第33話・ハイドラという聖女

 人間には魔力と呼ばれるエネルギーが生まれつき備わっている。

 魔石を加工したり、使用する錬金術はその魔力を利用した技術だ。魔石が帯びる魔力と自らの魔力を同調させることで、様々な現象を起こすことが可能となる。

 裏を返せば、魔石がなければ人は魔力を使う機会がないというわけだ。


 しかし、稀に自らの魔力のみで神秘的な現象を起こす者が存在する。その現象は『魔法』と呼ばれており、女性に限定されることから彼女たちは神からの寵愛を受けた『聖女』と呼ばれている。


「この私、ハイドラも聖女として五十年程前にフィオーナ国に生涯を捧げると誓いました」


 温かな紅茶が注がれたティーカップを見詰めながら、ハイドラはやや嗄れた声で語る。

 ヘルバは彼女の言葉に耳を傾けつつ、フライドチキンに齧り付いた。ちなみに二人がいるのはヘルバの部屋だ。ハイドラから「あなたと二人きりでお話がしたいのです」と言われたためである。

 フィオーナ王国の人間とあってアーヴィンは警戒していたが、ヘルバはそれを承諾した。ハイドラは自分を陥れるために現れたのではないと感じたからだ。

 肉って油で揚げるとこんなに美味いんだ……と感心しながら、ヘルバはふと湧いた疑問を口に出した。


「フェイヒョラふぁんっふぇって、ふぇっほんひぇへふぁいんへしゅか」

「??????」

「…………」


 食べながら話すのはよくないと、ヘルバは狼狽するハイドラを見て思った。

 ごくんとチキンを嚥下してから改めて質問をする。


「ハイドラさんって結婚してないんですか?」

「いつの間にか婚期を逃してしまいまして。ずっと宮廷の隅でフィオーナ国の未来を視(み)続けております」


 ハイドラの魔法は未来予測。数年先に何が起こるかまで見通すことが出来るらしい。

 便利な魔法だと思ったヘルバだが、あることに気付く。


「それって……もしかして、私があの馬鹿王子に騙されることも知っていたってことですか」

「……ええ。お救い出来なかったことを謝罪いたします」


 ハイドラはヘルバをまっすぐ見据え、静かに謝罪した。何だか色んな人々から謝られる一日である。

 これは何で助けてくれなかったんだよと怒れない。そもそも怒るつもりはないのだが。


「ハイドラさんの魔法と役目は分かりました。でも何でそんなすごい人が私に会いに来てくれたんですか?」

「私は未来を視ることしか出来ません。ですが、あなたは魔法で人々を、大地を、水を、大気を癒すことが出来ます。あなたの方がとてもすごいお方だと思います」


 ハイドラは少女の目を輝かせながら言った。

 だけどなぁとヘルバは、ある人物の姿を思い浮かべた。


「けど、そっちの国にいるでしょ。癒しの聖女。馬鹿王子の婚約者っぽかったけど」


 エリックと同じように名前はすっかり忘れてしまったが、フィオーナ王国でヘルバがやったことは全て彼女の功績とされてしまった。

 何とか名前を思い出そうとしていると、ハイドラは暗い表情で俯いた。

 えっ、何すかその反応……。ヘルバは不穏な気配を感じ取ってしまった。


「確かにアネッサ様は癒しの聖女でございます。ヘルバ様と同じく癒しの魔法を持っております」

「あ、そこは本当だったのね……」

「ですが、あの御方はヘルバ様には遠く及びません」

「どういうことですか?」

「アネッサ様は一度に大量の人々を癒すことなど出来ません。せいぜい一人か二人です」


 少ねぇな!! 心の中でヘルバは力いっぱいツッコミを入れた。

 そして声に出さなくて正解だったと、ハイドラの次の言葉で実感することとなる。


「本来、癒しの聖女とはその程度が限界と言われています。どんな傷でも病でも治すことが可能ですが、魔力を大量に消耗するため、短時間のうちに何度も使えません。ましてや、人以外のものを治癒するなんて……」

「………………」

「ヘルバ様、あなたは聖女などではありません。聖女よりももっと偉大な存在ではないのですか?」

「……だったらどうする」


 敬語をやめ、ヘルバからも問い返す。

 恐らく彼女はこの先の未来も視ているのだ。そこでヘルバが何者であるのかを知った。

 その上でこうして問いかけている。

 ヘルバはフライドチキンに齧り付き、ハイドラの返答を待っていた。


「ただお会いしてみたいと思いました」

「……ん?」


 わくわくした表情での言葉に、ヘルバは拍子抜けした。

 

「だって、絵本の中の存在だと思っていたものが実在していただなんて! お会いして、握手を……!」

「握手!? 待って、今手が油まみれになってるんで無理っす!」


 そんなサービスを求められると知っていたら、フライドチキンなんて食べていなかった。慌てて手を紙ナプキンで拭き取っていると、ハイドラはハッと我に返った様子で両手を横に振った。


「ち、違います。それはあくまで私個人の願いで、ヘルバ様にお伝えしなければならないことがあるのです」

「え、はい?」

「エリック様とアネッサ様についてです」


 フライドチキンを食べたあとに、その話題はちょっとカロリーが高すぎる。

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