フィジカル×マジック
白川黒木
第1話 東の果てより来たり
朝もやけぶる山奥。
ようやっと、東の地平線より日が昇って世界が目覚め始める頃
パカーン…………パカーン…………
と、小気味よい音が山の斜面に反響した。
音の出所は、山の中腹辺りに設けられた一件の木造平屋。広々とした庭と、それから畑が設けられ、その近くには土蔵も確認できる。
更に更に近づいて、音の出所を探ればそれは土蔵脇のスペースから聞こえてくるようだった。
「スー……フッ」
軽く息を吸い込んでから放たれる手刀。
常人の目には、残像が辛うじて見えるかどうかの速度で振り下ろされるその先は地面に直接置かれた一抱え程もある丸太。
高さ四十センチほどの丸太に振り下ろされた手刀は、その抵抗を一切許すことなく文字通り、一刀両断。
これを成したのは、薪の前に膝を付いた十代半ば程の一人の黒髪黒目の少年だった。
炭色の着物を身に纏い、留めるのは腰に巻かれた一本の荒縄。加えて、惜しげもなく晒された上半身は細身ではあるが、同時に筋肉の細かな陰影が第三者にもハッキリと見えるほどに引き締まり鍛え上げられたもの。
今、少年が行っているのは日課の薪割り。本来ならば、斧や鉈を用いる所だがその辺りは、彼自身のアレンジ。
一定のペースで薪が量産される事、凡そ三十分。
気付けば、少年が立ち上がった時と同程度の高さの薪の山が出来上がっていた。
この山を彼は手慣れた様子で一束程度ずつで纏めて縄で括り、土蔵脇に設けられた屋根のある乾燥棚へと収めていく。
冬に向けての貯えというモノは早めに始めるに越した事はない。それも、人里から遠く離れた山奥であるならば猶の事。
次の仕事へと取り掛かろう。少年が、手を払ってこの後の予定を頭の中で組み立てていると、不意に母屋の方から引きずる様な音がした。
そちらでは、固く閉じられていた木製の雨戸が開かれており、姿を見せたのは白髪の老人。
「おおーい、凛太郎ー。朝飯が出来たから戻ってこーい」
「おん?あいよー」
老人の声に片手を挙げて、彼は応える。同時に、腹の虫が少し鳴き空腹も覚えていた。
ゆったりとした足取りで下駄を鳴らして向かうのは、老人の開けた縁側、ではなく裏戸のある厨。正確にはその近くに掘られた井戸。
太縄の括られた釣瓶を落とし、水面に落ちたのを音で確認。少し間を置いて、右手一本で一気に引き上げる。
跳ねるように昇ってきた釣瓶。井戸の口から吹っ飛ぶ前に左手で持ち手部分をキャッチし、井戸の石壁に立て掛けられていた盥へと中の水を流しいれた。
とっぷり溜まった冷水。手を突っ込んで雑に洗う。ついでに、空になった釣瓶はもう一度井戸の中へとGO。
盥の中の水をそこらに捨てて、再度引き上げた釣瓶を片手に今度こそ厨に設けられた裏口から家の中へ。
そこに立つのは、先程の老人だ。
「おう、凛太郎。水汲んできたか」
「ここにあるぞ、ジジイ」
竈の前に陣取って味噌汁の味を見ている老人に、水たんまり入った釣瓶を見せるように振る。
「なら、配膳しとけ」
ろくに見もせずに、老人は追い払うように手を振った。ただ、別に邪険にされている訳では無い。元々、老人自身愛想がいい訳では無いのだ。
少年も特に何かを言う事無く、竈の側に置かれていた蓋の乗せられたお櫃とそれからその上に茶碗を二つにしゃもじを乗せて、下駄を脱いで上がり
六畳ほどの畳張りの部屋。その中央に置かれているのはちゃぶ台。
適当にその天板の上に乗った埃を手で払って、中央にお櫃とそれからしゃもじ。対角線上になる様にそれぞれの端にひっくり返した茶碗を置いた。
再び厨へと戻っていく少年と入れ替わる様にして、老人が上がり框を登ってくる。
特別何かが起きる事も無く用意された朝食。
白いご飯に、味噌汁、焼き魚に、青菜のおひたし。それらが乗ったちゃぶ台を挟む様にして座れば、朝のスタイルの完成だ。
「いただきます」
両手を合わせて一礼。
「凛太郎、薪割りは終わったか?」
「七割って所じゃないか?秋の半ばには終わるぞ」
「そうか……なら、今日は稽古を――――む?」
今日の予定を簡単に決めようとしてた所で、老人は何かに気付いた。少年も同じく気付いたのか加えた米を咀嚼しながらちゃぶ台の中央、その上の空間へと視線を向けた。
変化は、劇的。突然、まるでその場にフラッシュでも焚かれたかのような光が部屋の内側を走り、現れるのは一通の封筒。
突然の事に目を丸くする少年だが、その一方で老人は眉根を寄せて箸を茶碗の上において封筒を摘まみ上げた。
両面、無地。宛名はおろか、送り主の名前すらも書かれてはいない。
代わりに封をしている、封蝋に六角の星を模した紋章が刻まれており、これがある意味での名刺代わりでもあった。
「…………」
渋い顔、と言うのは正にこういうものだろう。少なくとも、少年は老人のそういう顔を見た事が殆ど無かった。
「ジジイ?」
「…………ふーむ……これも、因果というモノか」
「急にボケたか?ぶべっ!?」
勝手な事を言っていた少年の眉間に箸置きがクリーンヒット。
場所が場所だからか、若干涙目になりながら恨みがましく老人を睨みつつ、赤くなった部位を擦る彼だがその目の前に先の封筒が差し出される。
「お前にだ、凛太郎」
「俺に?………ジジイじゃないのか?何か――――」
「これに関しては、知っている。じゃが、儂宛ではないな」
含みのある言葉に首を傾げる、が封筒を引き戻されないところを見るに受け取るしかないらしく、疑問そのままに少年は受け取った。
その瞬間、封筒の表面に黒い線が幾つも駆け抜ける。
『アールスノヴァ魔導学院 入学許可証』
浮かびあがった文字は、美しい筆記体でそう書かれていた。
「あーるすのば……?まどーがくいん?」
表面に目を通した少年は、筆記体など知る由も無いのだが何故だか読めた。もっとも、意味は理解できていないが。
裏返せば、固まっていた筈の封蝋がゆるりと軟らかく虚空へと解けて消えていき、同時に封筒が勝手に開かれた。
中から飛び出してくるのは、三つ折りにされていた一枚の紙。
『拝啓
この度は、知恵の泉・ミーミルの宣告により、貴殿への入学許可が発行される運びと相成りました
後日、制服並びに教科書類の発送を行います
その他必要物は、裏面の備考をご確認ください
貴方の御入学を、心よりお待ちしております
学院長 アイフ・モリアン』
一通り目を通して少年、蹴速凛太郎は顔を上げて老人へと視線を向けた。
「…………どういう事だ?」
「書かれたままだろう。お前は、今年の秋からその学校へと通う事になる」
味噌汁を啜り、老人は肩を竦める。先ほどの陰のある雰囲気はいつの間にか払拭されていた。
しかし、凛太郎の疑問は尽きない。
「学校……?それってアレだろ、街にある勉強する場所」
「そこは違う。
「…………何で、ジジイはそんなに詳しいんだよ」
「お前の親父がそこに行ったからだ」
「…………は?」
目を点にする凛太郎。
彼の両親は、既に鬼籍に入っている。母親は、彼が生まれると同時に。父親は、彼が物心つく少し前に。
それ以降、この老人の下で人間文化から離れた様な生活を続けていた。
そんな生活の中でも、両親の話題は余り上がった事はない。
凛太郎自身が、何となく触れてはいけない事なのだろう、と言わなかったのもあるが、老人は老人で話題とする事が無かったから。
だからこそ、思わぬ情報に固まった。
「魔力を持つ人間は、時々生まれる。親の資質は関係ないらしい。儂にも無いからな。その学院は、寮生活だ。準備はしておけ」
「ちょ、ちょっと待てよ!急に言われても……それに、勝手に入学何て――――」
「
そこで、話は終わりなのか老人はさっさと自分の分を食べ終えて一纏めにすると厨へと向かってしまった。
残されるのは、呆然と突然届いた入学許可証を見つめる凛太郎と、すっかり湯気も収まり冷たくなり始めた朝食だけだ。
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