第6話 2次試験④


~2日目午後~


 講習を終え、昼食をとった自分たちは昨日言われたとおりストレッチをして待機していた。

 雑談で軽く時間を潰していると、時間きっかりに宗任さんがやってきた。


「おっ、皆さんちゃんと揃ってますね。フムフム、柔軟も終わっていると...それじゃあ早速ですけど本格的に訓練の方、やっていきましょうか。

 場所を変えるんでついてきてください」


 宗任さんはそういうと今日の訓練内容を話しながら、歩き出した。


「まず、初めにするのはモンスターの痕跡を探す練習っす」


「モンスターの痕跡を、ですか?」


 勝山さんから疑問の声が上がる。


「えぇ、これはどの探索者にも必須になってくる技能っすよ。モンスター討伐の訓練をいくら頑張っても、モンスターに遭えないんじゃ意味無いっすから。

 それに斥候能力がある人は何人いてもいいですしね」


 成程、と納得したようにうなずく勝山さんを視界の端にとらえて、宗任は説明を続ける。


「今日はモンスターに関する講習だったっすよね?貰った資料の中に、国内ダンジョンで多く発見されているモンスターの生態なんかが載ってたと思うっす、まぁ浅層限定ですけど。

 そのモンスター毎の生態から痕跡が残りそうなポイントを推測して探索するんすよ。例えば...」


 モンスターの痕跡について話しながら、宗任さんについていくと背の高いフェンスで囲まれた区画へと到着した。


「到着っす。ここは自衛隊の特殊建造物調査課、通称:ダンジョン課の新人がモンスターの痕跡発見の訓練に使う場所っす」


 背の高いフェンスで囲まれた先は乱立する樹木に遮られて先が全く見えない。


 視界が悪く、行動を制限されそうな障害物が多い森は確かに痕跡を探す訓練のいい練習になるかもしれないと思った。


「んじゃ、ちょっと手続きしてくるんで待っててください」


 宗任さんが手続きを終え、フェンスの内側へと足を踏み入れる。

 木の根や石で凹凸が多い地面はほんとにここが自衛隊の敷地内なのかと、思わず疑ってしまうほどだ。


 ほぇー、と田本さんが感嘆の息を漏らすのが聞こえた。


「ここはダンジョン内のモンスターの痕跡を模したものがそこかしこに設置されてるんすよ。今日はそれらについて解説しつつ、不安定な足場での移動に慣れる訓練をするっす。

 後半は自分が指定した範囲内ににある痕跡の数を自力で探すテストをしてみましょう。このテストは合格・不合格には絡んでこないんで気楽にやってください」


 そういうと、宗任さんは先導しつつ解説を始めた。


 解説は今後の探索者活動において、特に重要となる知識の一つになった。


 獣型のモンスターの生態は地球上の類似する生物に似ているため、そのあたりを考慮した痕跡の発見や、浅層で出てくる小鬼ゴブリンは集団で生活しているため複数の足跡が残りやすい等。


 訓練後半のテストでは残念ながらすべての痕跡を見つけることはできなかったが、非常に為になる内容だった。


 訓練前とは比べ物にならないほど、索敵能力が上がった実感がある。


 周囲の環境との間に生じる僅かな違和感や生態上必須となる行動に対しての推測など、教えられなければ分からなかったであろう索敵のコツの数々。


 また、不安定な足場での移動にも徐々にではあるが慣れてきた。


 田本さんや勝山さんも最初は移動だけで一杯一杯といった様子だったが、後半にはしっかり索敵に集中できていた。


「よし、じゃあ今回はこんなもんっすね。3人とも見違えるように索敵能力が上がったっすね。教える方としても鼻が高いっすよ」


 宗任さんはカラカラと爽やかに笑って今日の訓練を締めくくる。


「あの...」


 その様子に疑問を持った勝山さんが声をあげる。


「今日は走らないんですか?昨日はあれだけ走ったから、今日もそうなると思っていたんですけど...」


 確かに昨日に比べれば、肉体的にも精神的にも疲労は気にするほどでもない。

昨日の厳しさとのギャップに勝山さんも戸惑っている様子だった。


「あぁ、昨日のヤツっすね。あれはどっちかって言うと効率的な身体の動かし方を知って貰うのが目的でしたからね。効果的なトレーニングとはいえ、1日2日で覚えられるようなものでもないですから走りたいなら走ってもいいっすよ」


 ニヤニヤしながら宗任さんが言う。


「いや..その...」


 昨日の地獄を思い出し、勝山さんはしどろもどろになってしまう。

田本さんに至っては青い顔をしていた。


「あはは、冗談っすよ!でも効率のいい体の動かし方は体力の温存にもつながりますし、2次試験が終わった後にでも習慣にするといいっすよ」


 宗任さんの言葉にホッと胸をなでおろす2人。


 「...まぁ明日からは本格的に戦闘訓練をしていく予定なので今日は身体を休めて欲しいってのがホントのところっすけどね」


戦闘訓練


 その言葉に紫苑の背筋が無意識に伸びる。

田本さんと勝山さんも真剣な表情で耳を傾けている。


「明日は第2演習場に集合してください。まずは武器選びから、その後は戦闘指南っす。残り5日、ここからの午後訓練はほぼ全てが戦闘訓練になるっす」


 紫苑には宗任の眼に鋭い光が宿っているように感じた。


「ま、明日からのお楽しみってことで、今日は解散しましょうか」


 それは一瞬のことで、ともすれば幻かと思うほどにあっけないものだったが、その場の3人ともが確信した。


 あぁ、これは明日からヤバいな、と。



#####



 翌日からは飛ぶように時間が過ぎていった。


「今日は遺物について解説する。遺物とは魔石やモンスターの素材、ダンジョン産の天然資源以外の物質の総称のことでダンジョン内では基本的に秘匿された場所にあることが多い。

 隠し部屋であったり洞窟の奥であったりな。代表例を挙げるなら、治療薬ポーションなどだな。その他にも――――。」


 3日目の午前講習では遺物と呼ばれる超常の物について解説された。


 怪我を即座に治す神秘の薬や人類に魔法を授ける不可思議な果実。


 その他、現在発見されているメジャーな遺物についての説明に受験者たちは穴が空くほどスクリーンを凝視し、心を震わせた。


 3日目からの午後の訓練は苛烈極まりないものだった。


 それぞれの手になじむ武器を見つけた後はひたすらに実戦。訓練用の木製とはいえ、出来る限り重量を本物に近づけるために中には鉄芯が入っている。


「武器はしっかり握って!大神君!武器に体が振り回されてる!」


「っはい!」


 当たれば打撲や打ち身は必至で、反撃の為に振るうにしても武器の重量に振り回されることもしばしば。


 宗任さんは手加減など知らぬとばかりに技術や筋力を総動員して襲ってくる。

田本さんなどは訓練後には必ずグロッキーになってしまうほどだった。


 3日目以降は講習や食堂で会う他の受験者たちの様子もかなり変わってきた。


 ワイワイと騒いでいた人たちも訓練後にはぐったりとしていて、黙々と食事をしていた。

 そんな日々が5日続き、紫苑たちはようやく過酷な訓練課程を修了した。


 最後の訓練の後、宗任さんから明後日から始まる実践演習についての連絡があった。


「1週間、お疲れさまでしたっす。明日はゆっくり休んで明後日からの実践に備えてください。

 明日の午後に自衛隊の予備の装備の中から3日間の装備を自分で選んで貰います。

 明後日は各班ごとに時間をずらしてダンジョンに侵入することになるっすね。

 うちの班は11時に探索を開始するので10時には第1駐車場にいてください。実践中の課題については当日お知らせするっすよ。」


息を整えながら、装備について考える。


(...3日間の装備、必要なのは食料と水、それから――――)


「最後に」


 宗任さんの言葉に思考の渦から抜け出して目線を戻す。


「よく自分の訓練を乗り切ってくれました。訓練期間が短くて詰め込みに詰め込んだ訓練内容だったんすけど、最後までついてきてくれてありがとうございました。明後日からの実践、今日までの訓練に比べたらへでもねぇっすよ」


 ニカッ!と笑ってそう口にする宗任さんの言葉に肩に入っていた力が抜けた。


「こちらこそありがとうございました。担当があなたでよかったです」


 宗任さんの言葉を聞いて、明後日からの実践のことを考えても肩に力が入ることは無くなった。


 1週間のスパルタ訓練に耐え抜き、あと少し。あと少しでようやくスタートラインに立てる。



(ここまで必死に食らいついてきたんだ、大丈夫。みはるの為にも合格しよう)



#####



 その日の夜、受験生が疲れからぐっすりと眠りについた後、今回の試験を担当している自衛官が一堂に会していた。


「一先ず、1週間お疲れ様。明後日からの実践も死人が出ないように各自、気を引き締めてくれ。それでは、今回の受験者について現時点での見込みを教えてくれ。原田から頼む」


「はい、自分が担当している班は――――」


 会議は続く。

 どの自衛官もおおよそ、今回の受験者には好感触を覚えていた。

会議が俄かに盛り上がったのは、宗任の話に差し掛かった時だった。


「宗任の班は確か...」


「はい、最年少の大神君がいるっす」


 あぁ、あの子か、といった声がそこかしこで上がる。


 新人育成を担当する自衛官はダンジョン探索において、初期の頃からダンジョンに侵入し生き残っている強者つわものがローテーションで担当している。


 つまり、世界で最も早くからダンジョンに精通している者たちだ。


 そんな彼らからすると、中学生でダンジョンに潜ろうとするなど正気の沙汰じゃない。ダンジョン発生時のように世間はダンジョンに対して浮かれてなどいない。


 むしろ、ダンジョンからモンスターがあふれ出す暴走事件スタンピードが起こってからは一般人はダンジョンに近寄ることすらなくなった。


「その子、スタンピードの現場にいたのよね?」


 紫苑については、というよりも受験者は素行調査の為に経歴などがある程度調べられている。


 その中で、紫苑が暴走事件スタンピードに巻き込まれた被害者であることも調べられていた。


 あの惨状を目の当たりにしているのなら、尚のことダンジョンとの関わりを持とうとは思わないはずだ。


 常識的に考えれば。


「彼はダンジョンについて何と言ってるんだ?」


 笠松は直接の指導をしている宗任に紫苑がどう考えているのかを聞いてみた。


「んー、あんまり気にした様子は無いっすね。直接聞いてみたこともあるんすけど特に恐怖心が強いわけでもなさそうっす。

 あとは実践中にどうなるか次第ってところっすね。1週間の経過を見る限り、中々の逸材っすよ。自分のしごきにあそこまで応えられる一般人は中々見ないっすから。

 そういう意味では他の二人もいい感じっす」


 紫苑の精神的な面は気になるが、当日にならないとどうなるか分からないので保留となった。

 その後も会議は続き、夜は更けていった。



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