第五十三集 霧中の開戦
それを迎え撃つ涼州軍は何とか
当然ながら馬超の耳にも祁山砦建築の話は入っていたが、漢中からの補給と武都氐の援軍を以って、急造の砦など一気に穿ち抜いてやると言う心持ちであった。
そんな馬超の同盟相手でもある
祁山があるのは、正に彼ら武都氐の庭とも言える武都郡であり、その援軍の有無は馬超軍の戦力に大きく関わってしまう。
あくまでも涼州軍の卑劣な策略であったと武都氐を説得する為、
援軍を連れて後から合流するという手筈である。
だがそれは、馬超軍と涼州軍、祁山で向かい合った両軍が、共に後続の援軍を待つという状況となり、先に援軍を得た方が相手の援軍到来前に勝負を決められるかという、大きな賭けのような形になってしまったのである。
そんな馬超に対し、道士である
「何か策があるのか?」
そう訊いた馬超に対し、紅顔白髪の道士は不敵な笑みを浮かべて応える。
「私とて道士の端くれ。策というより、術ですな」
対する祁山砦には、
いつもは後方に待機する
その娘である
他の者たちは本拠地である
体調の優れぬ
未だ援軍の姿は見えないが、恐らくは今日明日には続々と集うであろう。だが馬超軍の進行はそれよりも早く、恐らくは今日にも到着し、最前線である祁山では戦いが始まるはずである。
その日の祁山周辺は、早朝から深い霧に包まれていた。
山岳地帯であり、現在は冷え込む時期である以上、霧自体は珍しい物では無かったが、その霧が一向に消えぬまま、歴城から祁山に向かった伝令が途絶え、誰一人として戻ってこない。
そのような報告が冀城に届いたのは、既に日が傾きかけていた頃の事である。
報告を聞いた緑風子は、即座にそれが鍾離灼の仕掛けた道術であると悟り、冀城で後方を守っていた
道術によって発生させられた霧は人を迷わせる結界のような物なのだ。
それは緑風子や鍾離灼の属する
余談であるが、手がかりがつかめず見通しが立たない事を指す「
この十数年後に
陣の詳細は定かではないが、それもやはりそうした道術の応用であり、対してそれを破った呉の
いずれにしても、道術の知識が無い素人が下手に迷い込めば、ただ迷ってしまうのみで誰も帰ってこれない。
尹奉が西城や歴城に早馬を出し伝令を止めさせると、緑風子は自分が破ると言って単身で向かう事にしたのである。
霧の正体が道術であると分かった以上、道士に任せるのが得策であるとして尹奉も特に止めるでもなく、丁寧に拱手をして逆に願い出るほどであった。祁山で孤立する友人たちの為に。
そんな緑風子が芦毛の愛馬に跨って出発しようとする頃には、既に日も暮れ夜となっていた。
まだ本調子ではないが動けるようになっていた呼狐澹が彼に同行を申し出ると、緑風子はいつもの笑顔で止めた。
「敵もまた道士で、その術を破る以上は独りの方が良いんだよ。それにこれは僕の因縁だしね。
黙って頷く呼狐澹だったのだが、単騎で駆け出す緑風子の後姿を、なおも心配そうな瞳で見送った。これを最後にもう会えない。理由は分からないが、不思議とそんな予感がしていたからである。
そんな霧に包まれている祁山砦でも、やはり混乱は起こっていた。谷間に発生した霧が朝からずっと晴れる事もなく、歴城からの伝令も来ず、向かわせた伝令も帰ってきていない。
しかも城壁を境とするように漢中側は綺麗に晴れ渡っているのも、あまりに不自然と言えた。
不穏な物を感じた趙英が、自らが歴城に向かおうかと趙昂に申し出る場面もあったが、いつ馬超軍が到来するか分からぬ現状もあり、ここは様子を見るべきという事で落ち着いた。
「これが道術の類だとしても、冀城に緑風道士がいるのだ。お前はただ友人を信じていればいい」
そう言って笑みを浮かべ、焦燥する娘の肩を叩いた趙昂。そんな父の気遣いに黙って頷く趙英であった。
馬超軍が姿を見せたのは、その直後の事である。
既に日が沈みかけていた事もあり、すっかりと暗くなった谷間に、山道から松明の明かりが次々と現れ広がっていく。
祁山砦に対して半里(二百メートル強)ほどの距離を取って展開した馬超軍。その頃には既に夜となっていた。
総攻撃は朝を待ってから行うにしても、弓の一斉射は勿論の事、城壁内への侵入なども含め、兵士を交代で休ませながら夜の間も断続的に攻撃を仕掛けていく馬超軍。
背後に霧の存在がある以上、迂闊に攻めかかる事も出来ず防戦一方な涼州軍であるが、その霧の存在を既に把握している馬超はあえて敵の疲弊を狙ったのである。
例え牽制と言えど敵がいつ攻め来るか分からない祁山砦では、常に気を緩めずに警戒していなければならない。対する馬超軍は反撃をほとんど受ける事なく、好きな時期に一方的に攻められるのである。
肉体的にも精神的にも、将兵の疲労が蓄積するのはどちらの方か火を見るより明らかであろう。
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