残業ナウin地獄

あるあお

第1話 入国管理局


 地上界から取り寄せたモンエナとレッドプルを飲み干し、空き缶を捨てようとゴミ箱へ行く。だが、ゴミ箱に空き容量はなく、溢れ出た空き缶が周囲にズラリと並べられていた。

 そんな惨状であるが、誰一人としてそれを咎める余裕はない。もちろん、片付ける余裕もない。

 私はため息を一つ吐き、持っていた空き缶を乱立するゴミ山の一画にそっと置いた。


 事務所のフロアからは栄養ドリンクの甘ったるい香りと、淀んだ空気が漂う。

 下界の「就職したい会社ランキング」で常に上位にある入国管理局。その中でも花形部署である入国審査部門のフロアは、広告用にとビジュアルも重視し、お洒落な間接照明が用いられていた。だが、そのお洒落な間接照明ですらも、漂う淀んだ空気に抗えず、今では地獄の最下層のような雰囲気がフロア全体に広がっていた。

 

 若い女性がする仕草ではないが、コキゴキッ、と肩と首を鳴らし、自席へ戻る。隣席の同僚は精魂尽き果てたのか、書類の束に顔面を乗せ、夢の世界へ旅立っていた。

 チラリと時計を見れば、地上界時刻で深夜の3時を回ったところだ。そのまま首を巡らし、課長の座る席を見れば、血走った目で書類に印鑑を押している様子が伺える。彼の机の横には、大量の書類が山のように積まれていた。まだまだ仕事が終わる気配はない。


「……はぁ。早く収まってくれると良いわね」


 机の引き出しから櫛と布を取り出し、脂により湿り気を帯び始めた髪を梳かす。そして自慢の角を布で磨き、シワの寄ってきたスーツもそれとなく整えた。長時間労働により疲弊しているのは分かっているが、それでもサキュバスとして、自身の身嗜みだけはどんな時でも整えておきたい。

 

 私は両手で自分の顔を挟み、ほっぺをムニムニと動かして表情筋を解す。そして「よし」と小さく呟いて、机の上に積み上がった書類の一つを手に取った。

 

 最近、地上界では死者が増加する何かが起きているのか、天界、下界ともに、入国者数が増大。どこもかしこも流入する大量の人に対応が間に合わず、てんやわんやの大騒ぎとなっていた。

 この入国管理局はその煽りを最も大きく受ける場所であり、処理能力を明らかに上回る入国者の対応に四苦八苦どころか、魑魅魍魎の手も借りたいほどに人手が足りてない。

 フロアの至る所に急遽事務机が置かれ、他部署からの応援要員まで集めているが、それでも間に合っていないのだから、入国者数の増大が如何に多いかを物語っている。


「さて。次の書類は――」


 私の仕事は、まだまだ続きそうだ。

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