譚ノ三

 焔とは激しく美しい

 嗚呼、何と素晴らしい

 身も心も浄化されていくようで

 嗤いが止まらない




****




 激しく燃えていた家が鎮火されたのは、もう翌日のことであった。

 出火元の空き家周辺の家々は暁隊の力で焦げただけでようやくの鎮火。

 消防隊が必死の鎮火活動を行ったにもかかわらず火の勢いは収まらず、激しくなり今になってしまったのだ。

 残念ながら出火元と思われる家は全焼した。

 暁隊の決死の救出で、近隣住民は脱出の際の混乱で少々怪我をしたが無事救出されたとのことだ。

 そんなニュースを見ながら、大河は一人、茶を啜っていた。

 朝から珍しく紫月が出掛けている。

 どこに出掛けて行ったのかは分からない。

 普段ならば、彼女はほとんど午前中眠っている。

 だがどうせ紫月のことだからどこかで酒でも飲んでいるのだろう。

 大河は飲み屋のことはいまいち知らないが、紫月からは朝からやっている飲み屋もあるとも聞いていたので間違いはないだろう。

 どこの世界に、自分の家の留守を客人に任せる奴がいるのか……この家の住人は実際そうであるが。

 チャンネルを変えても同じニュースばかり。


「まったく。“人”というのは飽きもせず同じことばかりを繰り返す」


 それは“神”も“人ならざるモノ”も同じかと呆れたように大河はテレビの電源を消した。

 いつもならば、やれ掃除だ、やれ洗濯だ、やれ食事の準備だ、やれ悪戯に巻き込まれ酷い目に遭う、やれ畳や障子が壊れただなどとゆっくりする暇もなかった為、改めて暇が出来ると何もしたいことが思いつかない。

 長らく忙しさに浸ったが故の、哀しき病である。


「そういえば足湯が湧いていると言っていたな」


 煉や紫月からは好きに使っていいと言われている。

 足湯にでも入ってゆっくり普段の忙しさを忘れよう、と大河は思いつくとすぐさまタオルを用意して庭先に出てみれば、それなりに広く雪が積もった庭の一角に小さな東屋が建てられている。

 どうやらそこが足湯になっているらしい。

 足袋を脱ぎ捨て足を浸せば、程よくぬるい目の温度。これは長く足を浸していられる。

 静かだ。どこかで鳴く鳥の声と、風の音だけ。

 不意に、大河は耳を澄ました。

 誰かがこの邸にやってくる。一つは知った気配だが、もう一つは知らない気配だ。

 やがて静かだった世界に音が戻ったかのようにインターホンが鳴った。

 本来の家人は留守であるが……これは大河が出ても良いのだろうかと迷いはしたものの、一つは知った気配なのだ。

 万が一にも間違いはないだろう。

 大河は足湯から離れて扉を開いてみれば、やはり一つは知った顔があり、その顔は意外な人物と出会ったかのような驚いた表情で大河を見ていた。


「やはり貴様か」

「……ここ、紫月サンの邸、だよな……? 何で大河がいるんだ?」


 仕事のことは口にするべきだろうかと逡巡したが


「少しな」


 と茶を濁しておいた。


「ま、いーや。紫月サンいる?」

「俺が出た時点でどう見ても留守だろう。貴様の目は節穴だな。抉り取ってもらえ」

「相っ変わらず言ってくれるじゃねーか」


 入るわ、と門をまず潜り抜けてきたのは浅黒い肌に金髪の青年だった。その後ろを黒髪の壮年の男がついて入る。


「で、どうかしたのか。暁」

「紫月サンに相談。ほら、今朝まで続いた火事の件でな。朝までかかってやっと鎮火したけどよ、ちょっと色々考えることがあってその相談しに来たんだ。あ、紹介しとくわ。こっちのオッサンは暁隊の副隊長任せてる赤穂あこう 烈司れつじサン。通称レッシー」


 レッシーと呼ばれた男性は軽く頭を下げる。


「レッシー、こっちが俺のダチ「ダチじゃない」……知人「でもない」んだよ! クソッ。蒼神 大河だ」


 友達だと思ってたのにという目で暁が大河を見るが、彼はツンとした態度で赤穂に軽く頭を下げる。


「で、貴様。何だか妙な気配がする。何かやらかしたのか?」

「あのな。言っただろ。火事現場にいたんだから妙な気配に当てられててもおかしくねーの」

「分かっていて仕事をしている貴様など、理解できんな。しようとは微塵も思わないが」

「昔馴染みに未だにその態度か! ま、紫月サンいねーならまた来るわ。俺も暇じゃないんでー。どっかの冷たい昔馴染みと話してる暇はねーの」


 来訪したことだけは伝えてやると言えば暁はあっさりと


「頼むわ」


 と赤穂を引き連れて出ていった。


「暁さん。妙な邸でしたね」

「本来棲んでる住人が棲んでる住人だからなー。ただ、頭はマジ切れる。美人だし」

「今更かもしれませんが……よく言ってる“鬼”って何なんですか?」


 さらり、と短い金の髪を風に踊らせて、悪戯っ子のように暁は振り向き笑って答えた。


「よく言うだろ? 誰か殺ったり傷付けたりする奴に対して“鬼”とか、厳しい上司に対して“鬼”上司だとか。それと一緒だ」

「放火魔は火の“鬼”ってことですかね?」

「レッシーってオッサンなのに柔軟だよな。普通、レッシーの年代って頭固くない?」

「人によりますよ、そんなの。全員が全員そうとは限りません」


 それもそうだ、と暁は空を見上げる。

 今日の空は曇天。まだ、何か続きそうな……そんな予感がするような空模様だった。


「放火っつーか火事は勘弁して欲しいよな」

「そうですね。消防隊もたまには暇を謳歌できるような日があってもいいと思うんですよね。だからこそ、もしも放火なら……早く“鬼”ごっこが終わればいいんですが」


 俺もそー思うーなどと抜けた声で暁は同意する。

 これ以上、“人”の被害がなければ、と。

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