第18話 真夜中の訪問者(2)

 エルフはすぐに、理由を話した。


「私たちエルフが『最後の希望ラスト・ホープ』と呼んでいるものが、こちらにあるからです」

「ラスト……ホープ?」


 などと言われても、ピンと来ない。私の頭上に、クエスチョンマークが浮かび上がる。

 彼女が説明すると言ってくれた。

 聞くところによると、形は楕円だえん形。色は透明に近い。大きさは手のひらほど。

 あれ? それって……。


「あっ……」

「心当たりはありますか?」


 間違いない。ギルドで預かっている、あの石だ。


「大アリよ。それで?」

「あれは、魔王ヴェイロンを倒す唯一の方法と言われているものです。エルフの住む里に古くから伝わっていまして、いかなる邪悪をも打ち砕く光の聖剣を生み出せる、最高クラスの魔石なんです。里に来た勇者に、我々としては珍しく、人間に協力しようというつもりで渡しました。あの人間は、光の女神に選ばれた特別な存在でしたから。でも、強欲ごうよくな人間を信じ切ることはできなくて……」


 そんな、悲しいことを言わないでくださいよ。


「私、石が放つ魔力を利用して、あれがどこにあるのか大体ですがつかみ取る、という能力を持っています。それで、時々勇者の居場所を調べていたのですが……」


 彼女の表情が曇った。


「どうやらあの石、途中で偽物とすり替わったようなんです」

「そ、それって大変なコトじゃ……!?」


 彼女が話すには、自分はまだ未熟なので、探査能力は完璧ではない、だそうだ。今回は世界の存亡がかかった重大な事件。事情を知った里の仲間が、勇者をこっそり尾行びこうすることを買って出てくれた。その仲間は、遠方から(とはいえ、限度はある)話したい相手の頭の中に語りかけるという能力で、彼女に近況きんきょうを伝えていた。勇者及び石の位置は、その都度つど大体一致していた。順調に行っているように見えた。

 ところが、ある日を境に話がみ合わなくなった。尾行していた者が勇者を見失ったのではないという。今私の家にいるこのエルフがミスをしたのかといえば、それも違うと返ってきた。体調が悪ければ仕方ないが、そのような日は、勇者の追跡を始めてからは1日もなかったとか。普段の状態であるならば、仮にズレが生じたとしても、誤差の範囲と言えるくらいなので、問題にはしてこなかったそうだ。


「仲間は、勇者は石を持っていると言っていました。毎日確認しているので、間違いないと。ですが、私が何度調べても、石の在処ありかは勇者のいる場所と同じではないんです」


 なるほど、それはおかしな話だな。


「今は、どっちとも止まってる? それとも動いてる?」


 エルフは意識を集中させてみた。


「……はい。少しずつですが、石の方が」


 この時間帯だ、勇者も眠りについていると思われる。


「仲間の人と連絡とれる? 勇者さんの今の居場所を知りたいんだけど」

いてみますね」


 …………。

「……勇者は、とある宿でぐっすり眠っているそうです」


 そうか。そしたら──


「その人が持っている方が、偽物。こっちにあるのが本物……か」

「ええ。探しているうちに辿たどり着いたのが、こちらでして。何日もかかりましたが、ようやく……」

「あの石がねぇ……」


 大変なものを預かってしまったようだ。私は何秒も言葉が出なかった。


「……あっ、それなら、早くあの石を勇者さんに届けてあげなくちゃ。偽物じゃ、いくら頑張っても魔王なんて倒せないよ! えっと……私はどうしたら……」


 どうしたらも何も、次にやるべきことは決まっているのに、変にオロオロしてしまう私。


「まずは、『最後の希望ラスト・ホープ』を見せてもらってもいいでしょうか? 本物でしょうけれど、念のための確認ということで……」

「わ、わかりました!」


 私は早歩きで、足音はできるだけ立てずに、正式名称『最後の希望ラスト・ホープ』をギルドの棚から拝借はいしゃくした。誰にも気づかれぬまま、自室に戻ることができた。


「お待たせ」

「お手数をおかけします。では……」


 エルフの女性は石を手に取り、真剣な眼差まなざしで鑑定を始めた。その間、私たちは一言も喋らなかった。

 呼吸の音が聞こえるくらいの静けさの中──


「……ふぅ」


 あ、終わったようだ。1分近くかかった。


「本物で、間違いありません」


 深夜なので、ひかえめに喜び合った。


「よかったぁ。じゃあそれ、勇者さんのところに持って行ってあげてください。……はぁ、こっちも肩の荷が下りたわ。人様のものをいつまでも置いとくと、だんだん扱いに困ってくるのよね」


 明日、早いうちに、この石の件は片がついたとお父さんに言おう。

 これで、このエルフとの話は終わりだろうと思っていた。ところが、彼女は立ち上がろうとしなかった。

 続きがあったのだ。エルフは笑顔ではなくなった。


「そのことですが、1つ問題がありまして……」

「?」

「……」

「え? 何? もしかして、言いづらいことだったりします? でも、このまま黙っていられても困るし……とりあえず、言ってみて」


 やっと眠れると思いきや。仕方がない、もう少しつき合うとするか。


「実は私、戦闘は苦手なんです」

「あぁ……そうなんですか」


 エルフはこう言った。里を出てからこの街へ入るまでに、何度も魔物と遭遇そうぐうした。そのたびに、敵意がないことを相手にわかってもらうために、懸命にアピールした。それでどうにか切り抜けられた。厄介ごとに巻き込まれないよう、旅のルートは考えに考えた。時間はかかったかもしれないが、おかげで、ある意味魔物よりもタチの悪い人間との接触もなく、無事にここまで来れた、と。


「なんか……大変でしたね」

「ええ。それで次の話題ですが……あれは貴女あなたのものでしょうか?」


 女性は、ベッド脇に立て掛けられている剣を目で指した。


「うん、そうだけど」

「では、貴女は剣士なのですね?」

「エヘヘ、当たり」

「どれ程の腕前をお持ちなのでしょうか?」


 どれ程って言われてもなぁ……。

 私の憧れの人・ハルカさんは、国内トップクラスと言って差し支えない。そのハルカさんにどこまで近づいたのかはまだわからない。大雑把おおざっぱに言うならば──


「国一番の人と肩を並べるくらい?」

「そんなにお強いのですか!? こんな、人間の子供が……」

「や、本当のところは自分がどの位置にいるのかわかんない。剣士だけでも、世の中にいっぱいいるじゃない? 今のは、そうだったらいいなってだけで……」

「でも、腕に自信はおありなんですよね? 大袈裟おおげさな嘘をついているようには見えませんでしたよ」


 自信は、ある。だから、るとなったら誰にも負けないつもりでいる。私はハッキリと言った。


「なら、その言葉を信じて……貴女にお願いがあります」


 何だろう? ……なんとなくだが、こう来るのではないかと予想をしてみた。

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