灯籠祭

花染 メイ

第一幕『神社にて』

春。

曖昧な温度の空気が、ゆるく体を包む今宵。

私の住む町では、毎年恒例の「灯籠祭」が行われていた。

道の両端に延々と並べられた沢山の灯籠が柔らかな光を放ち、見る人の心を和ませる。

並べられた灯籠に沿って歩くのもよし。屋台や景色を楽しむだけでもよし。

みんな自由にこの祭を楽しんでいる。


そんな中、もう花の盛りを終えた桜の木の枝を、一陣の風が容赦なく揺さぶった。ひらひらと舞う薄紅色の花びらが一枚、デニムスカートの上に着地する。


とある片田舎にある神社の一角。

私は手に持っていた甘酒の紙コップを一旦ベンチの上に置くと、濃い色の生地に映える淡色のそれを摘まんで、手のひらに乗せてみた。その感触はさらりとして柔らかい。ほんの些細なきっかけさえあれば、また何処かへ飛んでいってしまいそうなほどの頼りない重さ。


案の定、やさしいそよ風によって花びらはいとも簡単に私の手元から離れていってしまった。なんとなく寂しい気持ちになり、ばいばい、と小さく手を振ってみる。


「なにやってんの?」


声をかけられたのは、丁度その時だった。

私は声のした方を振り返る。

その声の主、私の幼馴染みである藤代円ふじしろ まどかは、焼きそばの入ったプラスチックのパックを持っていつの間にかベンチの横に立っていた。


「誰か知り合いでもいた?」


その瞬間、香ばしいソースの香りが漂ってきて、思わず空腹を覚える。

私は首を横に振った。


「ううん、別に。」


私がそう言って笑うと、彼女は「ふーん」と、不思議そうにちいさく首をかしげた。小柄な円の艶やかで真っ直ぐな黒髪が、わずかに揺れる。とても綺麗だった。

彼女の持つ小作りな顔に細い切れ長の目というパーツが相まって、いかにも大和撫子然とした雰囲気を醸し出している。


彼女は先ほど私が手を振っていた方向を一瞥した後、さっさと隣に腰を下ろしてきた。早速、屋台で購入してきた焼きそばを堪能し始める。まだ暖かそうな麺の上で、鰹の削り節が踊っていた。美味しそうだ。


ふと、目線を正面に移す。日が沈むにつれて境内の人気が増してきていた。和服の人も、私達と同じように洋服の人もいる。


夫婦らしき二人連れの男女に、小学生くらいの子の集団と親子連れ、私と同い年くらいの子達など、年齢も性別もバラバラな人々が神社の中に溢れかえっていた。

それと同時に、今まで意識することなく聞き流していた回りの喧騒が、私の中で目の前に広がる光景とリンクする。


あまりにも鮮やかかつ賑やかな世界。


ほんの少し、目が眩んだ。

そこにスクリーンなど存在しないのに、映画やテレビを見ているのと似たような感じがする。遥か遠くの自分とは無関係な世界を画面越しに覗き見ている、そんな感覚だ。


それから数秒の間、ぼーっとしていた。

ふと気がついたとき、傍らの円は丁度焼きそばを食べ終え、使い終わった割り箸と空のパックを手に立ち上がったところだった。


「ゴミ捨ててくるね。」


彼女の言葉に、私は慌ててベンチから腰を上げる。


「一緒に行く!」


「そう?」


私は円の隣に並び、歩き始めた。

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