白の魔女の世界救済譚
月乃彰
第1章 王国の騒乱
プロローグ
コンコンと、王室の扉が叩かれる。現在は真夜中だ。こんな時間に、この扉を叩くのは、王族の誰かだったり、緊急事態を知らせに来た兵士。または──
「王立魔法学院学院長、ゼルべ・ソスートです」
──彼女のような、地位の高い者だ。
「うむ。入りたまえ」
王、メラオア・ボッサ・ララ・リゲルドア・ウェレールは丁度寝ようと部屋の明かりを消していたのだが、思わぬ来客のために彼は
「失礼します」
彼女は部屋に入り、深く礼をする。そして、その要件を話し出す。
「異世界人の召喚を、中止にできませんか?」
「⋯⋯本気で言っているのか?」
ゼルべの顔は至って真剣だ。その意味を知りながら。その必要があると知りながら。
「では、『黒の魔女』はどうするのだ?」
「私がなんとかしましょう」
ゼルべのその発言を聞いた王は、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情をすると、
「駄目だ!」
王は叫び、否定する。普段の彼からは想像も出来ない態度であるが、ゼルべは一切動揺しなかった。そうなることを予想できたというのもあるが、何より、彼女はそんなことで驚くほど、小心者ではないからだ。
「⋯⋯すまない。私としたことが、少し取り乱したようだ。しかし、それは許可できない」
王の役目は民を守ることだ。それは直接的な意味でもあり、また間接的な意味でもある。彼はゼルべを優秀な人材であると考えている──そしてそれは間違っていない。すくなくとも、人間という種族であると考えれば、大変優秀だ。だからこそ、王はゼルべを死なせたくない。失いたくないのである。
黒の魔女に、戦いを挑む。その結果は火を見るより明らかである。戦いを挑むという言葉より、自殺すると言った方が的を得ている。人間は災害には勝てないのと同じように、いくら優秀であろうと、所詮は
「⋯⋯いえ。私の方こそ、無理な願いを⋯⋯。先の言葉、撤回させて頂きたい」
「⋯⋯許そう、ゼルべよ。しかし、教えてくれ。なぜ、そのようなことを? お前は何の考えもなく、こんなことを進言するような者ではないはずだ」
すべての上に立つ者の役目には、下の言葉とその時の状況を
「⋯⋯約500年前。ここ、ウェレール王国ではない別の国で、異世界人の召喚が行われました。⋯⋯そのあと、召喚されたあとに、異世界人がした事が、私の、異世界人の召喚を認められなかった理由です」
──召喚理由は魔族の王、魔王の討伐。召喚から1年後に魔王は討伐されたが、異世界人は自らの力に溺れた。召喚した国を手始めに崩壊させ、また他の国々にも戦火を撒き散らしたのだ。そう、文献には記されている。
「なるほどな。しかし、そうであっても、異世界人の力を借りなくてはならない。全員が全員、そのようなことをする人物とは限らないではないか」
目の前に迫る巨大な石か、爆発するかもしれないが、爆発しないかもしれない爆弾。どちらかを選べと迫られたなら、多くはどちらを選ぶか。二者択一であり、答えに3つ目はない。誘導尋問にも似ている。
「もし、異世界人が暴走したら⋯⋯どうしますか?」
「そのときは、国民に『死を以てして奴を殺せ』と命令しなくてはならなくなるな。勿論、私が最前を行くが⋯⋯壊滅は決定的だろう」
魔女に勝てないから、異世界人を呼ぶ。もし異世界人が勝利したなら、それ即ち魔女より強いということ。
「⋯⋯失礼しました」
要件を終えたゼルべは一礼し、部屋を去ろうとする。しかし、その瞬間、王は倒れる。
──だが、その音を確かに聞いたはずの彼女は振り向きもしなかった。
「⋯⋯まあ、そうだよね。こうなることはわかっていたさ」
ゼルべは──いや、
「能力は使えない。考えを変えさせることもできない。⋯⋯だから、こうするしかなかったんだよ」
──彼女は最初から、ゼルべ・ソスートではなかったのだ。
彼女の姿が変化する。幻が解けたからだ。
雪のように白く、非常にサラサラなロングヘアで、知的さを感じさせる灰色の瞳。ヒラヒラはあまりないが、可愛らしさがあり、そのうえでかっこよさもある、白を基調としたゴシックドレスを着ている。その素材は非常に上品質なもので、触り心地はまさに逸品。さらに魔法がかかっているために大きさが自動で着衣者にあわせて変更され、汚れもただの水で軽く洗うだけで落ちるし、劣化も一切しないといった性能も持ち合わせている。価値はそこらの家なら一つ買えるくらいだろう。
だが、そんな高級品だろうと彼女の前では添え物に過ぎない。比喩でもなんでもなく、まさに絵に書いた
彼女の名は、エスト。家名は彼女が幼い頃に無くなっている。そして、彼女は6人の魔女の1人──『白の魔女』だ。
「⋯⋯やっぱり。ただの人間が、私の能力に対抗できるなんておかしいと思ったんだよ⋯⋯」
エストは王の首元を見て、そう呟く。
青い宝石──
これは精神や記憶に直接的な影響を及ぼす作用に対して、強い対抗力を持つ魔具だ。
魔女の能力を無効化できるような魔具を作れるのは、同じ魔女か、または彼女らに匹敵する力を持つ存在のみ。そして、エストはこの魔具を作った存在を知っている。彼女とエストは古くからの友人であるため、敵対はしていないが、少しだけ人間という種族への対応方法が異なるのだ。
「無理矢理記憶を
いくら同じ魔女が作り出した魔具とはいえ、本人ほどの抵抗力は持たない。そのため、力尽くでならば記憶の改竄は可能だ。しかし、その場合、対象に新たな記憶を与えたならばそれ以外の全ては消え去られるし、奪うならば全て奪うことになる。
「⋯⋯仕方ない。当初の予定通り、異世界人は始末しよう」
──魔女とは、赤、青、黄、緑、白、黒の、それぞれの魔法を司る、畏怖すべき存在たちである。
◆◆◆
急に降ってきた雨に驚きながらも、俺は近くのバス停に行く。そこには2人の男女が居るが、どうやら恋人でもなんでもないようだ。俺達3人は見るに同年代。今日は休日で、彼らは学生服を着ていない。だから、俺と同じ学校の生徒かはわからないが、少なくとも、女子の方は同じ学校ではないと断言できる。有名人だからだ。
「寒っ」
今朝のテレビでは、今日は一日中晴れ予報だった。俺は友達の家に遊びに行く途中だったのだが、これでは友達の家につく頃には風をひいていそうだ。『さて、どうしたものか』と考えていた、その時だった。
「──は?」
突然、目の前がホワイトアウトした。そして、次に気づいたときにはバス停ではないところに、尻餅をついたように座っていた。
周りの状況を把握しようと見ると、明らかに、俺が元いた場所ではないとわかる。俺と一緒に居た男女2人も同じく、この状況を呑み込めていないようで、キョロキョロと周りを伺っている。
⋯⋯この場所は、言うなれば中世ヨーロッパ時代にでもありそうな王宮だ。そして、今、俺達が居るのは、俗にいう玉座の間であるだろう。オレンジ色の美しい光が、高級そうなレッドカーペットに座る俺達3人を照らしている。
「⋯⋯っ!」
俺はあることに気づいてしまった。武器を構え、警戒している兵士は確かに怖いが、それ以上に恐怖すべき存在⋯⋯いや、異常な存在がいることに。
「何だ、アレ⋯⋯?」
人間、だろうか? にしては、あまりにも生気がない。まるで魂──自我がないような、そんな感じの、ローブを着た老齢の男女複数人が、俺達を囲んでいた。
「⋯⋯先に謝ろう。すまない」
俺達が気づいてから、暫くして、玉座にいた、金色を基調とした王冠を被ってた老人──おそらく国王が、そう謝罪した。
「⋯⋯ここは、どこですか?」
俺と一緒に飛ばされた2人のうちの1人の女子が、動揺しつつも王に尋ねる。
「ここはお前達の居た世界とはまた違う世界、いうなれば⋯⋯
⋯⋯なんだって? 今、王はなんと? 異世界? まさか、そんな、創作物の世界だけのことが⋯⋯ドッキリなら、もうちょっと設定練れよ。
「⋯⋯信じられないようだな。おい、アレを見せろ」
そう言うと、王の横にいた、金髪の、長身の女性が前に出る。彼女は短い杖のようなものを持っていた。見たことがある。ファンタジー作品に出てくる、よく魔法使いが持っている魔法の杖にそっくりだ。
「〈
彼女はLightと言った。英語に自信がある俺から見れば、その口の使い方はまさに英語。それ以外の言葉の口使いは、自動翻訳されているため気づきにくいが日本語や英語ではない。ではなぜ魔法の名前の言語だけが英語であるのか、それはわからない。しかし、そのあとに起こったことが、そんなことを忘れさせる程に俺を、俺達異世界人を
──その杖の先端が、光ったのだ。それは元から明るいこの部屋をより明るくした。杖にそんなギミックがあるとは思えない。何の変哲もない、ただの木でできた杖だ。なのに、光る。ドッキリのためにそんなとんでもない仕込みをしたとは考えられないし、もしそうならさっさとノーベル賞でも受賞すべきだ。
「わかってくれたか?」
ええ、わかりましたとも。信じられないが、こうも目の前で見せられたのだから、俺は頷く。
「⋯⋯それで、お前達をここに呼び出した理由だが──」
王のその言葉のあとに、何が言い渡されるか。こういう創作物に有りがちなものでは、『魔王を倒してくれ』とかだ。
「──黒の魔女を、殺してほしい」
◆◆◆
彼女のことは殆ど──出身や人種、いつから生きており、魔女となる前はどんな人物であったか。そして、彼女の名前などの情報全てがわかっておらず、ただ、わかっているのは彼女の二つ名である『黒の魔女』という名と、彼女が約700年前、大陸の中央の国々を全て滅ぼしたことくらいだ。
「⋯⋯明らかに、ヤバイ」
俺は、俺の身体能力が
「でも、殺らなくちゃ殺られる⋯⋯か」
かなり時間が経っているというのに、未だ温かい紅茶を、テーブルマナーなんぞはゴミ箱に捨ててきたと言わんばかりに汚く飲み干す。俺は紅茶の味や種類はよくわからない。高いんだろうな、と思うくらいだ。
「『異世界人は加護を必ず授かる』ねぇ。⋯⋯ったく、使命だとでも言いたいのか?」
生まれ持って、世界から与えられると言われている不思議な力、理を捻じ曲げることさえできる力、加護。それを授かる確率は、使えない加護は一万人に一人、有用な加護は百万人に一人、唯一の加護は一億人に一人だ。
俺が持っている加護は、3つある。1つ目はあらゆる剣に分類されるものの才を引き出す『剣之加護』。2つ目は魔人や悪魔、魔女などの魔族へ与えるダメージを上昇させ、逆に受けるダメージを軽減する『神聖之加護』。そして、3つ目は調べてもわからなかったから、おそらく唯一の加護である。その効果は調べた人にはわからなかったが、俺には直感でその効果を理解できている。
簡単に言うならば『死に戻り』だ。セーブ&ロード。死亡を条件に発動する、強制的なやり直し。もはや加護ではなく、呪いの類ではないか。なぜ、世界は俺にこんな加護を授けやがったのか。
「⋯⋯選ばれた存在。魔女を討つ、勇者」
なんとも重い肩書だ、16歳の俺達には。
「ホームシックになりそうだ。⋯⋯死ねない体か。⋯⋯
◆◆◆
それぞれが人類最強クラスの力を持っており、まさに勇者パーティーと言えるだろう。しかし、彼らは現代日本の平和な世界で暮らしてきた。いくら力はあれど、実戦経験はない。そのため、現在、彼らは王国戦士長、ハンス・ローファーの元で鍛錬をしていた。
「〈一閃〉!」
マサカズは居合斬りのような構えで、そう口にする。すると彼の姿がそこから消えて、10m先の地点にいつのまにか居た。剣は鞘から出されていなかったが、それはこの一瞬で剣を鞘から抜き、振り、また鞘に収めたからである。
アニメとかでどうして技名を叫ぶのか、そう疑問に思うタイプであった彼だが、この世界でのその理由は単純であった。
魔法には詠唱が必要である。その詠唱内容の多くは、その魔法の名前であるのだ。そして、これは今マサカズが使った『戦技』も同様である。
「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」
魔法の行使には魔力を消費する。では戦技は何を消費するか。──体力だ。普通に剣を振るより、より多くの体力を消費する。
「大丈夫か、マサカズ」
「ナ、ナオトか⋯⋯大丈夫と言えば、嘘になるな」
「〈剛射〉──!」
ユナは弓の弦をいつものように引き、そして戦技を行使して指を放した。しかし、いつものように矢は飛ばず、とんでもない速さ、威力になり、近くの大木に命中する。すると、大木は
「⋯⋯流石は異世界人だな。あとは実戦だけだ」
異世界に来てから早一週間。自身の力を上手く引き出せるようになり、戦技も使えるようになった。
「実戦?」
「ああ。⋯⋯お前らにはダンジョンに潜ってもらう。そこの最深部まで行って帰って来い」
知能のあるモンスターや、イカれた物好き作るモンスターハウス、ダンジョン。世界に無数にあるわけでもないが、珍しいわけでもない。しかし、その多くがとんでもない殺意の塊みたいなものであり、数々の腕試しにと挑む者を殺してきた施設でもある。解体しようにもモンスターが強力であるため、簡単にはできないし、モンスターもなぜか無限に湧くため、場合によっては資源採取としても活用できる。
まさかの修行内容に、3人は、
「「「えっ」」」
ポカーンと、口を開けて、驚くしかなかった。
✻あとがき
初めまして皆様。これからカクヨムでも今作を投稿していきます、作者の月乃彰です。
書き貯め⋯⋯とは少し異なりますが、他サイトで既に公開されているものを毎日18:00〜より1話10分おきに、20話ほど投稿していきます。1章終わらせるのに40話とかかけたものが一つあるので、それ以外は毎日1章丸々投稿していきます。仮に40話ほどを投稿していこうものなら6時間も投稿し続けることになりますから、読む方も大変でしょう。3時間でもそうでしょうがね。はは。
書き溜め分は202話あります。コピペめっちゃ辛かったです。
書き溜め分が終わったあとは、他サイトと同時投稿。激遅投稿頻度になりますので、ご了承ください。
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