第17話 真夜中の訪問者(1)

「お揃いだと、ちょっと嬉しいよね♪ 実現したら……石の恩恵を受けれたら、どれくらい強くなれるんだろ。想像つかないな~」

「強くなれる石だとは、誰も言ってないけどね」


 何せ、効果は全くわからないのだからな。


「んもう。ソラってば、意外と意地が悪いね~」

「コレが謎すぎるのがいけないのよ」


 持ち主が訪ねてくるのを待つ私たち。しかし、こういう時に限って、時間の流れって通常よりゆっくりなように感じる。長いこと、長いことじっとしていたつもりだったが、実際にはまだ2、3分程度しか経っていなかった。結局、退屈しのぎのため『仕事』に出かけることにした。



 これといった展開はなく、今日1日が終わった。私は2階の自室のベッドで眠っていた。下の階は静かだ。ギルドでは、冒険者に酒を提供することもあるが、その時間は決められているので、変な時間にドンチャン騒ぎをする者はいない。騒ぎたければ、酒場に行けばいいのだ。

 おかげさまで、こちらは質の良い睡眠をとれている。今夜もそうだろうと思って疑うことはなかった。ところが──

 コンコン。

 今、何かを叩く音がしたような……?

 せっかく深い眠りについていたのに、その周期が途切れた。

 十数秒後、再び同じ音がした。先程と同じ方向から。

 風の仕業しわざではない。何者かが……窓を叩いている?

 私は仕方なく起き上がった。誰だ、睡眠の邪魔をする奴は?

 寝間着ねまき姿の私は、やや不機嫌になりながらも、人間1人がギリギリくぐれそうなくらいの幅の窓を開ける。


「!?」


 こげ茶色のマント姿の女性が、そこにいた。ここは2階。なので、こちらをのぞいている彼女は、浮遊の術で宙に浮いているのか。

 眠気が一気に吹っ飛んだ。


「あっ……起こしてしまってすみません。どうしても、この家の方とお話がしたくて……」


 話? こんな夜更よふけに?


「今……ですか?」


 すると女性は、「はい」と返事した。

 私は戸惑った。自分は夢でも見ているのではないかとも思った。試しに、左のほほをつねってみると、痛かった。夢ではないようだ。


「えっと……相手が私でもいいんだったら、どーぞ」


 大人でないと駄目とか言うのだったら、呼んでくるが……。


「では……失礼します」


 細身の彼女は、スッと部屋に入ってきた。いいのか、こんな私でも。

 私たちは、向き合う形で座った。女性はかぶっていたフードを外した。

 薄紫色の、つやのある長い髪を持つ、この女性。私はそことは別に、彼女が自分とは明らかに異なる身体的特徴を持っていることに、早い段階で気づいた。

 耳が、長かった。


「あの」

「お気づきでしょうが──」


 私が言い始めたと同時に、彼女も言葉を発した。私は口を閉じ、発言権を譲った。


「私は……人間ではありません。率直に言えば、エルフです」


 もしやと思ったが、やっぱり──


「……初めて見た」


 私は素直すなおに、思ったことを言った。


「そうなんですね。でも、おかしなことではありません。エルフは、人間とは距離を置いて生活をしているものですから。関わり合うことなんて、滅多にありません。エルフを見ないまま生涯しょうがいを閉じても、何ら不思議ではありませんから。私がこうして、人間の住む街に出向くなど、本来ならありえないのですが……今回は例外なんです」

「はぁ……そーですか」


 エルフという種族のことは知っていた。男女問わず、顔立ちが美しい。寿命が人間よりずっと長いだけでなく、年齢を重ねても若々しい外見でいるというから、そこはうらやましい。私の目の前にいる彼女も、人間でいえば20代に見えるが、実際はもっと上なのかもしれない。更に言うと、エルフの中には戦闘を得意とする者もいるらしいが、この人は……あまり、そのようには見えないなぁ。


「1つ質問します。あなたは、ガイラルディアという国を知っていますか?」


 知っているも何も──


「『魔物の国』のこと? そりゃまぁ、お隣さんだから……」


 アルテア王国の北に隣接しているその国は、数十年前に魔物の軍団の襲撃を受けた。ほぼ全ての街や村が滅ぼされ、多数の命が奪われた。運よく生き残った者も、国を捨てざるを得ない状況におちいった。

 軍団を指揮していたのは、当時、魔物たちの頂点に君臨くんりんしていた魔王、その名もヴェイロン。そいつの下、魔物たちはガイラルディアに、陸からだけでなく空からもめ入った。

 国を追われたのは、一般市民だけではない。国王も例外ではなかった。城から人間の姿がなくなると、その王に代わり、ヴェイロンが玉座ぎょくざについた。

 もちろん、その時代にも勇者はいた。異形いぎょうの支配者を倒すべく、立ち上がってくれた。激闘の末、勇者が勝利を収めた。

 魔王軍の残党どもは、これを機におとなしくなった。が、ガイラルディアを去ったわけではなかった。

 勇者があの後どうなったかは、誰も知らない。ガイラルディアを取り戻そうとはしなかったのか。彼に続く者はいなかったのか。魔物が排除されることはなく、事実上の放置。気がつけば、いくつもの魔物たちの社会ができあがってしまっていた。周辺国のお偉いさん方は、いつか自国が狙われるのではないかと、ピリピリしている……らしい。


「では、かつてその国を支配していた魔王が、復活したことは?」


 ……え!?

 私は大きな声を出しそうになったが、そこはどうにか抑えた。


「復活って……本当なの? 何か凄いこと言って反応を見て面白がるためのガセネタとかじゃなくて?」

「わざわざそんなことをするために、こんな時間に人間に会いに行ったりしませんよ。……残念ながら事実です。確かにあの時、倒されたはずなのに。原因なんてものはわかりません。ですが、1年程前に奴が目覚めまして……。最近の話ですと、こちらからはだいぶ離れているのですが、小さな村が1つ滅ぼされました」


 1年前といえば、私が修行に明け暮れていた頃か。あの期間、外部からの情報は閉ざしていたので、どこで何があったとかをリアルタイムで知ることはなかった。アルトシティに戻ってきてからも、魔王の話題を出す人には会わなかった。昨日初めて聞いたぐらいだが、あれも『噂の段階』にすぎなかった。


「私の知らない所で、そんな……ひどい話だよ」

「今後、魔王やその手下たちがどこを襲うかはわかりませんが……この国の、この街も候補に入っている可能性はあるでしょうね」


 怖いこと、言わないでくれるかなぁ。

 少しだけ寒気がした。


「話って……そのコト?」

「はい」

「まさか、私に魔王を倒してこい、と?」

「いえ、違います。それをになう者ならすでにいまして……今まさに、魔王のもとへ向かっている最中さいちゅうです」


 なんだ、この時代にも選ばれし者はいて、もうとっくに動き出していたのか。だったら、この女性がうちに来たのは何のためか。私はそれをたずねてみた。

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