クロノスの弟子
掘削名人
第1話 若者募集
カチャ
アルミ製の郵便受けを開けると、一つの封筒が入っていた。封筒には、「○△工業」と書かれている。
俺は、その封筒を手に取り、急いでアパートの階段を上り、202号室へと急いだ。
この「若草荘」というアパートに住んでから、もうすぐ二年になるのか。今思えば、高校卒業して、夢見て上京したのが間違いだった。この東京には、俺と同じように夢を追いかけて上京してくる奴なんて、腐るほどいる。そんな沢山の人間が一気に東京に来たところで、全ての人間が自分の思い通りに夢を叶えられるわけがない。挙げ句の果てには、夢を捨てきれずに、貧乏なまま年老いていくだけだ。
俺は、貧乏なまま年老いて行く事だけはいやだから、早々に夢を諦めた。それで、どこでもいいから、何度か仕事にありつこうとしているのだが、なかなか上手くいかない。
有名な企業や、そこそこの規模がある企業等は、基本的に大学卒業資格がある者を優先的に採用している。俺のように、何の計画性もなく、ただただ夢を見て上京してきた奴など、どこも欲しがらないのだ。
俺は、とにかく小さな会社でもいいから、何十、いや、何百という会社に出向き、就職活動をしてきたのだが、今のところ、全て断られ続けてきた。
断られる時は、メールの一本で、「不採用です。」と来るのが当たり前になっている。
しかし、今回は、初めて、封筒にて返事が来たのだ。この、○△工業、という会社は、社員数が十人に満たない、とても小さな規模の町工場なのだが、採用してくれるだけでもありがたい。
俺は、自分の部屋に入るなり、期待しながら、封筒を破り、中の紙を取り出した。
だが、俺の希望は、一瞬にして打ち砕かれてしまった。封筒に書かれていた内容は、
『真水正義様。今回、誠に申し訳ございませんが、不採用とさせていただきます。』
俺は、あまりに悔しくて、その紙をクシャクシャと丸めて、部屋の奥に立て掛けてあるドラムセットに向けて投げつけた。この○△工業にすら採用されないのであれば、今後、何処へ行っても採用されることはないだろう。その現実は、俺にはとてもつらいことだった。
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一夜開け、俺はコンビニへと向かった。買い物をするためではない。この二年間、コンビニのバイトをすることで、何度か食いつないできたのだ。東京で暮らすということは、何かと金がかかる。コンビニのバイトだけでは、なかなか貧乏な暮らしから抜け出すことはできない。○△工業が不採用になったことで、この生活がまだ暫く続くということを考えると、凄まじい絶望感だった。
「お疲れさん。」
コンビニへ着くと、調子の良さそうさ金髪の若い男が俺に声をかけてきた。こいつは、道木真也といい、このコンビニで夜勤をしている。
この道木も、俺と同じく夢を見て上京してきた若者の一人。年も、俺とおなじで二十歳だ。状況が俺と同じということもあり、このバイト勤務では、引き継ぎくらいしか接点はないのだが、たまに食事に行くくらいの仲にはなっている。
「駄目だったよ。これで、今受けているところは全滅。まだまだバイト生活は続きそうだよ。」
俺がそう愚痴を言うと、道木は、俺を励ますように、軽く右肩をポンポンと叩いた。
「そうか。まあ、この不景気じゃ仕方ないよな。まあ、ゆっくりと愚痴を聞いてやるよ。今日の夕方、一緒に飯でも食うか?今日は、俺が奢ってやるよ。」
「ああ、ありがとう。じゃあ、いつものファミレスでいいか?19時くらいに集合ってことで。」
「オッケー。じゃあ、それで。」
道木は、チャラいグーサインをした後、簡単な引き継ぎ作業をして帰っていった。貧乏な俺にとっては、外食することは非常に贅沢なことなのだ。だから、道木から奢ってもらえると聞いた時は、とても嬉しかった。これで、今日のバイトは何とか頑張れそうだ。
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バイトを終えて、俺は急ぎ足でいつものファミレスへ向かった。少し早く着いてしまったのだが、道木はすでに到着しており、一番奥にある家族連れが利用するようなソファー席に座っていた。
いつもなら、場所を気にすることはない道木にしては珍しいことだ。どういうつもりなんだろうか?
「おう、着いたか。俺もさっき着いたところなんだ。料理は適当に注文しておいたからな。」
「ああ、ありがとう。今日は、御馳走になるよ。」
「いいって。いいって。」
この様子は、いつもの道木だ。今日は、たまたまこのソファー席に座っていただけなのだろうか。俺の気にしすぎなようだな。まあ、せっかくの御馳走だ。楽しむことにしよう。
俺が席に着いて、暫くすると、ハンバーグやら、フライドポテトやら、スパゲティやらと、次々と料理が運ばれてきた。机の上に料理が並んだことで、俺はテンションがあがり、早速、食事を始めることにした。
「真水、今回は、残念だったな。」
俺が食事を初めてから少ししたら、道木は、俺にそう話しかけてきた。
「まあな。○△工業でさえも採用されないとなると、これからも、なかなか厳しいと思う。」
俺がそう答えると、道木は食べ終わった料理の食器をどかして、一冊の求人雑誌を机の上に俺に見えるようにして置いた。
「まあ、俺もお前の似たようなもんだよ。だけど、まだ、就職活動を諦めてはいないだろう?」
道木はそう言いながら、求人雑誌を広げ、一つの項目に指を指した。
「まあ、ここを見てくれよ。」
俺は、道木に言われるがままに、その項目に目を通してみた。
『夢を叶えたい、そんな若者を応援します。クロノス』
なんだこれは?『クロノス』ってなんだ?会社の名前なのか?それにしてはおかしくないか?株式会社でもない、有限会社でもない。ただだた肩書きなしの名前だけ。意味が分からない。こんなものを求人雑誌に載せるなんて、どういうつもりなんだ?
「道木、なんだこれ?」
「さあ、俺も分からないよ。だけど、興味ないか?一緒に行ってみたいと思わないか?」
今回の道木のこのファミレスの食事の狙いは、これだったのだ。この求人雑誌に載っているこの事が気になったが、得体の知れない所に、一人で行くのは不安だから、俺も一緒に行かせようとしている。
まあ、確かに得体の知れない所だとは思うが、ヤバイと分かれば、すぐに引き揚げればいいだけ。実は、話だけでも聞きたい、と俺も思っていた。
なせなら、『応援します。』と、最近言われたことがなかったからだ。○△工業が不採用になった俺にとって、この『応援します。』という言葉は、かなり大きな衝撃だったのだ。
「ああ、行ってもいいよ。興味はある。」
俺がそう答えると、道木は安心したような表情になった。
「ああ、良かった。なら、一緒に行こう。場所と日時は、ここに書いてあるよな。
明後日の朝10時に、△□会館の第一会議室だそうだ。」
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