第18話 剣
ソレを一目見た瞬間、そのあまりの美しさに魂が吸われるかと錯覚した。長方形の硝子箱に納められた一振りの剣。するりと伸びた白銀の刀身は汚れを知らぬ乙女のような清らかさと、見るモノを魅了する娼婦のような妖艶さを兼ね備えている。
柄には華美にならない控えめでかつ上品な意匠が施され、あくまで柄ではなく刃こそが主役だという事をわきまえているようである。
「・・・・・・これがそうなの?」
「そう、これこそがこの世界の至宝、概念を切り裂く剣”ヴォーパルの剣”よ」
そう言うと女王は右足を体の前方に持ち上げる。目線がドレスのスリットからのぞく鍛え上げられた大腿筋からすらりと形よく伸びたふくろはぎ、そしてギラリと鋭くとがっている真っ赤なヒールへと移る。
「ふんっ!」
鋭いかけ声と供に勢いよく前方へ突き出される右足、いわゆるヤクザキックは神々しさすら感じられる硝子箱を一切の躊躇いも無く蹴り砕いた。
硝子の砕ける甲高い音をすまし顔で聞き流した女王は、硝子の残骸の中をツカツカと歩き出し、地面に放られたヴォーパルの剣を拾い上げる。
「ほら、持って行きなさいよ」
剣を180度回転させると、柄の部分を私に差し出した女王は、先ほどのヤクザキックなんて何でも無かったと言わんばかりにすまし顔であった。
「・・・なんともワイルドなことだね。陛下、仮にもその剣は世界の至宝なのだからもっと大切に扱うべきだと私は思いますよ」
さすがの帽子屋も動揺だ隠せないようだ。
「くだらないわ。確かにソレは世界の至宝、でも私の宝じゃない。立場上ソレを保管はしているけれど別に思い入れも何も無い、ただの剣よ」
そして見下すようにちらりと剣を一瞥する。その様子は思い入れが無いというよりは、むしろ憎しみすら感じられた。
「ほら、受け取りなさいよ早く」
女王に促され、私は恐る恐る剣を手にした。ズシリとしたその重さは不思議と手になじむようであった。
「気に入ったようだねアリス」
気に入った? 確かにそうかもしれない。帽子屋の言葉に応える間も私の視線は剣に釘付けだったのだから。
「ええ、そうね。それで、私はこの剣で何をしたらいいの」
「ふふ、決まっているじゃないか。それは剣だ、剣とは何かを打ち倒すためのモノだよ」
「つまり?」
「君に倒して欲しいのさ。終焉の竜を、この世界の災厄を。
そう、漆黒の竜ジャバウォックをね」
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