第2話 準備
みはると楓さんに相談した翌日からは学校を休み、探索者になるための準備をコツコツ進めていた。
休学扱いとなるように学校に連絡を入れてくれた楓さんにはやっぱり頭が上がらない。
生活に余裕が持てるようになったら、必ず何かしらの形で恩を返そうと改めて決心した。
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探索者として正式にダンジョンに潜るためには2年前に新設された迷宮省の直轄組織『探索者協会』で探索者として登録を済ませなければならない。
登録の為には協会が定期的に設けている筆記の1次試験に合格し、そのうえで自衛隊主導のもと1週間の座学・訓練と2次試験である3日間の実践を経て担当の自衛官から合格を認められた場合のみ登録証を発行してもらえる。
1次試験は時事問題やダンジョンに関する一般教養、それも初歩も初歩の内容程度で特に難しいというわけではないようだ。
しかし、反対に2次試験は辞退する人も多いと噂程度に聞いたことはある。
やはり命のやり取りをする職業なわけなので適性が無い人は2次試験最後の実践演習で精神的に参ってしまうらしい。
書店で見つけた参考になりそうな本を読んだり、体力づくりや柔軟をして1次試験やその先の2次試験に備える生活を送る日々。
1回目の受験ということもあり勝手が分からず不安は積もるばかりだった。
ただ休学しているため家にいる時間が極端に増え、みはるの機嫌がすこぶる良くなったのは嬉しい誤算だった。
時間は飛ぶように過ぎ去る。
木々が紅黄に染まり空気が乾燥し秋の訪れを肌で感じる頃、1次試験の日がやってきた。
「...そこまで。回答をやめてください」
やはり前評判通り1次試験は一般教養の確認の面が強かったようで特に気になるような点は無かった。
ダンジョンは出現から10年が経つ今でも新たな発見が日夜続いているような場所だ。
ダンジョンがもつ可能性を考えれば探索者は多ければ多いほどいい。
だから政府としては試験の難易度をあまり上げるつもりはないのではないか?というのがネットで調べた1次試験の難易度の理由だった。
1次試験は心配しなくても大丈夫だろう。
それよりも、試験の前後で感じた無遠慮な視線が煩わしかった。
ダンジョンについてその危険度が世間に浸透してきた今の時代、未成年の探索者試験の受験というのは違法ではなくとも一般的に見て異質なものには変わりないらしい。
なんで子供がこんなところに?という驚きや呆れ、あるいは家庭環境を邪推するかのような侮蔑や憐れみを含んだ視線を感じた。
今後も探索者をやっていくうえで、ああいった視線を向けられることは多々あるだろう。
そう思うと、探索者にもなってない内から先行きの怪しさを感じさせる今回の試験は紫苑に深い溜め息を零させるには十分だった。
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「ただいま」
1次試験が終わり、多少の精神的疲労を残しながら帰宅すると、靴がいつもより一足多いことに気づく。
「おかえりなさい!」
といつもの調子で突っ込んでくるみはるをしっかりと抱きとめると、その後ろからみはると同じくらいの背丈の少女が姿を現した。
「おかえりなさい、お兄さん。お邪魔してます」
「やっぱりみさきちゃんか、来てたんだね」
肩甲骨のあたりまで伸ばした黒髪はしっとりとした光沢を放ち、こちらを見上げる瞳には子供らしくない理知的な光を宿している。
みはるの親友でよく互いの家に泊まり込みで遊ぶくらい仲がいい。
ペコリと頭を下げた少女はやや気だるげで物静かな印象を見た人に与えるが、見た目の印象とは裏腹に自分の興味がある分野に関してはかなり熱心に行動する娘だ。
時間を確認すると、そろそろ夕飯の時間だ。みさきちゃんに夕飯について聞いてみる。
「みさきちゃんは夕飯どうするの?食べていくなら――「食べます。今日も帰りが遅くなるってママ言ってましたから」
「ん、分かった。じゃあ準備するから」
食い気味に返されたのには少々驚いたが、まぁそれだけお腹が空いていたのだろう。育ち盛りだしな。
「みはるも手伝うよ!」
「いや、みさきちゃんとゆっくりしてな。すぐ終わらせるから」
は~い、と返事をすると二人はリビングでテレビを見ながらくつろぎ始めた。
さて、と一息ついて料理に取り掛かる。
手料理を振る舞うのは、今回が初めてではない。
みさきちゃんの家庭は共働きで夜も遅いことが多く彼女のご両親にお願いされることもしばしばあるため、夕食を共にする機会は割と多い。
(まずは下準備から...)
紫苑は手早く調理に取り掛かった。
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side:一条 美咲
お兄さんが料理に取り掛かった頃、私とみはるはガールズトークに花を咲かせていた。
「お兄さんの手料理食べられるとかラッキー♪」
上機嫌に呟く私に対してみはるがジト目を向けてくる。
「...最初からそのつもりだったくせに」
親友の呟きに私はバレたか、と笑って返す。
お兄さんは器用で要領が良い。
そのため何事に対してもそれなり以上の結果を出すことが出来る。
まぁ、みはるや二人の叔母の楓さんが関与しないことは必要最低限しかやらないんだけど...
そんな家族大好き人間のお兄さんが家族の為に毎日作っている料理はめちゃくちゃ美味しい。
口に出したことはないけどお母さんよりも断然美味しいと思ってる。
「まぁまぁ、いいじゃん。みはるは毎日お兄さんの料理を食べられて幸せだねぇ」
私のからかい混じりの言葉に大した反応を見せず、みはるは真剣な表情で唐突に話題を切り出した。
「...お兄ちゃん、探索者になるんだって」
「え?」
あまりに唐突な話の切り出しとその内容に数秒沈黙してしまった。
「...そうなんだ。お兄さん器用でいろいろ出来るから大丈夫だと思うけど...やっぱり心配?」
「うん...お兄ちゃんね、最近夜中によく通帳見たり電卓でいろんな計算してるの。
だから多分、探索者になろうと思ったのって私のせいでもあるんじゃないかなって」
たぶん間違ってないと思った。
(お兄さんの行動原理の9割はみはるの為だもんなぁ)
以前紫苑に相談されたことがある。自分はみはるの親代わりが出来ているだろうかと。
正直、私に話されても...と思わなくもなかったけど。
まぁ、それだけ信頼されているってことだろう。
自分のことは全く重視しないくせに妹のこととなると態度が一変するその姿に出会った当初から呆れ果てたものだ。
(...あのシスコンめ)
『もし、みはるが困っている時はどうか力になってあげてほしい』
みはるの両親が亡くなってお葬式で会った時に今にも消えてしまいそうな薄い笑顔でそういわれたことを思い出す。
「...お兄さんならきっと大丈夫だよ。
それにみはるが落ち込んでる方がお兄さん的にも不安なんじゃない?」
「...そうだね。ありがと、みさきちゃん。なんか元気出てきた」
みはるの笑顔を見てみさきもホッとする。
ダンジョンは世間に広く認知されるようになったが、それは危険が減る理由にはならない。
毎年死傷者の数は多いし、まだまだ新しい話題に事欠かない。
それでもきっとお兄さんなら大丈夫だろう。
何の根拠もなく、そう思った。
あるいはそう思うことで不安から目をそらしたかったのかもしれない。
「おーい、ご飯できたよー」
私たちを呼ぶお兄さんの声が聞こえる。
すでにリビングまで美味しそうな匂いが漂ってきていた。
どちらともなくクゥ、と鳴るお腹に私たちは可笑しくなって笑いながら食卓へと向かった。
「行こ!」
「うん」
夕食は非常に美味しく、やっぱりずるいなぁと親友を羨ましく思う。
3人で夕食を終え、団らんに興じているといい時間になったので二人に家まで送ってもらった。
明日は平日だったからその後は大人しく眠りについた。
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