譚ノ二
燃える、燃える
舐めるように広がる焔
その揺らめく美しさに
嗤いが止まらない
****
京ノ都、島ノ原にて火事が発生し―――繰り返すように、テレビは報道をする。
出火元は一軒の家からとのことらしい。
現在、暁隊を筆頭に消防隊が駆け付け、懸命な鎮火活動がされていると。
その報道を見ながら紫月と大河は温室のように温かい部屋で三時のおやつに練り切りとお茶を楽しんでいる所であった。
「それで、煉に行かせたのか」
「うん。おや、暁隊は頑張っているねぇ。火傷の一つもなく、鎮火が出来ればいいけど」
そう漏らす紫月に対し、大河は冷たく
「火傷の心配などする必要は微塵もない」
とニュースには感心も寄せずに大河は言い切った。
対する紫月は苦笑しながら、それもそうかと同意をし、練り切りを半分に割る。
赤い炎が火柱を上げる様はまるで火龍のようだ。
なおも報道マンは今月に入って今鎮火活動をしている火事も含めて8件も起こっている。
ただ、幸いなことに犠牲者はいない。
家屋……それも空き家だけが燃えている状況だ。
「……まだ今月に入ってすぐだけど、多いよね」
冬は空気が乾燥する。
だから冬の時期に火事が多いのは遥か昔から変わらないが、そこには時々“鬼”が紛れている時がある。
自然発火か、それとも放火か。
原因は鎮火次第、警察の方が調べるのだろう。
「“人”の仕業か。それとも“鬼”か。ふふっ、楽しみだねぇ」
「理解できんな」
何が楽しみなものか。
大河達が取り締まる“人ならざるモノ”には“鬼”も含まれているが、今の所“鬼”に関する成果はない。
何せ“人”の心の奥底に棲みついているのだ。
精々大河に分かるのは何か良くないモノが憑いていると分かる程度で、それが“鬼”なのかそれ以外なのかどうかまでを視る力はない。
それは現在、大河が棲まう儀園神社の同居人達も同じこと。
“鬼”か、そうではないかを知るのは“鬼喰”だけ。
もっとも“鬼喰”も感覚的かつ曖昧なものらしいが。
「もしも“鬼”だと分かったのならば、貴様が喰うのだろう?」
「もちろんさ。それが“鬼喰”だからね」
「……たとえ俺達のような“人ならざるモノ”に棲んでいるとしてもか?」
一口、盃の酒を飲み干してから紫月は笑みを浮かべて口を開く。
「それは当然さ。“鬼”は“人”にも“人ならざるモノ”の心にも棲みつく。“人ならざるモノ”といえど元は“人”だったり、“人”の想いから生まれたモノだったりするんだから」
神様はどうか知らないけどね、と軽い口調で紫月は最後の一口の練り切りを口の中へと放り込む。
「はてさて、この世は本当に“人”の世か、それとも“鬼”の世か。“人”と“鬼”は表裏一体。まったく世界というものは面白いよね」
紫月の感覚は、大河にとってよく分からないものである。
何と返事したものかと考えても何を言おうが彼女のことだ。
相手を翻弄することがある意味趣味の一つだと時々、口にすることから今以上のことは口にするべきではないと大河は沈黙で練り切りを頬張り、少し熱めでなおかつ苦味のあるお茶を啜る。
練り切りの甘さと苦味のあるお茶が何とも言えず美味しい。
何だかんだと五月蠅い神社と違って紫月の邸は静かで何となく落ち着く場所だ。
「おや。まだまだこれは鎮火しそうにないね」
何も言葉を返さない大河を気にすることなく、紫月はテレビの続きを見て言った。
テレビに映るその家は燃え盛る炎。この分では周囲の家も焼いてしまうのだろう。
「奴がいながら、早々に鎮火できんとはな」
「ボク達にだってどうにもすることが出来ないことだってあるさ。それが“人”であれ“鬼”であれ“人ならざるモノ”であれ“神”であれ、ね。力を示しその力を使い捨てのように使われる馬鹿は早々いないさ」
揺らめくどころかまるで踊るように、火の勢いは増している。
報道によると出火元の空き家はともかく、周辺の住人はどうやら逃げ遅れているらしい。
「まぁ、暁がいるから、近隣住人達は助かるだろうね」
放火なのだとすれば誰が何のために火をつけたのか。
それとも火の神か精霊が悪戯をしたのか……いや、それならそれでレイキ会としての問題がすでに議論、噂になっていてもおかしくないのだから“人”であり“鬼”の仕業なのかもしれない。
「大河。キミにはどう見える?」
「何がだ」
「この騒動は“人”か“鬼”か“人ならざるモノ”か」
お茶も練り切りもなくなった。
紫月は机に頬杖をつきながら、しかし目はテレビから離さずに大河に問いかける。
さて、何と答えたものか。
「さてな。“人”かもしれんし“鬼”かもしれんし“人ならざるモノ”かもしれんな」
「もう! それ答えになってないよ!」
「俺が答えたようにいつも答えにならない返事を返して相手を翻弄し、答えにならん答えで虚仮にして遊んでいるからな。意趣返しだ」
そう返すと、紫月は子供のように、ぷぅ、と頬を膨らませると今度こそ口を閉ざしてテレビに目を向けたのだった。
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