第二十四集 次なる一手
「
表向きは酒盛りと称して趙家を訪れた
曰く、
馬超は始め問答無用に使者を切り殺して首を送り返そうとしたそうだが、その場にいた楊阜が止めに入って利を説き、まずは交渉の席を用意すべきだと進言したというのだ。
そこで双方の
「しかし、難しい問題ですね」
その場にいた
単純に
だが同時に、それは涼州の兵士や民を更なる戦渦に巻き込む事を意味しており、馬超を打倒する機会を掴めないまま泥沼化すれば、その荒廃は見過ごせぬ物になってしまうだろう。
更に言えば、その戦でもしも韓遂を圧倒してしまえば、漢陽郡だけでなく金城郡までも併合し、馬超の勢力がより拡大する事にもつながる。
「となれば、今は馬超と韓遂に形だけでも同盟を結ばせてしまう方が幾分かはマシという物だ。いずれ事を起こす際、韓遂に内通できれば我らが優位に立つ事も出来よう」
そう語った楊阜に、尹奉が付け加える。
「その為にも完全な和解はさせたくはない。あくまでも利害の一致、一時的な停戦という形で落とし込みたいのだ。頼まれてくれるか、
その言葉に、趙昂は静かに頷いた。
父が交渉役として出向く事になると聞いた
言い出したら聞かない趙英の頑固さを良く心得ている趙昂は、いざ剣を抜かねばならない事態になった際には自分より遥かに腕が立つ事も含め、特に反対する事もなく承諾した。
「俺も行くよ!」
当然のように発言した呼狐澹。
初めは息子の
何よりも今回はあくまで交渉だけである。護衛役として随行するだけであり、余程の事が無ければ流血沙汰にはならないだろうという判断もあった。
無論の事ながら彼らだけで赴くわけではない。
二十人程度の護衛兵の随行、そして馬超の腹心とも言える将も付く事になった。
槍術、弓術、馬術など、武芸全般を得意とする馬超をして手合わせで勝つ事ができなかった数少ない人物と言われ、かつての
「龐令明。此度は護衛の任に着かせていただく」
丁寧に
そんな龐徳の様子を眺める趙英。言葉遣いこそ丁寧で穏やかだが、表情を一切緩める事が無く、その感情が読み取れない。ただひとつ言える事は、その大柄で強靭な肉体と、穏やかで整った呼吸から、外功、内功ともにかなりの修練を積んでいる事が伺える。或いは
いずれ馬超に反旗を翻すとなった時、当然ながら龐徳とも敵対する事になるのだろうが、この男とは戦いたくないというのが趙英の正直な感情であった。
「ところでそちらのお二人は……」
龐徳の視線は、趙昂の背後に控えている趙英と呼狐澹に向けられていた。
「私の身内の者で、共に護衛役です。さすがに将軍ほどでは無いでしょうが、こう見えて腕は確かです」
趙昂は笑顔と
彼らに加えて二十人程の兵士が付くと、その全員が馬に乗って出発する。人数が多く歩兵が混ざれば、それだけで行程が倍以上になってしまうが、全員が騎馬であるなら当日の内に会談の場所に着くであろう。
目的の場所は、隴西郡の東部、
今回の会談は、その近くに建てられた無人の
二十数騎の全員が砂除けの
雲の少ない青空から強い日差しが照り付けるが、気温は低く乾燥している為に非常に肌寒く、むしろ太陽の光は暖かい恵みの光である。
陽が沈めば氷点下まで下がる事もある為、陽が沈む前に目的地に着く見通しというのは全員が安堵した所である。
襄武県の道観に到着したのは、陽も傾きかけて来た頃。
放棄されて無人になっている為、土壁は所々にヒビが入って朽ちかけているが、元は大きな建物だったと見えて、二十人どころか百人でも中に入れそうな広さがある。
韓遂側の使者はまだ到着しておらず、趙昂ら一行は全員で中に入ると、薪を集めて暖を取り始める。
ふと思い立ったように弓を手に取って、表に出ていく呼狐澹に気づき、趙英がその後を追った。
呼狐澹は、八尺(約一九〇センチほど)の高さの土壁に上ると、遠くを眺めているように見えた。
「どうしたんだ、
趙英のその言葉に、視線を向けずに答える呼狐澹。
「食事が
そう言うと弓を構えて矢を放った呼狐澹。その矢は一里(約四二〇メートル)ほど先の林の辺りに飛んで行った。
遠目の効かない趙英には、何を射たのか全く分からなかったが、呼狐澹はその一矢に手応えを感じたのか、笑顔で頷くと土壁から飛び降りた。
「
二人は馬で林まで向かうと、果たして鹿がそこに倒れていた。鹿の頭を正確に貫いた矢は、それだけで鹿を絶命させたと見えた。
「相変わらず恐ろしい腕だな。これだけは全く敵う気がしない……」
そんな趙英の褒め言葉に、自慢げに笑みを零す呼狐澹。獲物を呼狐澹の愛馬である月毛に乗せ、呼狐澹は趙英の黒鹿毛に同乗すると、道観へ引き返していく。
鹿を獲ってきたと言うと、兵士は手を叩いて歓声を上げて喜んだ。皆で解体した鹿肉を炙って賑やかな夕食を取っている内に、陽もすっかりと沈んで表は満天の星空へと変わったが、韓遂の使者が現れる事は無かった。
どこかで足止めでも受けているのだろうという結論になり、その日は皆で寝る事となったのだが、趙英はどこか漠然とした不安を覚えていた。しかしその不安が何を指しているのか考えても判然とせず、そもそも杞憂である可能性も大いにある。
普段は憎まれ口を叩いてはいるが、こんな時は緑風子の助言が欲しいと素直に思った。その存在の大きさを改めて思い知り、その事自体に悔しさも覚える趙英であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます