譚ノ四

 足りない。足りない。足りない!

 まだ、まだまだ足りない!!

 大きな匣を持っているつもりはないのに

 どうすれば最後に大切なモノが綺麗に匣に収まるのか嗤って考える




 ****




「うぇ……」


 朝から気分が悪かった。

 最悪の気分である。

 志郎は居間の机に突っ伏しぼんやりと庭を見る。空はどこまでも清々しく綺麗な青空だというのに気分は曇天だ。


「若者が朝から情けないね。二日酔いかい?」

「アホ。未成年が酒飲むかいな」


 あんたやないんやし、と志郎は返事をする。

 とにかく最悪も最悪だ。

 何故、夢の中であんな気持ち悪い思いをしなければいけないのか。


「なんだい。朝からぐったりとして。そうだな……悪い夢でも見たってところかな?」


 何故分かる。

 返事もせず志郎は紫月を見ると、彼女は当たっちゃった~なんて言いながら朝から酒を飲んでいる。


「なんか、次々人殺す夢見たわ。相手も、自分も、地面も赤一色で。なんかぬるっとしてて、生ぬるくって、ほんまもんみたいやった……俺絶対、血とかスプラッタとか無理やわ」

「まぁ、ニュースでも新聞でもその話題一色だからね。感化されたんだろう。そういえば晴明もスプラッタはダメって言ってたなぁ。確かに気持ちのいいものでもないし。こう、何というか―――」


 と、続きを言いそうになっていたので志郎は「それ以上はいらん」と紫月の言葉の先を言わせまいと切った。

 そう。とてつもなく、リアルだった。本当に目の前で自分が誰かを殺しているような。

 紫月はそんなグロッキー状態の志郎を横目にテレビをつける。

 ニュースは例の殺人事件一色である。もちろん、新聞も。

 犯人を未だに特定、捕捉できていない。

 警察組織がどんくさいだけなのか、それとも犯人の方が上手なのか。はたまたその両方なのだろうか。

 ぼんやりとテレビの音声を拾って自分なりに考えてはみるものの、考えがまったく纏まらなくて志郎は分からなくなってくる。


「ほんま、何が楽しくて殺すんやろな……」


 ぽつりと呟く。

 紫月はいつもの如く、酒を飲みながらテレビを見ている。


「さて。ボクにも“人”の考えていることは分からないさ。まぁ、ボク達のような“人ならざるモノ”だって殺し合いをすることもあるんだし。闘争は生き物の本能だから、じゃないかな。殺してしまったというのは結果に過ぎない。生き争うのは生き物だからなんだろう」


 あっさりと、他人事のように言う彼女に志郎は何と返事をすればいいのか分からなくて、テレビに視線を戻す。


「シロ」

「シロやなくて志郎や! 犬か! 何べん言わせんねん」

「えー。可愛いじゃないか。シロ。お酒なくなったからいれてきて」

「自分で行きや。気持ち悪い言うてるやろ。こんな時に酒の匂いとか嗅ぎたないねん」


 と返せば、少女のように頬を膨らませて催促をし始める。これでも長く生きている“鬼喰”である。

 散々、催促をされて志郎は重い腰を上げ、酒を足して戻った。今度は自分でいれてもらおう。そう思い、酒瓶を抱えながら。


「てかほんま“鬼”っておるん?」

「いるよ~。存在しているから“人”も存在できてるんだよ。ちょこっと暴走した“鬼”を喰べるのが“鬼喰”さ。ま、時々“鬼喰”でもどうしようもないのもいるけれど」


 本当に“鬼”がいるのなら、今回の連続殺人事件も“鬼”の仕業ということにしてもいいのではないだろうか。

 非科学的だけれど。


「もしも“鬼”やったら、何のために殺してるんやろうな」

「満たすためさ」


 紫月の答えは即答だった。

 彼女が言うには“鬼”は不平や不満、怒り、哀しみなど“人”の負の部分をそう呼んでいるとのことである。紫月が何もしなければ、その内満たしたい想いを満たして満足し“鬼”は“人”に戻るのだとか。


「さて、今晩は焼肉にでも行こうか。良い店があってね、炭火焼ですっごく美味しいんだよ」

「嫌な夢見て気持ち悪い言うてる人間に食わせる料理ちゃうで」

「晩御飯なんだからそれまでにどうにかすればいいじゃないか。炭火焼は最高だよ」


 あくまで、連れていく気満々のようだ。


「なぁ、犯人……本当に捕まるんやろか」

「捕まるさ。その内に、ね」


 そう言いながら良い笑顔で笑う紫月の表情がとても印象的で、志郎は釘付けになる。

 たとえ朝から酒を飲んでいようと。

 子供っぽく頬を膨らませるようなことがあろうと。

 彼女は魅力的だ。

 高鳴る鼓動を聞かれたくなくて、志郎はひたすら自分に気分の悪さよ吹っ飛べと何度も何度も願う。

 名言はしていないが、多分、いやおそらく、犯人は“鬼”なのだろう。


「捕まったら、ええな……」

「うん。“人”として捕まったら、一番いいね」

「そんなこと言うて“鬼喰”は仕事せんでええの?」

「いいんだよ。“鬼”ならちゃんと仕事をするからね。ほら、気分を入れ替えて、夜の焼肉に備えたまえ。ボクの家の布団は、煉お母さんのお陰でいつでもふかふかだよっ」


 そうして志郎は、紫月が持ってきた本当にふかふかの布団に包まり眠ったのであった。

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