに至った。


 ただし、これはあくまで外務大臣と軍務大臣のプロレスだ。両大臣とも双帝国数兆の民、数億の官僚組織の頂点に上り詰めた人物である。部下の一部がヒートアップした程度でそれにつられることはない。とはいえ頭に血が上った部下達を直接説き伏せるのも困難だ。

 そのため絶対権威者である双帝達に上奏という爆弾の衝撃と、調停局の介入の可能性という冷や水で、とりあえず部下達の熱を覚ましたというわけだ。

 もちろん、慣例や正規の手続きを飛び越えた帝への上奏など重大な問題行為であるが、最新鋭の戦艦を盗まれるなど、例えこの事件が明るみに出ないように内々に処理されたとしても、最低でも内閣解散、人事刷新は行われるだろう。どうせ切られる首ならば、有用に使おうという判断である。

 両大臣捨て身の戦術で、緩衝領域ギリギリまで軍部が追跡。アマンダモルゴがレムス王国領内に入ったら、最終判断は双陛下の聖断に従う(実質は宰相が決定する)、という妥当な、それこそ、軍部と外務の担当者が余計なことを言わなければすんなり落ち着いていたはずの結論に至った。舌禍をもたらした両省の担当者の今後のご活躍をお祈りする。

 だが覆水盆に返らず。例え水を汲み直したところで水が零れた事実も、その水を引っ掛けられた者達がいたこともなくならない。

 被害者は、帝立調査局だ。


「軍務大臣、外務大臣の査察要請に応えないことを明示するため、第四室、第八室およびその局員は行動を自粛する」


 統括である第一室の室長兼調査局総局長から、それぞれの室長を経由して、上のような通達が下った。

軍務大臣、外務大臣の査察要請はあくまでブラフであり、却下もされている。だがもしこの状況下で、軍部担当の第四室、外務担当の第八室で大きな動きやその気配があったら?

疑心は草葉の影すら怪物に変える。まして戦艦盗難という未曽有の混乱時において、その非実在の怪物の影は、どれほどの悪影響を生み出すか知れたものではない。

それを懸念したための自重要請であったが、第四室―――特に相棒を助けるためにカチコミの用意をしていたレベッカ達にとっては最悪の命令だった。


二桁ダブルナンバーの貴重な局員ではあるが、現状の事態における優先順位度と、そして君達局員自身のリスクの観点から、君たちによる奪還作戦は許可できない」


 第四室の能力者ドライバーによる強襲。高速航行が可能な調査局の小型クルーザーなら緩衝地帯の帝国よりの地域での捕捉が可能であり、それにより奪還ができるなら外交的な問題も少ない。そう論陣を張るレベッカと彼女の同僚たちの訴えは、室長に退けられた。軍部を下手に刺激するというデメリットを度外視しても、小型クルーザーで戦艦に挑みかかるのはリスクが大きい。こちらが精鋭で、相手が定員割れの半自動操縦であることを差し引いても、だ。

それでもどうにかならないか、あるいはもう命令を無視して私だけでも、とレベッカが迷った時だった。


「室長!局長から―――」


 電話があった。

 内容は次の通りだった。


 帝立調査局第十室に戦艦アマンダモルゴの破壊と、第四室所属コード+(プラス)29、シェラザード・アステラ・アミダラの救出、および反逆者マークス・オリバムの捕縛ないし殺害を命じる。

 第四室所属、コードマイナス29,レベッカ・マージンは第十室に出向。指揮下に入り協力すること。

 これは双帝陛下のご意向でもある。




「まーた局長とへーかちゃん達の無茶振りかぁ」


 バイクの後ろで角一は天を仰ぐ。背中でその動作を感じながら、レベッカは後ろに乗った男のことを考える。

 調査局は縦割り組織だ。携わる業務の内容から機密性も高く“隣室は何をする人ぞ”状態だ。だがそれでも、調査局内において腕の立つ能力者ドライバーはその名前と活躍が口の端に上る。その中でも第十室のコード0、“無双スタンドアローン”は別格で有り、そして同時に謎が多い。

 自分の能力ドライブにまつわる情報は管理の難しいものだ。知られれば致命の弱点ともなり得るが、組んで仕事をするならば、お互いにその情報を全く共有しないのは危険を呼ぶ。

 なので局内では 『なるべく他人の能力ドライブについて触れない、問わない、語らない』 という、気遣いに基づいたローカルルールが存在している。付き合いのない局員同士では、局員間で声を潜めて交わされる噂話と、コードネームにもなっている能力名が考察の数少ない手がかりだ。

 レベッカの場合、二桁ダブルナンバーであり、第四室のエースだということもあって“智天使”という炎を扱う能力であることは周知の事だ。しかし具体的な射程や威力、そして何より 「どういう法則を持った炎とそのコントロールか?」 という部分はぼかされている。知っているのは相棒を除くと、管理者である上司と組む頻度が高い同僚だけだ。

 一方でコード0、角一の能力は“無双スタンドアローン”という名前以外はほとんど知られていない。

 逸話はよく聞く。

 ビルを叩き割った、湖が消えた、宇宙ステーションの電装系を丸ごと機能不全にした、凶暴な宇宙生物を八つ裂きにした、云々。


(統一性が、ないわね)


 能力者ドライバーにつき能力ドライブは一つ。それが原則だ。

 レベッカなら炎を操り、相棒のシェラザードは影使いと呼ばれている。当然レベッカは同じ能力者ドライバーとはいえ影を利用した能力を使えないし、相棒もいくら努力したところで炎を使えない。そしてまた、影と炎の両者を使える能力者ドライバーは――あるいは間接的に影や炎をコントロールできる能力ドライブがあるかもしれないが――存在しない。


(特殊な概念系の能力ライブで、それを応用している、って感じ?)


 特殊で癖の強い能力ドライブを予想外の方法で使い応用するケースもある。同僚に球体ならば自在に回転させることができる能力ドライブを用い、磁力や電力を発生させ、雷撃使いと呼ばれている者もいる。一つの能力ドライブを極めることは、万能にすら至ることだ、とその同僚は常々嘯いている。

 後ろにいる男もそういうタイプか?

 意識を向けてみると、どうやら角一はどこかに電話に出ているようで―――


「ん、もしもし。

 ああ、準備できたのね。おーけーおーけー。じゃあ、カトレちゃんのお迎えよろしく」


 そう言って電話を切ると。


「へい!彼女!ちょっとバイクとめて!」

「いやよ」

「まさかの!?」


 今、レベッカには時間がない。

 一刻も早くこいつを連れて行き、宇宙に上がり、クソハゲが盗んだ戦艦に追いつき、相棒を救出しないといけないのだ。電話に出ないこいつを迎えに行くのに、1時間程のロスをしたのだ。


「ションベンでもしたいならそこで漏らしな。シートや私の服にミリでもつけたら殺すけど」

「それ難しくない?排尿レベルMAXとか必要じゃない?

 っていうか尿意とかじゃなくてさ!もちろんビッグなほうでもなくてさ!

仲間が迎えを出してくれるって!拾ってもらうためにちょっと止まって欲しいかなって!バイクより絶対早いし!」

「―――チッ」


 舌打ちして、バイクを路肩に留める。

 ヘリでも出すのか?とレベッカは空を見上げるが、空には雲と荷物を運搬するドローン以外何もない。

 どうするつもりか、と聞く前に


「はい、手貸して」


 返事をする前に、手を握られた。

 何のつもりかという前に、握った手を見て悲鳴を上げかけた。レベッカの手を握ったのは角一の手ではなかった。染み一つないほどに白い子供の手だ。

同時に、聞きなれた金属同士をぶつけ、こすり合わせるような音がした。

能力発動音ドライビングノイズだ。


「はい、到着」


 言われて、顔を上げるとそこは街中ではなく


「あ、どもッス、センパイ、レベッカさん」


 声をかけてきたのは、パソコンデスクに向かって座っている少年だ。

 ジャージとTシャツに、素足。椅子に座るというより体育すわりの体勢で乗っている。

 レベッカには見覚えがあった。第十室に来て、角一の行方を聞いた時に、彼の行きつけのカラオケボックスを教えてくれた、第十室所属の局員だ。


 一瞬のうちに、レベッカと角一は第十室の事務所に移動していた。

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