第9話 落ちる落ちる落ちる






―――落ちる落ちる落ちる落ちる。




 いや、それとも昇っているのだろうか。内臓が安定を求めて私の腹の中で反乱を起こし、脳みその中では小さな小人が暴れている。永遠に続く吐き気のするような落下の感覚。




 ふと周囲を見回すと、どうやら落ち続けているのは私だけでは無いようで、私は改めて一緒に落ち続ける同類たちに目をむける。




 かわいらしい熊のぬいぐるみ、使い古されて黒ずんだ木製の書き物机、薔薇の切り花がバラバラと……。血にまみれた絵画、原形を留めていないおもちゃ、足の折れた椅子。




 視界がぐにゃりと歪む、バラバラになった絵本ひび割れた窓ガラス奇怪な笑い声をあげる観葉植物羽ペンは踊り時計は時を刻まない…… 狂気が脳みそを侵食する狂ったような叫び声が鳴り響く わたしはだぁれ? わたしというそんざいがかきかえられているようなかんかく そう、わたしはしんだのだった






わたし   は


   わた   し   の  なまえ 








私の名前は








               アリス








落ちる落ちる落ちる。




「あは、あはははははははは」




私の口からはまるで穢れを知らぬ少女のような、純粋な笑い声が響いている。




永遠に続くかと思われた落下は突然の終わりを迎える。急に目の前に現れた地面に私は勢いよくぶつかり……ぐしゃりと全身の骨の砕ける音が鳴り響いた。




一瞬、気を失っていたのだろうか。目を覚ました私は、全身の骨が砕けて動けない現状を悟る。




「ふふ、うふふ」




 口からは何故か笑いがこみ上げてくる。不思議と痛みは気にならなかった。今の私には全身を支配する強烈な痛みすら愛おしく感じられる。




「大丈夫、すぐ動けるようになるわ」




 だから何も心配することはない。だって私はアリスなのだから……。




 ビクンッ、と痙攣するように四肢が震えた。落下の衝撃により砕けた骨がまるで意思を持っているかのように再生を始める。




 右足、左足、背骨、肋骨、両腕……全ての再生が終わったのを確認した私はそっと立ち上がる。嘘みたいに体が軽い、まるで体なんて無くなってしまったよう。




「さあ、物語を始めましょう!」




 退屈な序章は終わった。これからは私の、私だけの、私のための、サイッコーに素敵な物語が始まるのだ。


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