第13話 再会
うっそうと木の茂った深い森の中、ぽっかりと開けた空間に柔らかな日差しが差し込んでいる。その空間には手作りの温かみが感じられる木製の椅子が数脚と大きな長テーブルが設置され、テーブルの上には香ばしい小麦の香る焼き菓子が、可愛らしい陶器の器に盛りつけられているのだ。
「そろそろ来ると思ったよアリス」
並べられた椅子の中でも一際背の高い椅子に腰かけた燕尾服の紳士、小洒落たシルクハットと気障な仕草でちょいちょいといじる。狂った帽子屋は満面の笑みを浮かべて来客を歓迎した。
「…適当に進んだつもりなのだけれど、この世界に来てから知り合いにしかあってないわ」
「そりゃあそうさ、君がソレを望んでいるのだから」
帽子屋の言葉に私は薄く笑う。
「掛けなよアリス。今度こそ一緒に紅茶を飲もうじゃないか」
勧められるがままに腰かけた私、その目の前に帽子屋が嬉しそうな顔をしてティーカップを並べた。
艶やかな白いカップに描かれたハートの柄、そのあまりの色鮮やかさにハッとなる。帽子屋が高い位置から注いだ紅茶が、カップの底に当たって芳醇な香りを周囲にまき散らした。覚えのある、いつかの夜の濃いダージリン。
「召し上がれ」
そっとカップを持ち上げた。じんわりと掌に伝わる紅茶の温かみと、陶器の艶やかな感触が心地よい。
カップを傾け、ゆっくりと口に紅茶を流し込む。微かな苦みと共に広がる紅茶の香り、熱々の液体が喉を通り抜け、ほうと深く息を吐いた。
「どうだい私の自慢の紅茶は」
正直予想以上だった。今までちゃんとした紅茶というものを飲んだことがなかったが、こんなにも美味しいものだったのか。
「美味しかったわ、とても」
「そうか! それはよかった。よかったら茶菓子のクッキーもどうだい? これはとっても紅茶に合うんだ」
そういって笑った帽子屋の顔は、普段のうさん臭い表情とは違い、純粋に自分の自慢を褒められたことを喜ぶ子供のソレだった。
これは、前回紅茶を断ったのは悪いことをしたかもしれない。彼が何を考えているのかはわからないが、この笑顔を見る限り、紅茶に関しては一切の企みも何もなく、純粋な好意で私に勧めてくれたのだろう。
「少し、あなたの事を勘違いしていたかもしれないわね……」
「そうかい? 私はそうは思わないがね」
帽子屋はシニカルな笑みを浮かべると、ご自慢のシルクハットをさらりと撫でた。
「君が私に対してどのような印象を持っていて、どのような理由でそれが誤りであったと感じたのかは知らないが、それはおおむね正しく、そして著しく間違っている。そも、私には明確な自己という概念はなく、与えられた役割をこなすだけの現象に過ぎない。故に、君の見たままの私が私であり、それ以上の意味など持ち合わせていないのだよ」
「……よくわからないわね、結局のところあなたは何者なの?」
「私は帽子屋だよ。それ以上でも以下でもない。気障で素敵なマッドハッターさ」
帽子屋はおどけたようにそう言うと、スッと立ち上がる。
「さてアリス、私には時間が無限にあるが、君にとっては有限だ。サッサと成すべきことをするとしようか」
「成すべきこと? それは一体何かしら?」
その問いに、帽子屋はふむと頷くと、しげしげと私の姿を眺めた。
「そうだな、まずはその血だらけの服を何とかしよう」
自分の服を見下ろしてみると血で真っ赤に染まっている。この世界に落ちてきた時に負った怪我によるものか、もしくは車にはねられた時のものだろうか。
「いいけど……あなた、女性用の服なんて持ってるの?」
「いやいや、私が持っているのは女性用の帽子くらいのものさ。何せ私は帽子屋なのだから、女性用の服は当然服屋が持っている」
帽子屋は深く一礼をするとニヤリと笑った。
「さあアリス、君に相応しい衣装を用意しよう」
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