第35話・エリックの思惑

 息子の計画を知った女王は、ヘルバの処刑を公表するだけで終わらせようとしなかった。むしろ本番はここからだった。

 まずエリックに協力していた家臣を、纏めて宮廷から追い出した。更に財産を没収して平民に落としている。

 欲に目が眩んで計画に加担したとはいえ、自分たちはエリック様に利用されていただけ。重すぎる処分だと彼らは抗議したが、女王が聞き入れることはなかった。自らの出世欲に勝てず、王太子の暴走を止めなかった者など、死罪にならなかっただけマシだと言う声もあった。


 ついでにエリックは廃嫡となり、宮廷から永久追放となった。表向きはかつて愛した少女の処刑による心労で倒れ、療養のために宮廷を離れたとされている。

 しかし実際は既に彼は王族ではなくなり、一代限りの男爵の位と、僅かな領地を押し付けられた。

 エリックは涙ながらに罰の軽減化を訴えたが、女王はこれもスルーした。ヘルバを利用しようとしたことはまだいい。歴代の王にも聖女を妃に迎えたことにより、国民の支持を得た者はいるからだ。

 しかしアネッサを妃に迎えるため、ヘルバに罪を着せて断頭台へ送ろうとした。その短絡さは女王に親としての情を捨てさせるには十分だった。

 王位継承権は弟のクラストに譲る形となった。こちらは兄と違って人格者であり、これはこれでよかったのではと安堵している家臣もいる。


 ハイドラからフィオーナ王国で行われた処罰祭りの詳細を聞かされたヘルバは、遠い目をしながらエリックとの再会を思い返していた。

 なるほど、あの地味な格好とショボ過ぎる護衛の理由も合点がいく。何だってゴーニックにいるのかは不明だが。

 窶れていたのはストレスによるものだろうか。完全なる自業自得である。


 しかし、ヘルバには一つ気になることがある。


「さっきから奴の婚約者の名前が出て来ないんですけど?」


 話の中からアネッサの波動が感じられない。エリックの妻となって共にいるのではないのか。

 訊ねると、ハイドラは首を横に振った。


「アネッサ様は玉座の間でエリック様に暴行を加えたことにより、罪人として捕らえられました」

「えっ、癒しの聖女……」

「エリック様が廃嫡を言い渡された際、『話が違うじゃない!』と叫びながら履いていたヒールで殴ったようです」


 エリックがヘルバに対して愛がなかったように、アネッサもエリックを愛してはいなかった。自分がフィオーナ王国を救った聖女だと名乗り出て、ヘルバを追い込んだのは王太子妃の座を狙っていたから。それだけの話だった。

 なのにエリックは王族ではなくなってしまった。アネッサの父も宮廷から去ることになっている。平民となり、しかもこの先王族にはなれないことが確定した。

 ヘルバ程の力はなくとも、癒しの聖女であることに変わりはないのだ。もしかしたら、妃になるチャンスはどこかであったのかもしれない。

 それをエリックと共に『真実の愛』を突き通そうとしたがために失った。

 ヒールで殴りたい気持ちも分かるが、これも自業自得だ。諦めろと言いたい。


 そんなわけでアネッサを失ったエリックは、現在元婚約者との復縁を計ろうとしているわけだ。


(何ぞ、その話……)


 理解の範疇を超えている。ヘルバは蛸のような顔をしながら、頭上に疑問符を浮かべていた。


「どうもエリック様はヘルバ様をフィオーナ国に連れ戻し、ご自分の伴侶とすれば王位を取り戻せるとお考えのようでございます」

「結局、私への愛はないんかい! あっても困るわ……」

「それほどまでにヘルバ様のお力は偉大ということでございます」

「ひえーっ」


 廃嫡をなかったことにするために近付いて来る男。最悪という言葉は、あの男を表現するために生まれたのかもしれない。


「そもそもの話、仮に私と結婚したところで王太子に戻れるんです?」

「難しいかと思われます。何せ、エリック様は元々あまり評判のよいお方ではなかったので」


 フィオーナ王国としては、エリックを追放することは大きなメリットでもあるようだ。ただし本人は絶対分かっていない。ヘルバにはその確信があった。


 出会い頭に殴られたのだ。素直に諦めてくれないだろうかと考えていると、ドアがノックされた。開けると困った様子のメイドが立っていた。


「あの、ヘルバ様にお会いしたいとお客様がお見えになっていらっしゃいます」

「私にですか?」

「はい。ご自分をヘルバ様の婚約者と……」


 ヘルバはエリックを侮っていた。奴はフィオーナ王国の荒れた大地が生み出した怪物である。

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