第35話 ただ今審査中

「よしっ、そろそろ始めるとしますか! ささっ、どうぞこちらへ」

 ハナに案内され、チャラが席につく。左側に置いてある、スイの料理から手に取った。見た目の華やかさならそちらの方が上なのは、私も認める。

 彼が一口、食べた。


「ふむ……」


 何か言ってくるかなと思ったが、何も言わずに、どんどん料理の体積を減らしていく。その食べっぷりに、作り手であるスイは唇の端を上げた。

 皿の上にあったものをたいらげると、彼は水を半分飲んだ。


「ふぃ~。……うんっ。野菜1つ1つの噛み応えが、実にいい。どれか1つでもフニャッとしていると、こちらまでもが力が抜けてしまいかねないが、これに関してはそんなことはない。それぞれの『音』を充分に楽しめた。ゼリーのこの塩加減だが……人間の舌にこれでもかという程マッチしていて、心地いい刺激を与えてくれる。どれも、まるで計算されているかのような仕上がりだ。これを作ったのは誰だい?」

「私よ」


 スイが1歩前に出た。


「おぉ、君か! なかなかいい腕を持っているじゃあないか! 俺とは初対面のはずなのに、まるでわかっていたかのように、よくぞここまで俺好みのものを作ってくれたもんだぜ! 嬉しいねえ!」

「当然よ。アンタの服からちょっと出てるそれ……ニンジンか何かの葉っぱでしょ? そんな所に入れて持ち歩いているなんて、ちょっと驚きはしたけれど、それで、アンタは野菜好きだとピンと来たのよ。だったら、野菜に関しては自分の納得いく最高の固さになるまで火を通せば、高い評価を得られると思ってね。ゼリー部分の味付けは、勘だけどね。だいたいね、田舎者だからって甘く見てもらっては困るわ。私が都会人よりも優れている点があるってことを、ここで証明してみせるんだから」


 私だって、自信はある。が、スイが終わりに言ったことが気になる。


「? 誰かに何か言われた? 少なくとも私とハナ(双方、王都育ち)は、スイがこの町出身だからって、からかったりしたことないけど?」

「……アンタたちじゃないわよ。だいぶ前に1度ね……」


 過去にあったことを話すのを躊躇ためらっているようだ。なら、この件については、深掘りせずに打ち切ろう。


「次はこっちだね。ふむ……見た目はシンプルだね」


 チャラ男が、私の作ったトマトゼリーを食べる。「む?」と言った後、可能な限り咀嚼そしゃくする。


「──!」


 2口目から、食べるスピードが早くなった。一心不乱にがっついている。これは、良い方向に行っているのかもしれないが……。


「しまった!」


 私は今頃になって、ミスを犯してしまったことに気がついた。


「どうした!?」


 ハナが心配の声を上げる。


「……ミントの葉っぱでも添えればよかった~」

「あぁ……確かに、赤一色は地味だわな」

「ごめんよ。ミントは今、切らしてるんだ」


 と、主人が申し訳なさそうに言う。


「あ、そーなんすね……」


 代わりにホウレンソウを添えるわけにもいくまい。私のミスというのは、それだけ。次に何かを作る際は、いろどりもきちんと考えなければ。


「このゼリーを作ったのは、青いマフラーの君かい?」

「あ、はい、私です……」

「おかわりは、ないのかい?」


 え……?


「なっ……なんですって!?」


 スイが動揺し始めた。彼女には言わなかったことを、このチャラ男は私には言ってきたので、正確には『私も』なのだが。


「あ、あります!」


 私は急ぎ足で食料保管庫の扉を開け、もう1人分を彼に差し出した。空っぽになった方は、元々時間が少し経っていたので、食べ物の温度は上がっていたと思う。今度のはしっかり冷えているので、すぐに食べてくれれば感じ方は違ってくるだろう。


「いいえ、あせることはないわ。きっと味がよくわからなかったのよ。それで……」

「そうかなー? 純粋に、すごく美味おいしかったからおかわりを要求したんじゃないかなー? ね、ソラ?」

「……ハナに1票」

「くっ……何で私には……」


 チャラ男は1つ目と同様に、ほぼ無言でゼリーをかきこんでいた。

 やはり、私の方にがあるように見える。


「はぁ……」


 彼が溜め息をついた。器には、あと1口分であろう量のゼリーが。急にどうしたのだろうか?


「こいつを食べたらおしまいになってしまうのが、なんとも寂しいねぇ。しかし、俺は最後まで食べなければならない。残してしまっては、作った子に失礼だからな」


 惜しむように、そのひとかたまりを口の中へ。そして、少しでも長い時間味わうためか、ややゆっくりめに噛む。

 数秒後。ゴクリ、と飲み込む音が、こちらからでも聞こえた。彼は、2つ目も完食してくれた。


「……っくぅ~! 最高にハッピーな時間だったぜ! おっと、水なんて飲んだらいけないな。まだトマトの味だけは口の中に残ってる。そう、余韻よいんにひたれるんだ。水なんかで流してしまっては、その味が消えてしまうではないか。俺自身の手で、もったいないことをするところだったぜ、フゥ~」


 彼は。1度はグラスに伸ばした手を引っ込めて、こう言ってくれた。それから立ち上がり、私を頭から爪先まで見て、


「う~ん、君、よく見ると……いや、よく見なくても、っていうかパッと見てカワイイね~。名前は?」

「……ソラです」

「ソラちゃんか~、いい名前だね。いくつ? どこ住み? つき合ってる人いる? 料理はよくするのかな? やっぱり1番の特技だったりする? だよな~、こんなうまいものが作れるんだから、そりゃな~」

「え、えっと……」


 質問ラッシュに困ってしまう私。せめて、顔の近さをどうにかしてほしい。鼻先がくっつきそう、とまではいかないが。

 1つ1つ処理していこう。

 名前は最初に言った。あとのいくつかは、軽々しく答えるものではないと判断し、秘密だと言っておいた。料理は、習いはしたが特技ではないことを言うと、チャラ男は意外そうな顔をした。


「え、じゃあ、あれかい? その物騒なものを振り回す方が得意だったりするのかい? そんなカワイイ顔して」


 物騒な──

 腰の剣について、彼はこのような言い方をしたが、人を傷つけること(あるいはそれ以上のことも)ができるものなので、合っているといえば合っている。私は頷いた。


「そうか~。君は本来はそっちの方なんだね? なんか複雑な気分になってしまったぜ。時が来たら、剣を包丁に持ち替えて、毎日俺にうまい料理を振る舞ってくれないか?」


 は……!?


「な……なんで……っ?」


 チャラ男のトンデモ発言に、私は戦慄せんりつした。私の未来が……チャラチャラ&派手派手な世界に侵される!?


「おぉっと、今のは軽い冗談さ。真に受けないでくれよ。君にはもっと相応ふさわしい人が、そのうち現れるだろうからさ」

「へー、どんな人だろ?」


 ハナが興味津々だ。


「さあね~?」

「ねぇ、それより……この勝負、どちらの勝ちなのかしら?」


 スイがしびれを切らしたようだ。そうそう、まだ判定をしてもらっていなかった。


「うむ、俺の中ではもう決まってる」


 チャラ男が、私とスイを交互に見る。

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