譚ノ間

「ただーいまー」


 いつもの如く煉は、酔っぱらいながら帰って来た紫月を出迎えた。

 もう一度言うが、例に違わず酔っぱらって。

 この家までよく帰って来ることができたものである。

 彼女は外で飲むと、どれくらい飲んで来たのかは不明だが玄関先でぱったり倒れる癖がある。

 煉がいるのであれば、彼が部屋に連れて行くのだが彼がいなければ寒いと感じる日、肌寒い日、真冬以外は玄関で朝まで眠っていることがある。

 彼女の頼まれごとを片付けていると朝に訪れることが多い煉はもうすでに慣れているものであるが。

 いつもながら、飲み屋を梯子していたのだろう。

 この酒癖。いつかどこかで治してもらえたらと思うが彼女と知り合って幾百年。

 叶った試しが一度もない。

 どうにもならないので、もう諦めの境地に達している。

 煉と知り合う以前はどうしていたのかは聞く気にもなれないので、煉は未だにどうしていたのかは知らないままである。


「この先、寒くなると思うと憂鬱だよ~。まぁ、煉がいるからいいかな~。あははっ」

「笑いごとではないぞ。志郎が色々、興味がない振りして聞きたそうにしていた」

「それは~ボクじゃなくて晴明に聞けばいいのっ。煉も真面目に返さなくていいからね。ボク達は預かっただけで、成長には関係ありませんってね~。弟子を育てられない師匠は師匠にあらず」


 玄関先で笑いながら言う紫月を抱えて一旦、居間に降ろす。

 これも慣れた作業である。

 彼女は冬になるにつれて居間がメインになる。

 その為か一年中、居間には枕が一つは必ず存在している。

 紫月は目に入った枕を引き寄せると、着物の裾が乱れるのも構わずに枕を抱きかかえて横になった。


「お嬢。部屋で寝てくれ」

「もう動けない~。煉が連れてってくれるならそうする~」


 どこの子供だ。

 今時の子供でも、そんな我儘を言うような子供はほとんどいないだろうに。

 やれやれと思いながら煉は紫月を結局は部屋へと連れていくのだ。

 そして口を開く。


「お嬢が拾い物をするといつも言うが、大丈夫なんだろうな?」

「ん~。大丈夫だと思うよ? 今回拾ったの晴明だし」


 煉は水を差し出しながら彼女に問えば、曖昧な返事が返ってくる。

 これもいつものことである。彼女の大丈夫を煉はほとんど信じていない。紫月の大丈夫は、ほとんどの場合、大丈夫ではない。

 過去に何度、その大丈夫に騙されたことか。

 何度、一人でその大丈夫じゃない状況を彼女自身一人で対処したことか。


「報道されていない殺人事件がすでに二週間で男女構わず四件も起こっている」

「二週間前というと、晴明が志郎を引き取った後くらいだよね~」


 どう思うのか、煉が問うと紫月はベッドの布団を引き寄せ枕を抱えると、やはり笑いながら“鬼”かもしれないし、ただの“人”かもしれないね、などと彼女は軽く答えるのだ。


「もしも“鬼”だったら、どうする?」

「おや。それは愚問というものだよ。煉。“鬼”ならボクが食べるし、ただの“人”ならば何も触れず関わらず警察に丸投げしておけばいい。それだけさ」


 煉は念を押すように、気を付けろと紫月に注意をするが、水を飲み干した彼女はそのままぱったりとベッドに突っ伏して眠ってしまった。

 溜息をつく以外にない。

 どうせ明日の朝も、いつも通り起きないだろう。

 そう思って朝ご飯用に米も洗い済みだ。

 預かりものをしているのならばそれだけのことをして欲しい。

 何でも自分でできる癖に煉がいると分かっていればやらないのが彼女である。


「どうせ“鬼”なのか“人”なのか、分かっているだろうに」


 この呟きも何度したことか。

 何も考えずマイペースに行動しているように見えて、紫月は頭の中で緻密な計算でもしているのだろう。

 どうやって楽しく“鬼”を引き摺り出して“鬼”を美味しく喰えるか、と。

 煉は何度目か知れない溜息をつくと自室へと引っ込んだ。

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