第27話 スイの体験談

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ある日のこと。彼女は某小さな山で、誰が生成したかわからない魔法陣を見つけた。

 実はその山については、このような言い伝えがあった。


『山頂に刻まれし光の輪の中に入ってはならない。邪悪なる者どもの巣窟そうくつへといざなわれるであろう。そこで待ち受けるは、己の想像を超える恐怖。己が未来を生きることを放棄したくば入るがよい。(放棄を)いなと言うならば、最善の選択をせよ』──


 ある程度歳をとっている者たちは、口を揃えて「あの山には登るな」と言う。しかし、実際に誰かが被害に遭ったという話を、スイはこれまでに聞いたことはなかった。だから、信じていなかった。

 何がきっかけだったかは覚えていないが、言い伝えを思い出した彼女は、そもそも『光の輪』とやらが本当にあるのか、まずはそこからだろうと立ち上がった。確かめるために、1人でその山を登っていった。

 ──あった。大きな輪の中に、見ていると目がチカチカしてきそうな、複数の紋様と小さな文字列が。これが、町の中高年が言っていた──

 スイは、確認してそれで終わり、で済まそうとはしなかった。

 この魔法陣は、誰かの悪戯いたずらで描かれたもの。古い人間が言っているのも作り話。きっとそうだ。だから怖くなんかない。入るなと言われたら、余計に逆らいたくなる。どうせハッタリなんだから、何も問題は起こらないだろう。自分は数分のうちに、この山を無事に下りられる──はず。そんな考えだった。

 スイは思い切って、魔法陣に近づいた。青白い淡い光が、夜でなくても大変綺麗に見えた。

 直径は2メートル程。試しに右足だけを入れてみたが、それだけでは、うんともすんとも言わなかった。左足も入れて、数歩前に進み、中央で止まる。ここまで来ても、魔法陣は黙ったまま。やはり迷信だったのでは、と思ったその時。

 陣の光り方が急に強くなり、スイの周りを囲った。下からスウッと伸びてきて、さながら光の壁のようだった。狼狽うろたえる彼女。だが、何らかの力が働いているのか、身動きができない。陣から抜け出すことが不可能になった。


「ど、どうなってるのこれ!? ちょっと、誰か何とかして……!」


 助けを求める声もむなしく、スイの姿はそこからなくなった。この瞬間を見た者は、誰もいなかった。

 恐怖で閉じていた目を開けると、彼女は見知らぬ場所にいた。石でできた、ちょっとした部屋のようだった。

 とりあえず、外に出てみた。景色を見る前に、いきなり魔物と対面してしまった。いかにも強そうな風貌ふうぼうで、汗が滝のように流れた。

 勇気を振り絞って、ここはどこなのかを魔物に、知性があることを期待してたずねたところ、そいつは親切にも答えてくれた。魔王ヴェイロンの支配下にある国・ガイラルディアだと。


 (とんでもない所へ来てしまった──)


 あの魔法陣は、人を別の場所へ運ぶものなのだということがわかったが、よりにもよって魔物の国と呼ばれている所に、とは。スイは、自分の軽率な行動を呪った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それで、そいつ何て言ったと思う? 『1つ教えてやったんだから1箇所食わせろ。どこだっていい』だって。私、あそこにいる間はずっとテンパってたから、あの後何したのかよく覚えてなくて。確か……言えるだけ悪口言って、帰ったんだっけ」


 スイは、今自分がこうして生きていることを、神に感謝した。


「五体満足で帰ってこれて良かったね~」

「本当よね。私がスイの立場だったら、やっぱ同じようにしてたと思うわ。ソラがいてくれてたら、わかんないけどさ」

「私がそこにいたら……どうしただろうね? 逆にこっちが食べちゃったりして、なーんてね。あ、でもそれでおなか壊したらどうしようもないじゃない! 得体の知れないものには手を出しちゃいけないよねっ!?」

「ソラならやりかねん」

「えー!? 私、人食いならぬ魔物食い!? そんなレッテル貼られるのは勘弁してほしいものだわ~。わかったよ。どんなにお腹が要求しようとも、普通は食べんぞって奴に対しては、よだれを垂らすようなことはしない!」


 この誓いに、ハナはヌフフ、と笑った。

 それよりも、私は有益な情報を手に入れた。スイが見つけた魔法陣こそが、目的地への近道だ──!


「んでさ、スイ。その山って、どこにあるの? 遠いの?」


 私が問いかけると、


「遠くはないわよ。え、何? まさかアンタたち、本当に行く気なの? あんな国に? やめときなさいって、死にに行くようなものじゃない。私は運良く戻ってこれたけど……」


 スイはおどすように言うが、それでこちらの考えが変わることはない。


「ほら、戻ってきたって前例があるんだから、問題ないでしょ。ミラさんのお手伝いが終わったら、ちゃんと帰ってくるから。心配してくれて、ありがと」

「べ、別に……アンタたちにもしものことがあったら。生きた心地がしないから。と、とにかく……あ! それじゃ、こうしましょう! 私とアンタたちで、さっきもチョロっと言ったけど、この前の決着をつけましょう! それで、そっちが勝ったら、例の山の場所を教えてあげる。負けたら……どうしようかしら」

「あの……」


 ミラさんが、初めてスイに話しかけた。


「私たちは、一刻も早くガイラルディアに行かなくてはならないんです。そして、『あるもの』を勇者に渡さなければ……」

「何よ、その『あるもの』って?」

「あまり情報を外部の方に漏らすのは好ましくないので、ここでは言えませんが、それがないと魔王を倒せません。仮に、ソラさんが行けなくなれば、他の方に代行をお願いするしかありませんが、引き受けてくださる方が見つかるか……。見つかったとして、確実に任務を遂行すいこうしてくれるかどうか……」

「あぁ、途中でトンズラされたりでもしたら、最悪よね。モタモタしているうちに、魔王の勢力がより活発になって、どこが第2、第3のガイラルディアになるかもわからないってのもあるし。人選びも大事な要素ではあるわよね」


 スイの言うことはもっともだ。


「ええ。ソラさんに関しては、一目でわかりました。決して不正などはしない、信頼していい人間だと。戦闘能力に関しても、先の戦いを見て、心丈夫に思いましたし」


 エルフ族にここまで言われると……あぁ、ニヤニヤが止まらない。


「う~ん……ヘタすれば私も悪者扱いされるかもしれないから……わかったわ。アンタたちが負けても、止めたりはしない。その代わり、山へのルートは1センチたりとも教えないから。誰かにくなりして、自分たちで見つけることね。そもそも、教えてくれる人なんているかしら? 皆頑固だからね。それが嫌なら、時間はもっとかかるだろうけど、元々の計画の通りに動くことね」


 理不尽に遠回りさせるようなことはしないのか。勝負そのものもどうかと思ってはいたけれど、明確なペナルティがないのであれば、ここはスイにつき合った方が賢明なのかもしれない。

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